カート・コバーンの歌には、激しさと、ふと近くに感じる静けさがあります。
その歩みをたどると、強い声を手に入れてから柔らかな歌へ移った、という順序では捉えきれません。
初期からあったメロディーへの感覚を、どんな声で、どんな録音で届けるかを選んできた歌手でした。
1993年の『MTV Unplugged』で歌った「About A Girl」は、その出発点に戻れる一曲です。
もともとは1989年のデビューアルバム『Bleach』に入っていた曲でした。
大きな成功を経た後にも、初期の旋律をアコースティックの編成で歌い直していたのです。
「About A Girl」MTV Unplugged公演・公式未編集版(1993年の演奏)。
1989年の「About A Girl」――重い演奏の中にあった、メロディーへの感覚
『Bleach』を聴いたブッチ・ヴィグは、「About A Girl」に特別な可能性を感じたと振り返っています。
後に『Nevermind』を制作することになる人物ですが、その時点で惹かれたのは、重さの中にある曲のメロディーでした。
2016年の取材では、この曲をレノンとマッカートニーの作曲を思わせるものとして挙げています。
一方、カート本人にとって、この曲をアルバムへ入れることは、気軽な選択ではありませんでした。
1994年掲載の取材で、当時はR.E.M.や1960年代のポップスが好きだったものの、周囲の音楽シーンでは、軽やかなポップソングをグランジの作品に入れることに圧力を感じたと振り返っています。
「About A Girl」は、重い音を好む場所で、自分の中にある別の好みも差し出した曲だったのです。
激しいロックの歌手として知られる以前から、カートの表現には、耳に残る旋律を作り、歌で運ぶ感覚があったことになります。
その感覚が、後の成功を機に突然生まれたわけではありません。
初期の曲にすでにあったものを、次のアルバムではより大きく届けようとしていきます。
「About A Girl」公式公開音源(原曲1989年・2009年リマスター版)。

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1991年の『Nevermind』――旋律を選び、声を重ねて前へ出す
『Nevermind』の制作では、メロディーをどう歌うかについても、カートとヴィグが相談しています。
ヴィグによると、「Smells Like Teen Spirit」には旋律の候補があり、より単調な案よりも、耳を引く案を選ぶよう勧めたそうです。
勢いを録音するだけでなく、どんな歌の線なら強く届くかを検討していたのです。
録音の順序にも、歌へ向き合う時間がありました。
ヴィグが後に説明した制作過程では、まずバンドで演奏を録る際には仮の歌を入れ、終盤に別のスタジオで本格的なボーカル録音を進めています。
一部は演奏と同時に録った歌を残し、デイヴ・グロールのハーモニーも加えました。
ライブのように一緒に演奏する勢いを土台にしながら、完成盤で聴かせる歌を改めて整えていたわけです。
声の仕上げには、別のテイクを重ねる方法も取り入れられました。
ヴィグによると、カートの複数のテイクはよくそろい、一緒に鳴らすことで力強い歌の響きになったそうです。
一方、カートは1993年の取材で、当時は最良のテイクを選ぶために何度も歌っていると思っていた、と話しています。
歌を録る側と歌う側で、その作業の受け止め方にも違いがあったのです。
ヴィグの回顧では、最初のカートは、声を重ねて強く聞かせることを、ずるい方法のように感じ、乗り気ではありませんでした。
そのため、録った声に合わせて歌い直してもらう方法ではなく、個別に歌ったテイクを重ねたといいます。
完成した歌の厚みには、本人が好む録り方と、制作側が目指す響きの間で選んだ方法も関わっています。
ここで広がったのは、声を届ける方法です。
一回の歌唱にある熱量を生かしながら、旋律の選び方や、声の重なりでも曲を強くする。
『Nevermind』の歌には、そうした共同作業が含まれています。
「Smells Like Teen Spirit」公式MV(1991年)。
1993年の『In Utero』――歌声をどう仕上げるかへの、本人の注文
次の『In Utero』では、スティーヴ・アルビニと録音しました。
カートが一緒に仕事をしたかった理由として挙げたのは、アルビニが関わったピクシーズの『Surfer Rosa』と、ブリーダーズの『Pod』が好きだったことです。
部屋の響きも捉え、演奏するバンドのすぐそばにいる感覚を録音に残したいと考えていました。
重い音へ戻るというだけでなく、どんな距離で演奏を届けるかという希望があったのです。
1993年の本人の説明では、録音中の感触には満足しつつ、完成した歌声の仕上がりには注文を持っていました。
その一つが、もっと歌のハーモニーを加えたかったという思いでした。
複数の声を録ることには積極的でないと話しながらも、歌をどう聞かせるかについて、重ねる声の効果を意識していたのです。
また、録音時には良かった声が、最終ミックスでは思うように出ていないとも語っています。
仕上げの過程では、一部の曲がスコット・リットによってリミックスされました。
別の取材でも、最終的に問題だと考えた点として、歌の音量が足りず、ベースの音もよく聞こえなかったことを挙げています。
生々しいバンドの音を求めることと、その中で歌が埋もれてよいことは、彼にとって同じではなかったのでしょう。
ここでは、歌ったときの出来と、完成した音の中で声がどう届くかが、別々の問題になっています。
カートは単に生々しい音を求めるだけでなく、旋律や言葉を担う歌声が、十分に伝わることを気にかけていました。
代表曲「Heart-Shaped Box」を含むこのアルバムは、そうした本人のこだわりも背景にある作品です。
「Heart-Shaped Box」公式MV(1993年)。

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1993年の『MTV Unplugged』――声と旋律を、違う編成で届ける
同年11月、ニルヴァーナは『MTV Unplugged』に出演しました。
「About A Girl」のような自作曲に加え、デヴィッド・ボウイやミート・パペッツなど、ほかの音楽家の曲も取り上げています。
この公演では、大きなヒット曲をそのまま並べる以外の形で、カートの歌が前に出ました。
ツアーマネジャーのアレックス・マクラウドによると、カートは、楽器だけをアコースティックに替えて普段と同じ演奏をする番組にはしたくなかったそうです。
編曲にも手を入れ、バンドの違う面を示そうとしていました。
ヒット曲をいくつも外したのも、この編成でも曲の良さが生きるものを選ぶためだったといいます。
ミート・パペッツの「Lake of Fire」などを取り上げたことには、歌手としての挑戦もありました。
番組プロデューサーのアレックス・コレッティは、カートがこれらの曲を気に入っていた理由として、歌うのが難しく、声を十分に使う必要があったことを挙げています。
穏やかな編成を選びながら、歌いやすい曲ばかりに寄りかかるわけではなかったのです。
自分の代表曲とは違う旋律に取り組むことも、この舞台での表現を広げていました。
「Lake of Fire」MTV Unplugged公演・公式未編集版(1993年の演奏)。
最後に歌った「Where Did You Sleep Last Night」についても、コレッティは、特別な瞬間を捉えたと振り返っています。
その記憶には、最後の一節の前に息を吸う瞬間まで残っていました。
声の大きさに加え、一つの歌い終わりへ向かう集中が、制作側にも強く届いた演奏だったのです。
「Where Did You Sleep Last Night」MTV Unplugged公演・公式未編集版(1993年の演奏)。

画像出典:Guitar World
1994年に掲載されたRolling Stoneの取材では、カート自身も、静かなところから大きく展開する型について振り返り、もっと多くの強弱を使えると話しています。
この発言は、穏やかな歌と激しい歌の間に、さらに表現の余地を見ていたことを伝えます。
初期のメロディー、『Nevermind』で重ねた声、『In Utero』の歌の仕上がりへの注文、アコースティックの舞台。
短い活動の中でも、カートは、歌の強さを届ける方法をいくつも試していました。
その積み重ねが、叫びと静けさの両方が残るニルヴァーナの歌につながっています。
曲ごとの声の使い方は、カート・コバーンの歌い方で掘り下げています。

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