平浩二の「バス・ストップ」には、歌い出しの裏声という、声そのものを印象づける特徴があります。
本人が歌う際のコツとして挙げているのも、出だしの3番目の音です。
その繊細な声と、伸びやかに歌い上げる声は、どのようにつながっているのでしょうか。
「バス・ストップ」(1972年発表曲/テイチク公式音源)
本人が大切にする、出だしの3番目の音
「バス・ストップ」は、平の伸びやかな声を生かそうとして作られた曲です。
2023年の『徹子の部屋』の番組紹介では、出だしの3番目の音をきれいに出すことが、本人の挙げる歌唱のコツとして伝えられています。
サビへ進む前の、ごく短い部分を重視しているのです。
曲の第一印象は、歌い出しのわずかな時間で決まります。
本人の説明は、そこで声を大きく見せることより、一つの音をきれいに届けることへ注意を向けています。
後半の歌い上げだけを聴きどころとするのではなく、入口の声の質感も、この曲を知る大切な手がかりです。
裏声とビブラートは、違う表現の選択
キングレコードが掲載した中西保志のカバー作品のレビューも、原曲の冒頭の短い言葉にあるファルセットを、特徴的な声の使い方として取り上げています。
ファルセットとは裏声のことです。
中西のカバーでは、同じ部分にビブラートを効かせる歌い方を組み込み、別の表現にしています。
高い音だから自動的に同じ声になるのではなく、入口の短い旋律にも歌い手の選択があるのです。
ここで比べられているのは、裏声という声の種類と、音を揺らすビブラートの使い方です。
同じ旋律でも、どの質感の声を出し、それをどう伸ばすかによって表情が変わる。
中西のカバーを通して逆に見えてくるのは、平の原曲では、歌い出しの裏声そのものが強い目印になっているということです。
なお、このカバーは杉山清貴のギターとコーラスを伴う一発録音として紹介されています。
平の歌声をそのまま再現する録音ではなく、別の歌手が同じ曲を自分の表現へ移した例として捉えると、声の使い方の違いが分かりやすくなります。
広い音域に頼らず、曲の起伏を作る
原盤と伴奏を詳しく論じた個人ブログの曲評では、「バス・ストップ」の旋律の音域は、一オクターブに満たないと指摘されています。
大きく上がり下がりする旋律に頼らず、限られた高さの中で声を変える。
出だしの3番目の音をきれいに出すという本人の話も、そうした細部を大切にする歌とつながります。
ここでの音域は、この一曲の旋律が使う高さの範囲です。
平自身が歌える音域の上限や下限を示した数値ではありません。
曲の音域が広くなくても、裏声の繊細さや声を伸ばす勢いによって、豊かな起伏を作れるという点が重要です。
声を伸ばす下で、伴奏は細かく動いている
「バス・ストップ」のゆったりした印象は、伴奏の動きと一緒に捉えると、さらに分かりやすくなります。
堀家敬嗣の音楽評論は、この曲でハイハットが一拍を三つに分けるリズムを担い、楽器の鳴る場所や休む場所によって二拍目と四拍目が強調される点を挙げています。
ゆっくり流れる歌の下にも、細かな時間の区切りがあるのです。
声を長く伸ばす間、曲全体の動きが止まるわけではありません。
伴奏の刻みが続いているため、その上に歌声の長い線が乗る。
声だけを大きく伸ばそうとするより、歌が休む場所や伸びる場所で伴奏が何をしているかに耳を向けると、曲の進み方をつかみやすくなります。
これは、歌詞をすべて三連符に分けて歌うという意味ではありません。
長く保つ歌の音と、細かく刻む伴奏は、役割が違います。
同じリズムを共有しながら、声にはゆとりを感じさせるという、歌と伴奏の関係を見るための視点です。

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なめらかさを保ち、声を伸ばす
平の声には、伸ばしたときのなめらかさもあります。
2025年6月の「夢グループ20周年記念コンサート」を取材した恩田貴子は、「バス・ストップ」の歌声をベルベットにたとえ、どこまでも伸びていくようだと評しました。
やわらかな質感と、伸びのある声を併せて捉えた評価です。
また、先ほどの個人ブログの評者は、曲の前半をおとなしめに運び、サビで大きく盛り上がる点にも触れています。
冒頭の繊細な声だけで曲全体の印象が決まるのではなく、その後に声を広げる場面がある。
歌い出しとサビの違いを追うと、なめらかさの中にも表情の起伏があることが分かります。
「ジェラシー」で歌う、甘い声の中の情念
「バス・ストップ」で知られる声を、平は別の題材にも向けています。
2019年の歌手生活50周年記念パーティーの取材では、新曲「ジェラシー」を、女性の情念を歌うロックタンゴ調の作品として紹介しました。
懐かしい曲とともに、その時の自分の声で楽しんでほしいと語っています。
この曲を考える際には、甘い声と、歌の中の感情を分けて捉えるとよいでしょう。
声の手触りが柔らかいからといって、歌う内容まで穏やかであるとは限りません。
執着や揺れる気持ちを甘い声が担うことで、声の印象と物語の間に別の表情が生まれます。
夢レコードは、前年の「最終便」についても、甘い声で女性の心を切々と歌う作品として紹介しています。
同じ歌手の持ち味でも、何を歌う声なのかによって、聴き手が受け取る切なさは変わる。
代表曲の裏声だけに注目せず、こうした歌の主題と声色の組み合わせまで見ると、平の歌の幅が見えてきます。
録音ごとに、どの声を聴いているかを確かめる
50周年のアルバムでは、昔の曲をその時の声で録音し直したことも、本人が説明しています。
レーベルの曲目には「女の意地」「夜明け前」「冬の駅」などに新録音の表記があります。
懐かしい曲名が並んでいても、すべてが発売当時の録音というわけではありません。
本人が歌った同じ曲でも、録音した時期と、後からアルバムに収めた時期は別です。
原曲の特徴を確かめるときと、後年の歌い方を知るときには、その違いを意識すると比較が明確になります。
「バス・ストップ」の裏声を述べた作品評と、2025年の舞台で声の伸びを捉えた公演評も、それぞれ異なる場面の声を伝えています。
歌い出しで裏声の個性を示し、曲の中では、なめらかな声の伸びを聴かせる。
平浩二の歌い方には、ひとつの音をきれいに届ける細やかさと、歌声を豊かに伸ばす持ち味があります。
「バス・ストップ」を知っている人にも、冒頭の3番目の音という本人の視点は、この歌を捉え直す手がかりになるでしょう。
復帰後に本人が感じた声の変化と、新曲に込めた思いは、平浩二の歌唱変遷でたどっています。







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