因幡晃の歌い方では、澄んで伸びる高音と、長く歌う母音の節回しが印象に残る。
「別涙(わかれ)」を立って熱唱する姿を記したライブの感想にも、その伸びやかな声への驚きがある。
歌手の林部智史は、因幡の個性を、伸ばした言葉の中に現れる母音の歌い方として具体的に捉えている。
高い音を出すことと、伸ばす音に節をつけること。
その二つから、因幡晃の歌の輪郭を見てみたい。
「別涙(わかれ)」正規配信音源(1976年発売のシングル)
「別涙」を歌い切る、伸びやかな高音
1976年発表の「別涙(わかれ)」は、因幡晃の初期の代表曲だ。
2013年のライブを近くで聴いた人の記録では、この曲と「忍冬」を立って熱唱した場面が印象的に書かれている。
歌声についての感想は、清々しく、きれいで、伸びやかというものだった。
日本舞踊家の村尚也も、因幡との対談で、高音に強い熱量を込め、一曲ずつ歌い切る姿を語っている。
本人はイントロが始まると気合が入り、一曲を終えるとくたくたになると答えた。
声の美しさと、一曲に力を尽くす歌い方の両方が、聴き手の記憶に残っている。
2013年のライブで、その聴き手が印象に残したのは、熱唱だけではなかった。
同じ聴き手は「紅さし指」では、高い声を抑えるように歌う美しさを挙げている。
一方、アンコールの「雪」では、床を踏む振動が近くの席まで伝わるほどの迫力を記した。
伸びやかな高音も、その聴こえ方は曲によって異なる。
抑えた声に聴き入る場面と、身体ごと歌に向かう熱量に圧倒される場面が、一つの公演の中にある。
「別涙」の伸びやかさだけでなく、その前後の歌と比べると、因幡が高い声で作る表情の幅を捉えやすい。
村との対談で本人は、芝居のように感情を表してみせることには照れがあっても、音楽なら表現できると話している。
悲しさを扱う曲でも、ただ沈んだ声で歌うとは限らない。
気持ちを歌という形にするからこそ、普段の会話では見せにくい感情も強く出せるのだろう。
伸ばす母音の中に、因幡晃の節がある
その個性をもう少し細かく説明したのが林部智史だ。
2025年のアルバム『縁』で、因幡の提供曲「見えないね」を歌う際、因幡独特の節回しを残すことを選んだという。
林部が例に挙げたのは、「わかって下さい」の母音「い」を伸ばす歌い方だった。
まっすぐ言葉を伸ばす歌い方との違いを示し、伸ばした「い」に因幡の節があると説明している。
「見えないね」でも、Aメロの「お」を伸ばす部分に、デモの段階からあった節回しを生かしたという。
その歌い癖を完成した録音まで残したのは、因幡らしさを聴き手にも感じてほしかったからだった。
長い音では、次の言葉へ進むまでの母音そのものが歌になる。
林部の話は、因幡晃の特徴を、音の高さに加えて、伸ばす言葉の節として捉える手掛かりになる。
ここで興味深いのは、「見えないね」のデモが、まだ歌詞を入れた完成形ではなかったことだ。
林部には、ラララで歌った段階から因幡らしい節が聞こえていた。
言葉の意味が決まる前でも、音の進め方に歌い手の個性が現れていたことになる。
さらに林部は、この曲には、因幡の悲しいバラードの印象とは違う、明るく開けていく感じがあるとも話している。
曲調が変わっても、その人らしさが失われるわけではない。
声の色だけでなく、長い音の途中をどう歌うかに目を向けると、別の歌手が歌う提供曲からも因幡の輪郭が見えてくる。

画像出典:写真掲載元
自由に声を出していた父の民謡
因幡は、父が民謡を歌う姿を幼い頃から見ていた。
父が気の向くまま自由に歌うことが、自分も鼻歌やメロディーを自由に発声してみることにつながったのではないかと振り返っている。
自由に声を出すという習慣が、曲の生まれる土台にもなっていた。
本人が挙げるもう一つの身近な音楽は、五歳上の姉が聴いていたシャンソンだ。
ブラザーズ5の取材では、父の民謡と、姉を通して耳にしたヨーロッパの歌が、自分の中に混じっているのではないかと語っている。
自作曲の抑揚にも、シャンソンに近いものを感じるという。
一つのジャンルだけで因幡の声を説明しきれないのは、本人の中にも、こうした複数の歌の記憶があるからだろう。
民謡の自由な発声と、シャンソンを思わせる旋律の抑揚。
それらは技法の名前として当てはめるより、因幡がどんな歌に親しんできたのかを知る手がかりになる。
生演奏の中で、慣れた歌を歌い直す
因幡は2010年の『まん丸の蒼い月』で、「わかって下さい」や「別涙」を新たに録音している。
ピアノを中心とする少人数で、歌と演奏がその場で進むスタジオライブを行った。
本人は、その経験から、臨場感は実際に一緒に演奏してこそ伝わると感じたと話している。
よく知る代表曲でも、伴奏がその場で生まれると、歌い手は周囲の演奏と同じ時間を過ごすことになる。
長く伸ばす声をどう保ち、次の言葉へどう進むかも、楽器との関係で聴ける。
因幡の節回しを、歌声だけでなく、生演奏の中に置かれたフレーズとして味わえる録音だ。
また、本人がジルベール・ベコーの公演から受け取ったものには、美しく歌うことに加えて、叫びのような表現も歌には必要だという気づきがあった。
澄んだ声をきれいに整えることと、感情を強く届けること。
因幡の熱唱には、その両方を求める歌い手の思いが重なっている。
本番の声で、歌に合うテンポを探す
歌う速さへの向き合い方を知る話もある。
ブラザーズ5の高山厳によれば、録音の際、高山、因幡、堀内孝雄の三人が、実際に歌いながら最適なテンポを探していたという。
軽く口ずさむだけではなく、本番と同じように声を出して確かめる必要があったそうだ。
長い音のある歌では、速さが変わると、その音を保つ時間も変わる。
その声で言葉が自然につながるか、フレーズの気持ちが届くかを、実際の歌で判断する。
高山の証言からは、曲の速さも歌の表情の一部として扱う、現場での細かな作業がわかる。
因幡自身も、五人で歌う経験から音楽の深さを感じ、ソロにも反映できると語っていた。
独特の節回しを持ちながら、ほかの歌い手と声を合わせて曲の形を探す。
その姿を見ると、因幡らしさは、決まった癖を繰り返すだけでできているものではないとわかる。
高い声の、その先にある歌の表情
伸びやかな高音で一曲を歌い切り、長く伸ばす母音にも自分の節を残す。
因幡晃の歌い方は、澄んだ声を、言葉ごとの独特な歌の形へ結びつけるところに個性がある。
歌う際に求める表現がどう広がったかは、因幡晃の歌唱変遷でたどっている。







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