角松敏生の歌い方|自分の声を鳴らし、歌の輪郭を前へ出すまで

2024年『VOCALAND REBIRTH』のインタビュー掲載の角松敏生 シンガー
2024年『VOCALAND REBIRTH』のインタビュー掲載の角松敏生

角松敏生の歌を考えるとき、洗練された伴奏だけに注目すると、本人が長く向き合ってきた声の問題を見落としてしまいます。
彼が語っているのは、自分の身体からどう声を出すか、その歌をどのように録り、曲の中へ置くかということです。
声を重ねる方法と、一つの声を前へ出す方法。
歌いやすい旋律を選ぶことと、思い描いた旋律に自分の歌を近づけること。
その具体的な選択から、角松の歌い方を見ていきます。

「May your dreams come true」—吉沢梨絵とのデュエット(2024年)

「身体を鳴らす」は、大きな声を出すことだけではない

本人は若い頃を、発声が分からず、身体を楽器として使えていなかった時期だと振り返っています。
聴き手としては求める歌の水準があるのに、自分で歌うとそこへ届かない。
声への不満には、そうした具体的な落差がありました。
この言葉から分かるのは、角松にとって発声が、生まれ持った声をそのまま披露すれば済むものではなかったということです。
ただ大きくするより、思い描いた歌を声にできる感覚が問題だったのでしょう。

2018年にも、デビュー時と現在では、声の出し方や身体の響き方が違うと説明しています。
そして昔の作品に愛情があるからこそ、今の自分が納得する歌で伝え直したいとも話しました。
「SEA BREEZE」を聴き比べるなら、若い声の印象と、現在の歌に本人が求めた手応えの両方が手がかりになります。
本人が発声を身につけたと感じることと、聴き手がどちらの声を好むかは、それぞれ別に考えられます。

2020年の取材掲載の角松敏生(撮影:増田慶)
2020年の取材掲載の角松敏生(撮影:増田慶)。
画像出典:画像掲載元

重ねた声の厚みと、一つの声の輪郭

角松が初期に使っていたダブルは、同じメロディーを歌った録音を重ねる方法です。
コーラスで別の音程を添えることとは違い、主旋律そのものが重なります。
本人はこの方法を、自分の声への不満と結びつけて語っています。
その後、一つの歌声で録るよう求められたことは、重なりに頼らず歌を成立させる経験にもなりました。
録音で感じる厚みを、そのまま歌い手一人の声量と考えないほうが、彼の選択が見えてきます。

「DISTANCE」の2020年版では、声を前に出すための別の選択が分かります。
本人によれば、以前より残響を減らし、歌を明瞭にしたのです。
同じ声でも、そのまわりにどれだけ響きを残すかで、音の輪郭の受け取り方は変わります。
本人は、この判断を歌唱への自信と結びつけています。
声を出す技術と、出した声をどこまで露わにするかという録音上の判断が、ここではつながっています。

作った旋律に、自分の歌が追いつくとは限らない

『SEA BREEZE 2016』には、「Last Summer Station」という、当初は発表されなかった曲も収められています。
高校時代に作った曲で、角松の説明では、自分が歌うことを十分に考えずに旋律を書いていたため、当時の歌はそれに応えきれていませんでした。
2016年に歌い直した際には、メロディーも一部手直ししています。
自作曲だから最初から自分の声へ無理なく収まる、とは限らなかったのです。

声の能力だけに完成を任せない選択です。
思い描いた旋律へ歌を近づける一方で、旋律の側にも手を入れる。
声の出し方、曲の書き方、録り方を行き来する作り手だからこそ、歌の問題を一つの方向からだけ解こうとはしていません。
高い音が出るかどうかという一つの尺度より、曲を歌として成立させるまでの調整に、その仕事が表れています。

他の歌手へ曲を渡す際には、声で説明する仕事もしてきました。
活動凍結中、女性歌手のために男性用と女性用のキーでガイドの歌を録り、メロディーだけでなく、歌の運び方も伝えていたといいます。
音の高さを知らせるだけなら楽器でもできますが、どんな歌にしたいかまで示すには、自分で歌ってみせる必要があったのでしょう。

たくましさが、古い曲へ新しい表情を与える

『SEA BREEZE』原盤の線の細さや不安定な印象と比べると、2016年版には、表情の豊かさと歌が前に立つ感覚を見いだせます。
その変化を、ただ太くなった声という一言で終わらせないことが大切でしょう。
声が存在感を増すことと、曲の表情が生き生きすることが、結びついて受け取られているのです。

2016年の「Dancing Shower」については、初期の初々しさとは違う、技量や艶を備えた歌が、むしろ若々しく響くという評価があります。
軽い声でなければ若々しくならない、というわけではないのでしょう。
旋律を自分のものとして歌える確かさが、歌の生命感につながる場合もある。
原盤の持ち味を否定せずに、後年の歌に別の魅力が生まれる例です。

『EARPLAY~REBIRTH 2~』では、歌の疾走感や声のスピードを、聴きどころとして捉えることができます。
単に曲が速いという話ではなく、ライブで育てたアレンジを背景に、歌が前へ進む感覚です。
女性コーラスから受ける印象の違いも含めて、同じ「角松の歌」でも、周囲にどんな声がいるかによって響きは変わります。
主役の声だけを切り離すと、この曲ごとの表情は捉えにくくなります。

2022年の取材掲載の角松敏生
2022年の取材掲載の角松敏生。
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一人で歌う声と、相手を迎える声

角松は、歌唱に魅力を感じた吉沢梨絵とデュエットしたくなったことを、「Never Gonna Miss You」へつながるきっかけとして話しています。
自分自身の歌には長く不満があったからこそ、優れた歌い手に出会う喜びが大きかったのでしょう。
相手の声を選ぶことも、曲をどんな歌にするかという判断の一部です。
彼の歌声を、常に一人で曲のすべてを担う声として捉える必要はありません。

2014年の「I SEE THE LIGHT~輝く未来~」にも、相手の声を大切にした経緯があります。
デュエット相手を募集したものの、チアキが歌った仮歌を上回るものに出会えず、最終的にその声を選びました。
一方、同じ『THE MOMENT』の「Get Back to the Love」では、ゴスペル・クワイアと共演しています。
二人で言葉を交わす形と、大きな声の集まりに加わる形。
歌う相手と編成を選ぶことによっても、一枚の作品の中に異なる歌の場面を作っていました。

そして2024年には、吉沢との新曲「May your dreams come true」が発表されました。
「Never Gonna Miss You」の続編に当たるデュエットです。
以前の歌を新しくミックスするだけでなく、同じ二人が別の時間を歌う作品も作る。
声の組み合わせを懐かしさのためだけに保存せず、次の歌へ使っていくところに、角松らしい継続の仕方があります。

角松敏生の歌い方には、自分の声を納得できるところまで育て、その声が曲の中でどう見えるかを選ぶという、一貫した関心があります。
重ねる声、一つの声、残響を控えた声、他者と組み合わせる声。
それらは発声の代わりではなく、身につけた歌を届けるための選択です。
昔の曲を歌い直したくなる理由も、そこにつながっています。
その変化を年代に沿ってたどる記事は、角松敏生の歌唱変遷にまとめています。

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