エド・シーランの歌では、言葉を追いかけていたはずが、いつの間にか自分もサビを口ずさんでいることがあります。
細かく言葉を刻んで話を進める部分と、短いフレーズを何度も歌いたくなる部分。その切り替えが、ギターを抱えた一人の歌手と、大勢の客席を結びつけています。
その仕組みが分かりやすい曲が、2014年の『×(マルティプライ)』に入っている「Sing」です。
高い声が印象に残る曲ですが、エドは当初、この曲を先行シングルにすることをためらっていました。自分一人でライブをする歌手にとっては、売れそうかどうかとは別の問題もあったのです。
細かく話したあとに、長く歌える場所を作る
「Sing」では、エドの口から次々と言葉が出てきます。
短い音に言葉を乗せ、リズムを区切りながら先へ進む歌い方です。長く伸ばす美声を聴かせるよりも、話す勢いを音楽に変えています。
そこから高い裏声のフレーズに移ると、歌の印象がぱっと変わります。
細かく動いていた言葉が減り、声の高さと旋律の形が目立つ。さらに、言葉の少ない掛け声のような部分は、一度聴いただけでも加わりやすくできています。
同じ速さで言葉を詰め続けたら、客席はエドの話を追うのに忙しいでしょう。
長く伸ばせる声や繰り返すフレーズがあるから、歌を聴く時間の中に、自分も声を出せる時間が生まれます。「Sing」の高音には、曲の景色を変えて、みんなが覚えやすい部分を際立たせる働きがあります。
エド自身、この曲のサビではジャスティン・ティンバーレイクを思わせる裏声を意識したと話しています。
柔らかい弾き語りのイメージが強かった歌手が、声をぐっと高くして、軽快なリズムの上で遊ぶ。その変化も、このサビを耳に残るものにしました。

自分の曲なのに、一人では演奏できないと思った
「Sing」を一緒に作ったのは、ファレル・ウィリアムスです。
エドはこの曲を、新しいやり方を試す実験のように考えていました。ところが、周囲はアルバムの最初のシングルに推します。ファレルからは、食事の席で約3時間かけて説得されたといいます。
ためらいの理由は、変わった音楽を出す不安だけではありませんでした。
当時のエドは、ギターとループ機器を使い、一人でライブをしていました。ループ機器は、その場で演奏した短い音を録音し、繰り返し鳴らせる道具です。それを伴奏にして、さらに歌や演奏を重ねます。
ほかの曲はその方法でできるのに、「Sing」はバンド向きに感じた。
シングルにしたら毎日のように歌うことになるのに、一人で再現できないのでは困る。本人が明かした悩みには、ステージで歌う人らしい切実さがあります。
エドはその後、一人で演奏する方法を見つけました。
録音で面白いものができたら、ライブでの歌い方や演奏の組み立ても工夫する。「一人でできる曲」の範囲を固定しなかったことが、あの華やかなサビを自分の持ち歌にすることにつながったのです。
小さな物語を語れる声が、サビの大きさを支える
ただ、みんなで歌える部分ばかりがあっても、エドの曲にはなりません。
彼の歌を覚えたくなるのは、その手前に、誰かの暮らしや気持ちが浮かぶ言葉があるからです。
2011年の「The A Team」では、アコースティックギターに柔らかい歌声が重なります。
その穏やかな音楽が語るのは、厳しい暮らしの中にいる女性の姿です。声の優しさと、歌われている現実の重さには、かなりの隔たりがあります。
ここで最初から悲痛に叫ぶ歌だったら、聴き手はまず、その激しい感情を受け止めることになるでしょう。
エドの柔らかい歌では、先に旋律に親しみ、そのあとで言葉の意味を知る聴き方もできます。美しい曲だと思っていたものが、事情を知ると別の重みを持つのです。
「The A Team」と「Sing」は、曲の明るさも声の勢いも違います。
それでも、言葉で場面を伝える部分と、旋律を覚えて歌いたくなる部分が、同じ曲の中にあります。エドは2014年、自分に自然に出てくるのは、胸の内にあることを物語として伝える歌だと説明していました。
リズムの強い曲になっても、語る内容がなくなるわけではない。だからこそ、サビに入ったときの開放感にも、それまでの話の続きとして意味が生まれます。
曲が聴き手のものになると、歌う気持ちも変わった
曲が広く親しまれることは、歌う本人にも変化をもたらします。
2023年の「Eyes Closed」について、エドは、曲を書くことよりも、最初に人前で歌うほうが難しかったと話しています。
親しかったジャマール・エドワーズを亡くしたあと、街へ出るたび、またどこかで会えるような気がしてしまう。その経験が、この曲の背景にありました。
誰もまだ曲を知らない場で歌うと、自分の悲しみを、そのまま人前に出すことになります。
ところが曲が発売されると、エドと歌との関係が変わりました。
本人の言葉では、もう自分だけのものではなく、みんなの歌になった。初めて披露するときの生々しさとは違う気持ちで歌えるようになったのです。
聴き手全員が、彼と同じ人を思い浮かべる必要はありません。
それぞれに会えなくなった人を思いながら、同じ旋律を歌える。エドが自分の経験から始めた歌に、聴く人の経験も重なっていきます。
初期の弾き語りから、こうした喪失を歌う時期までの変化は、エド・シーランの歌声の変遷でたどっています。

サビを歌いたくなるまで、言葉を届ける
エド・シーランの歌い方を、高い声が出る、優しい声をしている、とだけ捉えると、「Sing」の面白さを取りこぼします。
細かく言葉を刻むから、裏声で伸ばすフレーズが目立つ。個人的な話を語るから、繰り返す短いサビにも気持ちが乗る。その順番が、聴き手を曲の中へ誘っています。
一人での演奏が難しいと思った「Sing」を持ち歌にし、人前で歌うのがつらかった「Eyes Closed」を、みんなの歌として歌うようになった。
エドの歌では、本人の経験から生まれた言葉を、聴く人も自分の気持ちとして歌えます。細かな言葉で話を伝え、覚えやすいサビで一緒に歌えるようにする。その行き来に、彼の歌が一人の弾き語りから大勢へ広がっていく面白さがあります。
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