谷山浩子の歌い方には、軽やかな声の質感と、大きく伸びる高音という二つの面があります。
2017年の45周年記念公演には、その両方が記されています。
言葉の響きや共演の仕方にも目を向けると、軽やかな声がさまざまな物語を運ぶ様子が、より具体的に見えてきます。
「デビュー45周年大収穫祭」(2017年4月29日公演のトレーラー)
軽やかさと、伸びやかさが一緒にある声
音楽ライターの宮本英夫は、BARKSの公演レポートで、谷山の声を伸びやかでエアリーと評しています。
空気を含むような軽やかさを感じさせる、声の質感です。
その言葉が使われたのは、栗コーダーカルテットたちとの共演の場面でした。
谷山はピアノから離れ、椅子に座って歌に専念しています。
リコーダー、ギター、ウクレレ、パーカッションの軽やかな響きと、声の質感がよく合っていたという評です。
この共演では「そっくりハウス」「恋するニワトリ」の軽快さに加え、「意味なしアリス」の不気味さや、「ピヨの恩返し」のドラマも描かれています。
同じ軽やかな音の組み合わせが、かわいらしい歌だけを支えていたわけではありません。
物語が不思議な方向へ動いても、その声の質感は歌を運んでいく。
軽さを単に明るい気分と結びつけず、何を歌っている声なのかにも目を向けると、この共演の幅が見えてきます。
高音の伸びが際立つ「第2の夢・骨の駅」
同じ公演の「第2の夢・骨の駅」では、斎藤ネコカルテットの重い低音の上で、谷山の高い声が美しく伸びていたと評されています。
宮本はその響きをオペラになぞらえながら、歌われる内容の怖さにも触れています。
高音の美しさと不穏な物語が、一つの歌に重なっていた場面です。
弦楽器との共演には、穏やかな「きみの時計がここにあるよ」や、勢いよく進む「SAKANA-GIRL」もありました。
重い低音との対比で高音が際立つ曲もあれば、落ち着いた曲、疾走する曲もある。
伴奏と曲の展開が変わることで、同じ声にも別の表情が現れます。
言葉の意味と、口にしたときの響きを楽しむ
谷山の歌では、声に乗る言葉そのものにも仕掛けがあります。
2017年の『月に聞いた11の物語』に収められた「ジリスジュリス」について、本人はライナーノーツで、内容には筋が通っていても、耳では呪文のように聞こえる歌を目指したと説明しています。
意味が通じることと、不思議な響きを楽しむことを、同時に成立させようとした曲です。
タイトルの「ジリス」と「ジュリス」は、作中では登場するリスの名前です。
似た音を持つ二つの名前を、言葉として追う楽しさがあります。
物語を知る前に音の連なりを楽しみ、後から何を歌っていたのかを確かめる、という聴き方もできます。
軽やかな声で歌われる曲を、声のかわいらしさだけで受け止めると、こうした言葉の仕掛けを見落としてしまいます。
一つ一つの言葉の意味と、それが旋律の中でどんな響きになるか。
谷山の歌では、この二つを行き来することも楽しみになります。

画像出典:写真掲載元
声質が違うROLLYと、なぜ歌が合うのか
声の相性は、似た声同士をそろえることだけでは決まりません。
2012年の公式対談で、谷山はROLLYとの共演について、声質は違うのに面白い合い方をすると話しています。
『ROLLY&谷山浩子のからくり人形楽団』の「さよならDINO」は、当初からデュエットにする予定ではなく、試してみたらしっくりきた曲だったそうです。
谷山は、ROLLYの歌声が加わることで、曲のフランスのポップスを思わせる雰囲気が強くなったとも述べています。
自分一人の声をどう変えるかだけでなく、違う声が隣に入ることで、曲の表情が変わるのです。
声質の違いが残っていることが、共演の魅力になっています。
二人の歌を聴くときには、声がよく似ているかを探すより、どちらの声が入ったときに物語の印象が変わるかに目を向けると面白くなります。
一人では作らなかった曲の雰囲気が、もう一人の声によって生まれる。
谷山自身の説明からも、そんな共演の楽しさが伝わってきます。
「甘い誘惑」では、その場で声の重なりも変わる
実際のステージには、予定したハーモニーから変わった場面もあります。
2024年4月25日の二人の公演を伝えた『ぴあ』のレポートによると、「甘い誘惑」の大サビは、リハーサルではROLLYが下のパートへ進む予定でした。
ところが本番では、二人が同じ旋律を歌うユニゾンになったと、谷山が演奏後に指摘しています。
別々の音程を重ねるハーモニーと、同じ旋律を重ねるユニゾンでは、声の関係が変わります。
同じ曲を二人で歌っていても、声が上下に分かれるか、一つの旋律に集まるかによって、耳を向ける場所が違ってくるのです。
谷山はその変更を笑いながら受け止めていました。
この日の伴奏は、二人によるピアノとギターを中心にした編成でした。
大きなバンドの中に声を加える場合とは異なり、二人の声がどう重なるかを追いやすい組み合わせです。
軽やかさや高音という一人の声の特徴に加え、相手の声にどのように応じるかも、共演での聴きどころになります。
自分の曲でも難しいからこそ、歌い方を見直す
親しみやすく届く歌でも、本人にとって歌いやすいとは限りません。
2024年の『THE CHANGE』の取材で、谷山は、作曲するときに望むメロディーを優先した結果、自分でも歌いづらい曲になることがあると話しています。
作りたい旋律と、歌うときの扱いやすさが、いつも一致するわけではないのです。
同じ取材では、コンサートの評判がよくても、後から音源を聴くと自分では満足できない場合があることにも触れています。
会場での印象には照明や音響の助けもあると考え、歌い手としては録音された自分の声を別に見直しているのです。
聴き手が楽しめたことと、自分の歌唱への評価を、一つにまとめていないことが分かります。
さらに別の回の取材では、昔の曲を人前で歌うとき、聴き手をがっかりさせないよう、できるだけ歌い方を崩さずに歌っていると話しました。
若いころと声が変わったことは本人も認めています。
その上で、聴き手が覚えている歌の形を大切にするという選択です。
声の質感を受け止めながら、曲の親しみやすさを保つ姿勢も、谷山の歌を支えています。
谷山浩子の歌は、軽い声と強い高音という二つの特徴だけには収まりません。
軽やかな声が不思議な物語を運び、美しい高音が怖い歌の世界にも響く。
声の質感と、歌詞や伴奏が作る情景を重ねて聴くところに、谷山の歌のおもしろさがあります。
声を作っていた時期から、本人が自然だと感じる歌い方へ至った道筋は、谷山浩子の歌唱変遷で扱っています。







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