IRySの歌声の変遷|難曲に挑んだ出発点から、観客と完成させる歌へ

IRyS(2026年10月6日、初ソロ公演での「BE MY FLAME」。撮影:Takashi Konuma、© COVER) IRyS
IRyS(2026年10月6日、初ソロ公演での「BE MY FLAME」。撮影:Takashi Konuma、© COVER)

IRySは、どんな歌を自分の声で届けたいと考えてきたのでしょうか。
作品作りとライブでの経験から、その歩みをたどります。

歌姫としての出発と、本人が感じていた難しさ

IRySは2021年7月11日、ホロライブEnglishのProject: HOPEからデビューしました。
翌日に発表した最初のEPが『||:Caesura of Despair』です。
配信活動の開始とほぼ同時に自分の作品を届けたことが、歌を軸にした出発をよく表しています。

初期の歌声には、確かさの中に少女らしい儚さが残る魅力もありました。
「Caesura of Despair」のロックに乗る強さと、そこに残る繊細さ。
後年の華やかなダンス曲から入った人にも、この二つが早い時期からあったことは、押さえておきたいところです。

本人は2022年、歌は独学で身につけてきたと説明しています。
作品作りでは、スタッフの提案やデモを受け、歌詞に意見を出して練習し、スタジオで指導を受けるという流れも紹介しました。
歌うことと、作り手との共同作業が結びついていきます。
ドイツのDoKomiでは、配信より緊張した一方、客席の反応を見聞きできる喜びもあったと話しています。
舞台への関心は、早くから育っていました。

IRyS(2022年「Quarter Bravery」制作陣インタビュー掲載ビジュアル。© COVER)
IRyS(2022年「Quarter Bravery」制作陣インタビュー掲載ビジュアル。© COVER)。
画像出典:画像掲載元

音域を合わせることが、感情を深くする

ただ、歌唱の課題もありました。
IRySは2023年、その難しさを率直に話しています。
「Caesura of Despair」など初期の曲は、自分が歌ってきた中でも難しく、配信で歌う際にも苦労したというのです。
そこから学んだのが、録音にもライブにも、自分の声域に合う曲を用意することでした。

本人は、合うキーなら感情を込めやすく、深く歌えるとも話しています。
気持ちまで届けられる条件を、曲作りから整えていたのです。

「Gravity」で立った海外の舞台

2023年7月、ロサンゼルスで開かれた「Connect the World」では、「Gravity」とデビュー曲を披露しました。
「Gravity」で会場の雰囲気を変え、「Caesura of Despair」のサビでも観客を引きつけました。
制作の中で考えてきた歌が、目の前にいる人へ届く場面です。

本人が難しさを語っていた曲が、会場では観客を引きつける曲にもなっていた。
この二つを重ねると、初期の曲に向き合い続ける姿が見えてきます。

IRyS(2023年7月、Connect the World「Gravity」。© COVER)
IRyS(2023年7月、Connect the World「Gravity」。© COVER)。
画像出典:画像掲載元

「Carbonated Love」で広がった、踊る歌の姿

2024年7月12日には「Carbonated Love」を発表しました。
ユーロビートへの関心は、2022年にはすでに本人の中にありました。
アニメ『頭文字D』を通じて夢中になり、自分でもこのジャンルの曲を作りたいと考えていたのでした。
曲の発表以前から育っていた好みが、オリジナル作品へつながった例です。

同年8月のニューヨーク公演「Breaking Dimensions」で、この曲を披露しています。
力のある歌声に加え、パラパラを取り入れた振り付けも披露しました。
前年の「Gravity」で声に引きつけていた姿に、踊る楽しさが加わったと捉えられるでしょう。
声の迫力を保ちながら、曲のリズムを目でも共有できるステージへ、見せ方が広がっています。

自分の歌に、観客の声が入ってくる

「DIAMOND GIRLFRIEND feat.MOTSU」は、2025年の「All for One」でも披露されました。
本人は、観客の声がサビに入って完成する曲だと説明しています。
自分の歌に加え、会場がどう参加するかまで考える姿が見えてきます。

また、大勢の観客を前にした最初の頃より、演技や客席とのやり取りに集中できるようになったとも話しています。
舞台経験が、歌いながら周りを見る余裕にもつながっていました。

一方、「All for One」では、オーロ・クロニー、常闇トワとの共演もありました。
三人の落ち着いた声が、独特の雰囲気を作りました。
ユーロビートが前面に出る時期にも、声を重ねて空気を作る表現は続いていた。
新しい得意分野を持つことが、それまでの歌を狭める方向には進んでいません。

初のフルアルバムと、一晩を歌い通す準備

2026年7月12日には、初のフルアルバム『DANGERyS』を発表しました。
「My car is in danger」から始まり、「Why do we stay?」「Because of You」、既発の「Escalate」などを収めた全10曲の作品です。
単曲ごとに増やしてきた表現を、一枚の流れとして届ける段階に入ります。

IRySは10月、ユーロビートがこれほど活動の大きな部分になるとは予想していなかったと話しています。
最初から決めていた路線を進んだというより、偶然触れた音楽を好きになり、それを自分の作品へ育ててきたのでした。
好きな音楽との出会いが、歌う場の変化につながった歩みです。

初ソロ公演の準備では、多くの曲をほぼひとりで続けて演じるため、体力作りが大きな課題になったとも語っています。
一曲を歌う力に加え、一晩の流れを支える力が必要になった。
録音とライブの両方を考えて音域を選んだ頃の視点は、今度は公演全体を見渡すものへ広がっています。

最後に戻ってきたデビュー曲

2026年10月6日、SGCホール有明で初ソロ公演「HOPE ||: Beyond the Stars」を開催しました。
アンコールの最後に歌ったのは「Caesura of Despair」でした。
曲の途中でデビュー当時の衣装に戻る演出もありました。

歌う難しさを感じた出発点へ、多くの舞台を経て戻ってきたのです。
曲を替えて先へ進むことと、経験を重ねて同じ曲に向き合うこと。
IRySの歩みには、その両方があります。

曲ごとの声の使い方は、IRySの歌い方で掘り下げています。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました