長谷川育美の歌い方|声色を選び、緊張や熱まで歌にする

長谷川育美(2024年の取材記事より) シンガー
長谷川育美(2024年の取材記事より)

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』第8話では、結束バンドの演奏が緊張でうまくいかなくなります。
喜多郁代の歌を担当する長谷川育美は、その場面を、わざとずらした伴奏を聴きながら歌っていました。

音程やリズムをきれいに整えることだけが、その歌の正解ではありませんでした。
どんな声で、どんな状態の人物として歌うか。
長谷川の歌い方には、曲や場面に合わせて、声の表情を選ぶ細かさがあります。

「あのバンド」―公式の第8話ライブシーン・約2分(2022年)

喜多の話し声へ、いつも同じように寄せるわけではない

明るい喜多の話し声と、結束バンドで歌う声から、違う印象を受ける人もいるでしょう。
本人も、役の声へ強く寄せて歌うと、喜多一人のキャラクターソングになってしまうと考えています。
歌いたいのは、ほかのメンバーの思いも入った、結束バンドの曲でした。

そのため、歌う時は、いつものセリフの声だけに縛られていません。
原作者のはまじあきからも、喜多はどんな曲でも曲に合わせて歌える人物だと伝えられ、方向が決まったそうです。
バンドのボーカルとして曲に応じた声を出せることも、喜多という人物の表現になっています。

たとえば、明るい「Distortion!!」では、喜多らしさを少し多く出してもよいと考えていました。
一つの声色をすべての曲に当てるのではなく、その曲では役のどんな面を出せるかを選んでいます。
長谷川自身の普段の歌い方とも区別し、結束バンドの歌い方へ切り替えているという説明もしています。

「Distortion!!」―公式音源(2022年)

「ギターと孤独と蒼い惑星」、音が下がっても熱を保つ

激しい曲なら、勢いに任せれば歌えるわけでもありません。
「ギターと孤独と蒼い惑星」で長谷川が苦労したのは、サビに入った後、音が少し沈むところでした。
サビの熱を出したいのに、その部分で歌の勢いが落ち着いてしまったのです。

そこで、どう歌えば熱さを保てるか、何度も試し、練習を重ねました。
音の高低と、歌の気持ちの強さが、いつも同じ向きに動くわけではありません。
音が下がるところでも、サビの流れを途切れさせない表現が必要でした。

「あのバンド」には、また別の難しさがあったと話しています。
こちらは、分かりやすく激しい調子ではないのに、見せ場の勢いをなくせない。
さらにサビのリズムも難しく、その抑えた調子のまま、格好よさをどう伝えるかに向き合いました。

強さを加える曲と、抑えた中に勢いを残す曲。
どちらも大きな声だけで解決する話ではなく、曲の調子と、届いてほしい感情を一緒に考える作業でした。

「ギターと孤独と蒼い惑星」―公式リリックビデオ(2022年/音楽作品版)

「月並みに輝け」と「今、僕、アンダーグラウンドから」の違い

曲の難しさと、表現に注げる力の関係は、劇場総集編の楽曲でも本人が説明しています。
「月並みに輝け」は、勢いのある曲ですが、実際に歌うとそれほど難しくなかったそうです。
作詞・作曲を手がけた音羽-otoha-も、歌いやすさを考えて作ったと伝えていました。

そのおかげで、長谷川は感情を込めることに集中できたと振り返っています。
複雑な音程やリズムを攻略することが、いつも歌の中心になるわけではありません。
無理なく旋律に乗れる曲では、その余裕を、言葉にどれだけ気持ちを乗せるかへ向けられます。

一方、北澤ゆうほが作詞・作曲した「今、僕、アンダーグラウンドから」では、歌詞に応じて思い切り叫んでほしいという指示もありました。
求められたのは、きれいな声に整えることより、心の叫びを表すことでした。
曲全体の爽やかな印象だけで歌をそろえず、強く表へ出すべき感情を選んでいます。

この二曲を聴き比べる時は、高音が出るかどうかに加えて、言葉がどんな気持ちで差し出されるかにも注目できます。
歌いやすい旋律の中で感情を込めることと、声の整い方より切実さを優先すること。
どちらも、作品の中で喜多が何を伝える歌なのかを考えた選択です。

左から三井律郎、長谷川育美(2025年末の対談より)
左から三井律郎、長谷川育美(2025年末の対談より)。
画像出典:写真掲載元

第8話では、きれいな録音と、うまくいかない歌を分けた

その表現の細かさが、物語の一場面を作るためにも使われています。
第8話のライブで、緊張してうまく演奏できない「ギターと孤独と蒼い惑星」は、CDと同じ歌を流したものではありません。
楽器の演奏から、場面に合わせて録り直していました。

長谷川も、整った伴奏と、ずれた伴奏のどちらを聴いて歌うか尋ねられ、ずれた方を選んでいます。
合わせにくさを感じながら、セリフを録るアフレコのスタジオで、そのまま歌を録りました。
想像の中だけで緊張した声を作るのではなく、実際に歌いづらい伴奏との関係も、場面へ取り込んだのです。

続く「あのバンド」も、別の録音スタジオで歌い直しています。
求められたのは、1曲目の緊張から持ち直しつつあるものの、まだ本調子ではない状態でした。
2曲目になった瞬間、何もなかったように完璧な歌へ戻るのではなく、人物の気持ちがつながる歌唱を選んでいました。

ステージでは、歌う楽しさと演奏を一緒に届ける

録音で細部を作る一方、客席の前では、自分が楽しむことも大切にしています。
2024年の「JAPAN JAM」を振り返った対談で、長谷川は、楽しんでいる気持ちは人に伝わると話しました。
初めてのフェスでも、不安ばかり抱えて立つのではなく、楽しむことを第一に考えていたそうです。

これは、難しい曲の練習を省くという意味ではありません。
歌い手の不安だけでステージをいっぱいにせず、目の前の人と音楽を楽しむための構えです。
録音でどこを強く歌うか決める作業とは別に、客席へどんな気持ちを渡すかも考えています。

また、2025年にキャスト自身でバンド演奏を披露した際は、ギターと歌を同時に担当しました。
編曲を手がける三井律郎は、長谷川が手元を見ずに弾きながら歌っていたことに注目しています。
本人によれば、アルペジオでは手を見るとかえって弾けなくなるため、あえて見ない方法を選んでいました。

歌と楽器を別々にこなすだけでなく、同時に続けられる自分なりの方法を探した例といえます。
誰でも手元を見ない方がよいという練習法ではありません。
声だけで役を表す録音とは違う条件の中でも、歌が続く形を作っているのです。

役の声にどれだけ寄せるか、音が下がるところで熱をどう保つか、緊張からどの程度立ち直った声にするか。
長谷川の歌い方は、良い声を一つ作って繰り返す方法では捉えきれません。
その人物が、その曲を、その場面で歌っていると感じられるように、声と歌の調子を組み合わせる表現です。

初期の録音からライブを経験し、結束バンドの歌が自然に出るようになるまでの変化は、長谷川育美の歌唱変遷でたどっています。

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