因幡晃の歌唱変遷|ベコーの「叫び」と、代表曲を歌い直した2010年

因幡晃(公式プロフィール写真) シンガー
因幡晃(公式プロフィール写真)

因幡晃は、きれいに歌いたいと思っていた。
その考えを揺さぶったのが、シャンソン歌手ジルベール・ベコーの舞台だった。
美しい歌声に加え、感情があふれるような叫びも歌には必要なのだと感じたという。
「わかって下さい」で知られる歌手は、自分の歌に何を加えようとしてきたのだろうか。

2010年の再録では、演奏者とその場で作る臨場感を重視した。
その後には、五人で歌う楽しさを知り、ライブで届けてきた新しい曲も作品に残していく。
代表曲を大切にすることと、歌を新しくすることは、因幡の中で結びついていた。

「わかって下さい」正規配信音源(1976年発売のシングル)

1976年、鼻歌から生まれた「わかって下さい」

「わかって下さい」は、高校卒業後、秋田で鉱山の仕事をしていた因幡が、作業中の鼻歌から作った初めてのオリジナル曲だった。
頭に浮かんだメロディーと言葉が離れなくなり、一曲にまとまっていった。
1975年の第10回ポピュラーソングコンテストへの出場を経て、翌1976年にこの曲でデビューする。
同年には「別涙(わかれ)」も発表した。

「わかって下さい」と「別涙」は、後年のアルバムでも繰り返し録音される。
初期の二曲を持ち続けながら、どのような表現を加えるか。
その歩みを考えるうえで、ベコーとの出会いは大きな手掛かりになる。

きれいに歌いたい自分を揺さぶった、ベコーの歌

2002年のアルバム『HOLIDAYS』では、シャンソンやカンツォーネなど、ヨーロッパの歌を取り上げた。
「わかって下さい」のフランス語版とともに、ベコーの「ET MAINTENANT~そして今は~」も収めている。
自分の代表曲を別の言語で歌うことと、他の歌手の作品を自分で歌うことが、一枚の中で並んでいた。

本人が2010年に語ったのは、ベコーの来日公演を見たときの衝撃だった。
ピアノを弾きながら歌いかける、その叫びのような表現に全身が震えたという。
それまで望んでいた美しい歌に、感情を強く伝える表現も加えたいと気づく機会になった。
この話で変わったのは、歌い手として目指す表現の幅である。
美しさを大切にしてきた歌に、新たな可能性を見つけたのだ。

他の作家から受け取る曲についても、因幡は、自分が歌うことでどこまで表現できるかを楽しみにしていた。
2014年には、詞曲を提供されると歌い手としての自分を発揮できると話している。
自分の心情から曲を作るだけでなく、別の人が書いた世界を引き受けて歌う。
代表曲が定まった後にも、そうした課題を持っていた。

2010年の再録で求めた、その場で生まれる臨場感

2010年発売の『まん丸の蒼い月』では、初期の二曲を改めて録音した。
収録された「わかって下さい」と「別涙」は、いずれも2010年のレコーディング版である。
「忍冬」「雪」などにも同じ表記があり、長く歌ってきた曲を新しい作品と一緒に収めている。

因幡晃(2010年8月14日・ラジオ番組での生演奏)
因幡晃(2010年8月14日・ラジオ番組での生演奏)。
画像出典:写真掲載元

録音では、ピアノを中心とする少ない人数でのスタジオライブを実践した。
因幡が重視したのは、生演奏でなければ伝わらない臨場感だった。
共に演奏したミュージシャンも、久しぶりのスリリングな経験だったと話したという。
歌と伴奏を同じ場で作る緊張感を、録音の中に持ち込もうとしたのである。

このとき本人が語っていたのは、演奏者と共に歌を生み出す方法だった。
よく知る曲であっても、その場の演奏と一緒に作ることには新鮮さがある。
デビュー時の歌を残しながら、録音で大切にするものを選び直していた。

ライブで練り、次の作品へ進む

40周年を前に、舞踊家の村尚也と話した際、因幡は公演への向き合い方の変化を振り返っている。
若い頃は、次々と入る予定をこなすのに精いっぱいだった。
それが、一つ一つのライブを大切に思うようになったという。
同じ曲を何度も歌う時間にも、以前とは違う重みが生まれていた。

この対談で話していたのは、既存曲を十分に歌い込み、その経験を次のアルバムや新曲へつなげたいという考えだった。
過去の曲を歌うことが、新作に向かう準備にもなる。
一度完成させた曲を舞台で練り続け、そこで得たものを次の歌に入れていくのである。

2013年のライブに通っていたコスモスという書き手は、「別涙」と「涙よ今祈りになれ」が同じ公演で歌われたことを記録している。
昔からの代表曲に、新しい曲が並ぶ公演だった。
その後、2015年のアルバム『ことづて』に「涙よ今祈りになれ」が収録される。

発売記念ライブで因幡は、被災地で歌ってきた「ことづて」と「涙よ今祈りになれ」を作品に残せたことを喜んだ。
そこで出会った人たちと、いつか曲を残したいと話していたからだ。
アルバムの完成は、歌を聴いてくれた人との約束を果たすことでもあった。
ライブから作品へという流れには、その場で出会った相手の存在も含まれていた。

別涙/涙よ今祈りになれ ライブ(2013年8月24日・銀座ヤマハホール)

2014年、五人で歌う中に見つけたもの

ソロで歌を育てる一方、2014年には杉田二郎、堀内孝雄、ばんばひろふみ、高山厳とブラザーズ5を結成した。
長く一人で活動してきた因幡にとって、グループの雰囲気は新鮮で、楽しいものだった。
当時の取材では、五人だからできる表現を深めたいと話している。

録音では、高山、因幡、堀内が実際に本番の声で歌いながら、曲に合うテンポを探したという。
それぞれが長く歌ってきた経験を持ち寄り、一緒に歌うための形を決めていた。
因幡自身も、この経験はソロの歌に反映されていくだろうと期待していた。
一人で積み重ねた歌を持つ人が、仲間と作る歌の中にも、次の可能性を見いだしたのである。

ブラザーズ5 この街で(2014年・MV)

40周年の舞台から、一つ一つの言葉を届ける歌へ

2016年3月の40周年記念ツアーファイナルでは、ポプコン出場時を再現する呼び込みから公演を始めた。
代表曲と『ことづて』の曲を交え、約三時間にわたり28曲を歌っている。
出発点を振り返りながら、直近の作品まで聴かせる構成だった。

ギターを弾きながら歌う因幡晃
2016年3月12日、40周年記念ツアーファイナルの因幡晃。
画像出典:写真掲載元

この公演では、抽選で選ばれた観客がステージに上がり、直接リクエストする場面もあった。
思い出の曲を持っているのは、歌手だけではない。
一曲を長く歌い続けることで、聴き手の時間もその歌に重なっていく。
ファンへの感謝を語った40周年の舞台には、目の前の一人へ歌を返す時間が用意されていた。

2018年のラジオ出演で、歌うときに何を大切にしているかと尋ねられた因幡は、言葉を一つずつ相手に分け渡すような感覚を話した。
歌詞を置いてくるように歌うという、その説明には届ける相手への意識がある。
一公演ずつを大切にする思いが、歌の中の一つ一つの言葉へとつながって見える。

美しく歌いたいという出発点に、ベコーから受け取った感情表現が加わった。
演奏者と作る臨場感、仲間と歌う経験、聴き手との約束も、その後の歌を支えている。
因幡晃の歩みは、代表曲を歌うたびに、誰と、誰に向かって歌うのかを深めていく過程でもある。
曲の中に残る母音の節回しについては、因幡晃の歌い方で詳しく取り上げている。

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