ヴェッセル(Sleep Token)の歌い方|ファルセットと声の強弱、歌とラップの切り替え

マスク姿のヴェッセル(Louder掲載/撮影:Andy Ford) シンガー
マスク姿のヴェッセル(Louder掲載/撮影:Andy Ford)

ヴェッセル(Sleep Token)の歌い方には、声の響きや強弱を変えながら、一曲の表情を大きく動かす特徴があります。
「Mine」のファルセット、「Ascensionism」の歌とラップ、そして初期作で声の繊細さを残した録音。
当時の記録と制作担当者の説明から、その声の使い方を見ていきます。

「Ascensionism」公式配信音源(2023年、『Take Me Back To Eden』収録)。

ファルセットと、充実した響きの声を行き来する

2018年の公演評でMark Johnsonが取り上げているのは、ヴェッセルがファルセットと、ソウルを感じさせる充実した歌声を切り替える様子です。
声の響きを変えることが、静かな部分から激しい部分へ移る音楽の中で生きていました。

2021年の「Mine」についても、James MacKinnonは、揺れるようなファルセットから大きなシンセサイザーの音へ進んでいく展開に注目しています。
この曲では、繊細な声で始めることが、その後の広がりを感じさせる入り口になっていました。

「Mine」公式ビジュアライザー(2021年、『This Place Will Become Your Tomb』収録)。

声の響きと、曲が盛り上がっていく流れを合わせて考えると、こうした歌の特徴が見えてきます。
柔らかな響きから始まることで、後に続く音の広がりも印象に残る構成です。

静かな歌でも客席の注意を引き寄せる

初期のライブについて、マネージャーのMatt Bentonは、2017年のMotorpsychoの前座公演を振り返っています。
Outkastの「Hey Ya!」をカバーした場面では客席が静まり返り、ヴェッセルの歌が会場の空気をつかんでいたと話しました。
知名度が高まる前から、歌そのものが聴き手の注意を引き寄せていたという証言です。

激しい曲の中では、大きな音の場面が印象に残りやすいものです。
しかし、この話は、声へ耳を向けさせる力もヴェッセルの歌の重要な部分だったことを示しています。
「Mine」の繊細な歌も、単に盛り上がりを待つための時間と考えず、その声だけでどんな感情を伝えているかに注目すると、捉え方が変わるでしょう。

「Ascensionism」は、歌に加えて言葉のリズムも使う

「Ascensionism」について、Dannii Leiversは、繊細なピアノから始まり、刻まれたビートの上でヴェッセルが歌とラップを取り込む展開を挙げています。
メロディを歌う表現に、ラップの言葉の刻みも加わります。

ここでは、声の高さや大きさに加え、言葉の運び方も、表現の軸になります。
歌う声とラップが同じ曲に入ることで、ヴェッセルの声の持ち味を、別の形でも使えるようになっています。

ピアノ、ビート、大きな音の展開へと進む曲の中で、歌う側も表現を変え、場面を動かす役割を担っています。

2023年の『Take Me Back To Eden』では、「Ascensionism」と同じアルバムに収録された「The Summoning」も、切り替え方の違いを考える例になります。
Leiversはこの曲を、聖歌を思わせる大きなコーラスや激しい声に、ファンクやソウルへ転じる展開まで組み合わさった曲として評しています。
静かな歌から強い歌へ進むだけでなく、曲の途中でリズムの感じ方まで変わる構成です。

この二曲を比べると、表現の幅を単に音域の広さで説明するだけでは足りないことがわかります。
声をどのくらい響かせるかに加え、メロディーを伸ばすのか、言葉をビートの上へ細かく置くのかも、場面の違いを生みます。
歌の聞かせ方を変えることで、長い曲の中に別の表情が現れるのです。

2023年の特集記事に掲載されたヴェッセル(Louder掲載/撮影:Andy Ford)
2023年の特集記事に掲載されたヴェッセル(Louder掲載/撮影:Andy Ford)。
画像出典:画像掲載元

録音でも、声の細かな強弱を残す

『Sundowning』を制作したジョージ・レヴァーは、ボーカルにコンプレッサーを控えめに使い、音量を細かく動かす処理を中心に調整したと説明しています。
繊細な声なので、処理をしすぎると良さが失われると考えていました。

「The Night Does Not Belong To God」公式ビジュアライザー(2019年、『Sundowning』収録曲)。

この録音では、歌の強弱や細かな表情を残しながら、聞こえにくい部分の音量を調整しています。
静かな声も曲の前へ届くようにしつつ、声にある違いを守る作り方です。

コンプレッサーは、設定した条件に応じて大きな音を抑えるなど、録音の音量差を調整する道具です。
対して、レヴァーが中心に使った音量のオートメーションは、曲の進行に沿って、聞かせたい箇所の音量を細かく設定する処理を指します。
本人の歌唱にある強弱と、完成した音源での聞こえ方を結びつける作業です。

この話で大事なのは、歌をいつも同じ強さにそろえることが目的ではなかった点でしょう。
小さな声の箇所を聞こえるように調整しながら、柔らかな部分と強い部分の違いを残す。
繊細な声の表情を作品の中で生かすには、歌う側の表現と、録音を整える側の判断が関わっています。

レヴァーは、残響や繰り返し音を作るエフェクトについても説明しています。
声のまわりに聞こえる空間の広さまで、すべてを本人の声量や響かせ方だけで説明することはできません。
発声の特徴を考えるときにも、元の歌唱と、作品として仕上げられた声の両方を見る必要があります。

「Past Self」では、ラップで自己開示を聞かせる

2025年の『Even In Arcadia』を扱った対談では、ライターの菅谷透が「Past Self」のラップに注目しています。
成功した後の内面を明かすような歌詞の部分に、ラップを使っている点を面白いと捉えていました。
ここでは、ラップは曲のジャンルを増やす要素であるとともに、何をどんな口調で伝えるかにも関わっています。

歌詞の解釈は一つに決まるものではありませんが、言葉の内容と、その言葉を運ぶ声を合わせて聴く視点は有効です。
メロディーに乗って広がる感情と、言葉が続いていくことで近く感じられる語り口。
「Ascensionism」での歌とラップの切り替えも踏まえると、リズムの変化が歌の距離感にも作用することが見えてきます。

同作の「Gethsemane」については、Emma Wilkesが、新たな声色へ声を変えている点を評価しています。
この指摘が注目しているのも、音の高さだけでなく、声そのものの表情です。
ファルセット、充実した響き、言葉の刻みといった要素を、曲の感情に応じてどう組み合わせるかが、ヴェッセルの歌を聴く手がかりになります。

ヴェッセルの歌には、響きを変えること、言葉を運ぶ形を変えること、そして強弱の細部を生かすことが重なっています。
歌い手の表現と、その表情を残す制作が組み合わさって、幅のある歌を形にしているといえます。
作品ごとにその表現が広がってきた流れは、ヴェッセルの歌唱変遷でたどれます。

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