「Patience」を初めて聴いたとき、冒頭の歌声を、ガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズだとすぐに分かったでしょうか。
口笛とアコースティックギターに続くのは、低く、落ち着いた声です。
「Welcome to the Jungle」の鋭い叫びとは、ずいぶん違う人物に聞こえます。
ところが曲の終わりに近づくと、その穏やかさだけでは済まなくなる。
アクセルの声は高くなり、言葉を押し出す力も増していきます。
相手にゆっくり待とうと呼びかけていた人の、落ち着かない気持ちが表に出たようです。
**アクセルの面白さは、低い声も高い声も出せることに加え、声を変えることで、一曲の中に違う感情を見せられるところにあります。**
1988年の『G N’ R Lies』に収められた「Patience」は、その変化を追いやすい曲です。
静かな編成だから、声の変化が目立つ
「Patience」のスタジオ版では、アコースティックギターの音が演奏の中心にあります。
大きなドラムが入って、サビを一気に盛り上げる曲ではありません。
そのため、曲の勢いが変わったとき、歌手がどんな声を出したかがよく分かります。
冒頭の口笛には、急いで何かを訴えかける様子がありません。
続く低い歌も、言葉を一つずつ強く突きつけるより、旋律に沿ってゆったり進みます。
アクセルの荒々しい曲を知っている人には、その落ち着き自体が新鮮に感じられるでしょう。
低い声には、聴き手へ近く語りかけるような親しみがあります。
声を張らずに話を始めたことで、曲の主人公は、最初から取り乱している人には見えません。
相手との間にある問題を、落ち着いて乗り越えようとしている人として歌が始まるのです。
この出発点があるからこそ、終盤で高い声が聞こえたとき、ただ音が高くなった以上の変化を感じます。
先ほどまで冷静に話していた人が、もう同じ調子では話せなくなったように聞こえるからです。

待とうと言う人が、いちばん待てないのかもしれない
曲名の「Patience」は、辛抱や忍耐という意味です。
歌の中では、関係を急いで結論づけず、時間をかけようと相手に呼びかけます。
低い声で歌われる部分には、その言葉に合う穏やかさがあります。
終盤では、ギターの繰り返しが続く中で、アクセルの歌が強く前へ出てきます。
声の高さが上がり、ざらつきも目立つ。
ゆっくり待とうという曲の中に、相手を必要としている気持ちが、隠せないほど大きくなったようです。
この変化を、単に「静かな曲でも最後はロックらしく叫んだ」と受け取ることもできます。
ただ、歌っている内容と一緒に考えると、もう一つ面白い読み方があります。
相手を落ち着かせるための言葉が、自分を落ち着かせるための言葉でもあったのかもしれません。
最初の低い声が嘘だった、ということではありません。
落ち着いて待ちたい気持ちと、今すぐそばにいてほしい気持ちの両方が、一人の中にある。
アクセルは声の違いによって、その二つを聴き分けられる歌にしています。
荒い声は、怒っているときだけの声ではない
アクセルの高い声には、音の縁がざらつくような強さがあります。
激しい曲では、それが怒りや反抗に聞こえることがあります。
だから同じ声が「Patience」に現れたときにも、つい荒々しい歌い方としてひとまとめにしたくなります。
しかし、この曲では、直前まで穏やかな言葉を歌っていました。
そのあとに出る強い声は、相手を攻撃するより、必要としていることを必死に伝える声として聞くことができます。
声の質感だけで感情が決まるのではなく、そこへ至る歌の流れが、声の意味を変えるのです。
逆に、冒頭から同じ強さで歌っていたら、最後に張った声を出しても、この差は生まれにくいでしょう。
低い声で長く歌う時間があるため、強い声が出た瞬間に、主人公の気持ちが動いたと感じられます。
穏やかな部分は、高音を待つための休憩ではありません。
高音に切実さを持たせるためにも欠かせない部分です。
合唱の授業で、ほかのパートを歌っていた
こんなふうに声を使い分けるアクセルには、合唱の授業にまつわる話があります。
合唱では、歌う高さなどによって担当するパートが分かれています。
一人だけ違うパートを歌えば、通常は先生に気づかれてしまいます。
アクセルは1988年の『Superstar Facts & Pics』の取材で、譜面を読みながら、ほかの人のパートを歌って先生を驚かせようとしていたと話しています。
先生は耳がよく、違う声が部屋のどの辺から聞こえたかまで分かった。
うまく紛れ込ませるには、そのパートをしっかり歌えなければならなかったといいます。
低い声のパートが集まっている場所から、高い声が聞こえる。
授業ではいたずらでも、いろいろな声を試すきっかけになったわけです。
同じ取材で、曲によっていくつもの声があると聞かれたアクセルは、長くその使い分けに取り組んできたとも説明しています。
「Patience」の穏やかな声と鋭い声を聴くと、この話を思い出したくなります。
一人の歌手の中に、違う声で歌う選択肢がある。
その選択肢を曲の途中で替えると、別の歌手が参加しなくても、歌に新しい表情を加えられるのです。
自分で書いた気持ちだけを歌うわけではない
「Patience」はアクセルの歌が強く印象に残る曲ですが、作られ方をたどると、ギタリストのイジー・ストラドリンが重要な役割を果たしています。
レコード会社でバンドを担当したトム・ズータウによると、イジーがスタジオのキッチンでギターを弾き、旋律を口ずさんだところから曲が形になっていきました。
のちにアクセルへ聴かせると彼も気に入り、アコースティックの録音へ進んだといいます。
つまり、出来上がった歌の切実さを、アクセル個人の恋愛の出来事だけで説明する必要はありません。
仲間が作った旋律や言葉を受け取り、どんな人物の、どんな調子の声にするかを決めることも、歌手の仕事です。
アクセルの歌い方には、そうした物語の語り手としての面白さもあります。
低い声で始めれば、その人物の落ち着いた面が見える。
後半で声を張れば、そこまで抑えていた気持ちが見える。
声色を替えることで、曲の主人公が落ち着こうとする姿も、焦ってしまう姿も見えてきます。
アクセルは声の違いを、人の気持ちを歌うために使っているのです。

その力は、のちにAC/DCの曲を歌う場面でも試されました。
自分の代表曲とは違う歌手の表現に向き合った歩みや、初期の同じ曲を二つの歌い方で録った面白さは、アクセル・ローズの歌声の変遷でたどっています。
最後の声を聴くと、最初の穏やかさも違って聞こえる
「Patience」の最後でアクセルが声を強くするのは、曲を大きく締めくくる効果があります。
それに加えて、低い声で話していた人物にも、抑えきれない気持ちがあったと感じさせます。
音の高さと粗さの変化が、歌の中の心の動きに聞こえるのです。
終盤まで聴いてから冒頭へ戻ると、最初の落ち着きも、ただ余裕がある人の落ち着きとは限らなくなります。
本当は不安だけれど、焦らずにいようとしていたのかもしれない。
強い声を知ったあとで、穏やかな声の意味まで変わってくるところが、この歌の面白さです。
アクセルの高音と低音の落差は、音域の広さを見せるためだけのものではありません。
同じ人物の中にある、静かな言葉と大きな願いを歌い分けるためにも働いています。
「Patience」の最後の声が残るのは、その前に、長い時間をかけて別の声を聴かせていたからなのです。
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