手越祐也さんの歌声は、NEWS時代の明るい高音を失わずに、使い方を大きく変えてきました。
初期は先輩へ追いつくための突破口、テゴマスでは相手を支える上のハーモニー、ソロでは一公演を一人で背負うために配分する力です。
変化を一言で表すなら、「一番高く、強く歌える人」から「曲ごとに強さを置く場所を選べる人」への移行です。
高音そのものが消えたのではなく、高音だけで自分を証明する必要がなくなりました。
この記事では、本人の発言、公式年表、作品資料、制作関係者と複数の歌唱評をもとに、2000年代のグループ活動から2026年の現在までを追います。
現在の高音やビブラートの仕組みは手越祐也さんの歌い方・発声分析で扱い、ここでは声に与えられた役割がいつ変わったのかに集中します。
2002〜2003年|声変わり直後に「歌で追いつく」と決めた
手越さんは15歳で以前の所属事務所へ入り、短期間でNEWSのメンバーに選ばれました。
華やかな出発に見えますが、本人の中では、すでに経験を積んでいた先輩との大きな差から始まっています。
声変わりは中学一年生頃にあり、高い曲が最初から歌えたわけではありません。
それでもX JAPAN、L'Arc-en-Ciel、ポルノグラフィティを好み、人気や芸歴の差を「ボーカル力で覆すしかない」と考えました。
中学三年生から高校一年生頃には、自分でボイストレーナーを探しています。
高校の帰りにカラオケへ通い、発声を一から学んだという経緯は、初期の歌声が偶然の高音ではなかったことを示します。
デビュー直後の役割は、グループの中で自分の存在を一音で分からせることでした。
若い声の明るさと高い音域が結びつき、のちの「歌の強いメンバー」という立場の土台になります。
2006〜2014年|テゴマスで、高音は一人勝ちする声から支える声へ
2006年に増田貴久さんとのユニット、テゴマスが本格始動します。
ここで手越さんの高音には、NEWSとは違う仕事が加わりました。
二人で歌う時は、声が高いだけでは完成しません。
自分が上のハーモニーへ回った時には、旋律を歌う相手を消さず、同時に音程の幅を広げる必要があります。
当時の歌唱評では、二人の豊かな表現と安定したハーモニーが高く評価されました。
一方、ファンの記録には、手越さんの大きなビブラートや強い高音が、時に相手より前へ出て聞こえるという見方も残っています。
この食い違いが面白いところです。
ソロなら武器になる声の強さが、デュオでは相手との距離を測る課題にもなりました。
NEWSでは集団の中から抜ける明るさを使い、テゴマスでは二人の間へ戻ることも覚える。
手越さんの歌声は、この二つの役割を往復する中で、一方向のハイトーンからアンサンブルの声へ広がっていきました。
2015〜2020年|「高音を任せられる人」という看板が完成した
2010年代後半には、手越さんの高音と歌唱力は、本人の役割として広く定着します。
グループ曲、音楽番組でのコラボ、ロック曲のカバーなど、高いキーと強いロングトーンが必要な場面で前へ出る機会が増えました。
2019年には、高音を前面に出した企画でX JAPANの楽曲を歌い、本人が少年期から追いかけたロック系ハイトーンと、テレビで期待される手越像が重なります。
「歌で差を覆す」と決めた中学生の戦略が、十数年後には公の看板になったわけです。
ただし、グループの公演では歌唱を分担できます。
一曲ごとに強い場面を担当しても、別のメンバーが歌う時間に呼吸と体力を戻せます。
この環境では、高い一音の完成度と、一人で公演全体を背負う持久力の違いは見えにくいままでした。
それが明らかになるのは、独立後です。
2021年|『シナモン』でソロになり、歌の配分を一から作り直した

2021年、手越さんは『シナモン』でソロデビューし、6か月連続で配信シングルを発表しました。
その年末にはアルバム『NEW FRONTIER』へ進みます。
作品の幅は一気に広がりました。
まっすぐな声、歪みを加えたロック声、息を含む声、裏声寄りの声を、別々の曲で試すようになります。
しかし、最初のソロライブは非常に厳しいものでした。
グループなら数人で走る公演を、今度は一人で全曲歌い、MCまで担当しなければなりません。
本人はこの違いを、リレーと100メートル走にたとえています。
以前のソロ曲はグループ公演で一曲だけ全力を出すための曲でしたが、ソロ公演では、そのような曲を続けて歌うことになります。
『シナモン』の発売より半年前ほどから、発声を一から鍛え直したのはこのためです。
この時期、高音の価値は「一回出せること」から「最後の曲でも同じ状態で出せること」へ変わりました。
2022〜2023年|曲ごとに別人になるため、声の色を増やした
ソロで必要だったのは、持久力だけではありません。
一人の声でアルバム全体を成立させるため、曲ごとに人物を変える仕事が増えました。
手越さんは、作家へ主人公の設定や感情を確認し、その人になりきるように歌うと説明しています。
明るい本人像のまま何でも歌うのではなく、傷ついた人、強がる人、優しく寄り添う人へ声を着替えます。
『ONE LIFE』では、歌唱力を見せつけるように歌わず、曲の終盤まで強さを取っておきました。
録音時の表情まで変え、優しい人物なら口角を上げて声色を調整しています。
ソロ初期の再訓練と、役を選ぶ録音が結びついたことで、手越さんの歌声は「何でも強く歌える」から「強く歌わない人物も作れる」へ進みました。
2024年|『絆 -KIZUNA-』で、低いキーと弱い主人公を受け入れた
2024年のミニアルバム『絆 -KIZUNA-』では、同世代のアーティストたちとの共同制作が大きな転機になりました。
手越さんをよく知る作家たちは、高音以外の面を引き出そうとします。
ある曲では、本人ならさらに高く歌えるにもかかわらず、あえて低めのキーが選ばれました。
主人公を強い手越祐也のままにせず、弱さや迷いを持つ人物として見せるためです。
本人も、息を多く含む声や柔らかな人物像を取り入れました。
自分の得意技を増やすのではなく、他人から渡された制限によって、これまで選ばなかった声を見つけています。
初期は高音で先輩との差を埋め、2010年代には高音を看板にしました。
それに対してこの時期は、高音を使わないことでも作品を成立させられると示した段階です。
2025〜2026年|歌声は完成品ではなく、毎公演更新するものになった

2025年にはソロのベストアルバムと全国ツアーが組まれ、活動の最初の区切りを迎えました。
ここで本人が強調したのは、昔の音源を正確に再現することではありません。
ライブ映像を毎晩見直し、良かった点と次に変える点を確認する。
観客の反応やバンドとの呼吸によって曲が育つため、歌唱は固定された完成品ではないと考えています。
同じ『シナモン』でも、独立直後の歌には、現在の技術では作り直せない初々しさがあります。
上達した現在が過去を塗り替えるのではなく、その時にしか出せなかった声も作品の一部として残す姿勢です。
2026年8月にはアルバム『☆SUPER☆STAR☆』を発表しました。
ソロ5周年を越えた現在も、高音を看板として持ちながら、曲ごとの人物、ツアー全体の配分、毎公演の変化を同時に扱っています。
変わらなかったのは、声より先に自分を更新する姿勢
2000年代の手越さんは、芸歴の差を歌で覆すために高音を磨きました。
テゴマスでは、強い声を相手と合わせる課題を知り、NEWSでは高音を任せられる人という看板を作ります。
ソロになると、その看板だけでは一公演を走り切れませんでした。
発声を鍛え直し、声色を増やし、強く歌わない人物を受け入れます。
変わったのは、高音の高さより高音の役割です。
追いつくための武器から、曲の中で必要な時だけ取り出す表現へ変わりました。
一方、変わらなかったものもあります。
歌で評価されるために自分からトレーナーを探した十代の頃と同じく、現在もライブ映像を見直し、できないことが見つかれば作り直します。
手越祐也さんの歌唱変遷は、派手な高音が落ち着いた物語ではありません。
派手さを失わず、それを一曲、一公演、一人の主人公へ正しく配れるようになった物語です。
まとめ
手越祐也さんの歌声は、NEWS加入前の「歌で追いつく」という決意から始まりました。
テゴマスではハーモニー、NEWSでは高音を任される役割、ソロでは全曲を一人で支える持久力を求められます。
2021年の再訓練によって一公演の配分を作り、2024年の『絆 -KIZUNA-』では低いキーや弱い人物にも声を預けました。
2025年以降は、過去の声を否定せず、毎公演の映像から現在の歌を更新しています。
初期と現在をつなぐのは、明るい高音そのものではありません。
必要なら一から学び直し、できることを増やした後で、何を使わないかまで選ぶ姿勢です。






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