Kj(降谷建志)の歌い方|低い声、ファルセット、ラップを曲に合わせて選ぶ

降谷建志(2015年ソロアルバムのインタビュー掲載写真) Kj(降谷建志)
降谷建志(2015年ソロアルバムのインタビュー掲載写真)

Kjの歌を、勢いのあるラップや荒い声だけで説明しようとすると、降谷建志名義のソロで立ち止まります。
どうして同じ人の歌なのに、こんなに距離が近く感じられるのか。
その違いを考える鍵は、声の大きさだけでなく、音域と発声、言葉の置き方にあります。
本人が語った選択を、具体的な曲や公演と結びつけて見ていきましょう。

声を荒げる代わりに、低めの音域とファルセットを使う

2015年のソロ制作で、本人はDragon Ashより低い音域で歌っていると説明しました。
さらに、普段なら声を荒げる箇所でファルセットを使ったといいます。
同じメロディーにいつもの勢いを足すのではなく、その旋律に合う声を選ぶ。
Kjの柔らかい歌を考えるうえで、まず押さえたい具体的な発声の違いです。

低めの音域を使うことと、ファルセットへ切り替えることは、別の選択です。
前者は歌う高さの設定、後者は声の出し方に関わります。
ソロの穏やかさを、ずっと小声で歌っているから、とだけ考えると、この違いが抜け落ちます。
どの高さで、どんな声を出すかを変えられることが、表現の幅につながっています。

その背景には、歌にする出来事の違いもあります。
『Everything Becomes The Music』の「P Board」は、息子がスケートボードをする姿から生まれた曲。
本人はソロについて、バンドを鼓舞するときとは異なる、普段の自分に近い温度で歌にできると話しています。
日常の一場面を、大勢へ呼びかけるときと同じ強さに広げる必要はない。
声の選択は、何をどの距離で伝えたいかとも結びついています。

降谷建志(右。2015年5月、ソロ作品の先行試聴会。写真提供:MUSICA)
降谷建志(右。2015年5月、ソロ作品の先行試聴会。写真提供:MUSICA)。
画像出典:画像掲載元

ラップは、速さよりも言葉が進む感覚に耳を向ける

「Walk with Dreams」を制作したとき、桜井誠は、歩くリズムで淡々と進みながら、内側には熱がある表現として受け止めていました。
勢いを見せるために言葉を詰め込むのとは、目指すところが違います。
一つひとつの言葉が、自分の歩く速さで届くようにする。
ラップの強さは、速度を上げなくても作れるということです。

同じ2012年の「Run to the Sun」では、どこがサビか決めにくいのに、曲が耳に残ることをメンバーが話しています。
途中の言葉や旋律にも、引き込む役割がある。
大きなサビを待つだけでなく、一曲のどこに気持ちを持っていかれるかを探す楽しみがあります。

2017年の「Jump」では、Kj自身が、まとまった日本語ラップのヴァースを久しぶりに作ったと話しました。
ヴァースは、歌詞を展開していくひと区切りのことです。
桜井も、この曲ではそのまとまりがはっきりしていると捉えています。
単にラップが入っているかどうかに加えて、言葉を連ねる部分をどれだけ前に出すかでも、曲の印象が変わります。

「Jump」は当初、より打ち込みのトラックらしい形でしたが、ドラムとベースが加わって、生の演奏の感触が強まりました。
そこへ日本語のラップが乗る。
声だけが拍を刻むのではなく、演奏する人のリズムと同じ場所で言葉が動く曲です。
歌い方を考えるときも、口の回り方だけでなく、後ろの演奏との関係が大切になります。

メロディーを歌う声にも、語りかける距離がある

2023年2月の代々木第一体育館公演で、Kjは「静かな日々の階段を」をハンドマイクで歌いました。
語りかけるように言葉を届けた歌唱でした。
広い会場で歌うことと、声を遠くへ投げ続けることは同じではありません。
言葉の内容へ近づいてもらうような届け方も、大きなライブの中に置かれているのです。

一方、同じ公演の「Fantasista」では、会場とコール&レスポンスを交わしています。
自分の声を聴かせる場面から、相手の声が入る場面へ移る。
Kjのライブで声の勢いが大切になるのは、こうして歌が返ってくる関係を作るときでもあります。
静かに届く言葉と、一緒に声を上げる時間が、一人の歌い手の中にあるわけです。

Kj(2023年2月、代々木第一体育館公演。撮影:TAKAHIRO TAKINAMI)
Kj(2023年2月、代々木第一体育館公演。撮影:TAKAHIRO TAKINAMI)。
画像出典:画像掲載元

声を重ねるときは、主旋律の強さだけで決めない

The Ravensの「メタモルフォーゼ」では、多層のコーラスが組まれています。
ピアノを軸にした8ビートの曲の中で、重なった声も響きを作っています。
一人の主旋律を大きくすることと、複数の声で厚みを作ることは、聴き手へ届く仕組みが違います。
Kjの歌が置かれる音楽には、声の重なりで広がりを生む作りもあるのです。

この曲は、撮影で岩手に滞在し、一人でホテルへ戻る日々の中から生まれました。
Kjは、同じように孤独を感じていた人たちと話した経験も、歌詞のきっかけとして説明しています。
個人の寂しさを歌う曲に、重なり合う声がある。
歌詞の背景と声の編成を併せて考えると、一人の内側に閉じた歌としてだけでは受け取れなくなります。

別の具体例が、2025年の「サンバースト」です。
Kjは制作時のBメロのデモで、中心となる声に加え、その上と下の3度のハーモニーまで自分で歌っていました。
3度は、主となる音と、それに重ねる音の間隔を表す言い方です。
一つの旋律をどう歌うかと同時に、上下の声をどう組み合わせるかまで、歌で示していたのです。

制作したDJ FUMIYAは、楽器を増やしすぎず、それぞれの声を生かす作り方を語っています。
Kjも、伴奏の音が少ないことで声の存在がはっきりすると受け止めていました。
最終的には鈴木真海子、宝鐘マリンと歌う曲ですが、その中で自分の歌い方だけを押し通すわけではない。
声の個性をどう並べるかも、歌の表現に含まれています。

先にあるリズムから、歌が立ち上がる

Kjは『THE FACES』の制作を語った際、曲を作るときにリズムを重視し、ドラムが何をしているかが気になると話しています。
同作の「Curtain Call」は、もともとアルバムを閉じるトラックとして作り、あとから歌いたくなって詞を書いた曲でした。
歌を入れる前の音の流れが、歌うきっかけにもなる。
ラップとメロディーを行き来するKjを、ボーカルだけで考えないための手がかりです。

低めの声も、ファルセットも、言葉を刻むラップも、曲の中ではそれぞれ役割が違います。
声の迫力だけを取り出すより、何を伝えようとする場面で、その声が選ばれたかを見る。
Kjの歌い方は、そこから立体的になっていきます。
バンドとソロを行き来する中で選択が増えた過程は、Kj(降谷建志)の歌唱変遷でたどっています。

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