西島三重子の歌い方|「池上線」の柔らかな声と、サビに残る「ん」の響き

西島三重子(公式プロフィール写真) シンガー
西島三重子(公式プロフィール写真)

西島三重子の「池上線」は、別れの情景を歌いながら、声の柔らかさが印象に残る曲です。
その歌唱には、旋律の高いところで「ん」の音を響かせ、回想の言葉には短い間を置くという、具体的な見どころがあります。
本人は、歌うときに自分の思いを押し付けず、聴き手が感じ取れる余地を残すよう心がけていると話しています。
声の質感だけでなく、言葉の音や間、歌を届ける姿勢にも目を向けてみましょう。

柔らかな声が、別れの場面を近くに感じさせる

「池上線」は1975年のアルバム『風車』に収められ、翌年にはシングルになりました。
その歌声は、切なげで素直な歌唱として受け止められています。
また、柔らかさの中に芯を感じ、二人の別れと街の描写が身近になるという評もあります。

指揮者のシューチョは、旋律が弱い拍から入り、後ろの強い拍へ寄りかかるように続く点にも注目しています。
強い拍から言葉を押し出す歌とは違い、控えめな語り口を旋律の運びからも捉えた見方です。

ここで、本人が語った「池上線」との向き合い方を重ねてみます。
西島は、自分が育った新井薬師や、学生時代に過ごした目白、高田馬場を思い浮かべながら歌っていたと明かしています。
作詞家が経験した池上線の別れを、自分が知る街の情景へ引き寄せていたのです。

ファンにモデルの駅を尋ねられるうちに、聴き手にもそれぞれの駅があると気づいたそうです。
2022年の取材では、地元の駅でも、電車と関係のない出来事でも、自分の体験に結びつけて聴いてもらえればよいと語っています。
歌声から立ち上がる場所が、聴く人によって違っていてもかまわない。
その考え方を知ると、柔らかな語り口は、聴き手が自分の記憶を重ねられる歌い方としても捉えられます。

サビの高いところで「ん」の音を響かせる

サビについても同じ評は、旋律の頂点に「ん」の音が置かれていることに注目しています。
西島の歌については、その音がすっきりと鼻に抜けるように聞こえると捉えました。

その直前にも、声の動きに注目した箇所があります。
サビ前のハンカチを歌う部分では、「チ」を伸ばす途中で音程が下がると指摘しています。
一つの言葉を長く保ちながら、その中で音を動かして、サビへ進んでいくのです。

サビの目立つ音を、母音だけで伸ばしているわけではありません。
言葉の一部である「ん」も、旋律を担う音になるのです。
声の高さに耳を向けるだけでなく、そこで何の音を歌っているのかを考えると、サビの響きを捉えやすくなります。

西島三重子「池上線」ジャケット(1976年発売)
西島三重子「池上線」ジャケット(1976年発売)。
画像出典:写真掲載元

大きく崩さず、短い間で回想の言葉を置く

同じ評は、相手の言葉を思い出すくだりにも注目しています。
西島の歌唱にある一瞬の間を、過去の出来事を一人で語る歌にふさわしい置き方として捉えています。
台詞のようにリズムを大きく崩す歌い方とは違う、短い間の効果です。

言葉が耳に届くとき、漢字は見えない

西島は歌を教える中で、日本語の歌は、耳から入るときにはすべてひらがなになると考えています。
歌詞カードなら漢字や文字の並びでわかる意味を、声だけで伝えなければならないということです。
だから、言葉がきちんと届くように歌うことを大切にしています。

この話は、「池上線」の短い間を考える際にも役立ちます。
文字で読めば区切りがわかる文章でも、歌では、音のつながりや間の置き方によって伝わり方が変わります。
相手の発言を回想する場面なのか、いま自分の思いを吐き出している場面なのか。
声の流れの中でそれがわかると、歌詞の人物同士の距離も感じ取りやすくなります。

もう一つの代表曲「おひさまのたね」では、歌うときに聴き手へ、自分の手のひらを見るよう呼びかけているそうです。
親子には、互いの手を比べるようにも勧めています。
歌が伝えようとするつながりを、目の前の人が自分のこととして受け取れるようにする工夫です。
声の美しさに加えて、誰にどんな言葉を届けるかを考える姿勢が見えてきます。

伴奏の中に歌を埋もれさせない

西島は、歌と楽器を一緒に録ることにもこだわってきました。
1988年のレコードに寄せた本人の文章では、生楽器を中心とする演奏や同時録音を選んだ理由として、歌のメッセージを生きたものとして届けたいという思いを述べています。
声が伴奏の奥でかすかに聞こえるだけでは、言いたいことが届かないと感じていたのです。

その考え方を作品でたどれるのが、『SHADOW』と『寝物語』から選曲した1986年のDAM盤です。
制作時の解説によれば、元の二枚はどちらも歌と伴奏を同時に録音しています。
打楽器を少なくした生楽器中心の響きと、西島の歌声がよく合っていることも、この盤の特徴として紹介されました。

収められた「時の河」「エピローグ」「孔雀の海」「adieu」「浪漫一夜」は、五曲とも編曲者が異なります。
つまり、同じ歌声が、異なる演奏の組み立ての中でどう聞こえるかを比べられる選曲です。
「池上線」の細かな発音を聴いたあとには、歌と楽器が作る全体の呼吸へ耳を広げてみるのも面白いでしょう。

控えめな声の中にも、歌へ深く入り込む気持ちがある

聴き手の想像する余地を大切にする西島ですが、歌への入り込みが浅いわけではありません。
1988年の文章では、コンサートなどで自分がやらなければと思うほど、その世界に深く入ってしまうとも書いています。
感情を込めすぎたり、歌詞を間違えたりすることもあるという、率直な振り返りでした。

同年の直接カッティングによる録音では、あとで歌をつなぎ直すことができませんでした。
西島は、その一つひとつの録音を聴くと、現場にいた人々の息づかいまで思い出せると述べています。
柔らかく聞こえる声の裏にも、その場で歌い切る緊張や、言葉に入り込む気持ちがあるのです。

ライブならではの声の表情は、別の曲にも記録されています。
2025年のバースデーライブで「カルナバルの朝」を聴いたファンは、帰宅後にCDと比べ、会場ではハミングがより多く、豊かに感じられたと綴っています。
同じ曲でも、歌詞のある部分だけを追っていると気づきにくい違いです。
言葉から離れた声の響きにも表情があることを、この聴き手の比較は教えてくれます。

声の柔らかさと、言葉を伝える細やかさ

柔らかな声で場面を近くに感じさせ、サビでは「ん」を旋律の音として響かせる。
そして回想には、短い間を置く。
声の質感、言葉の音、間の置き方が合わさるところに、「池上線」の歌唱を細かく見る面白さがあります。

録音方法を選ぶようになった経緯と、後年のライブで聞き取られた違いは、西島三重子の歌唱変遷でたどっています。

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