「ナナイロプロローグ」の歌い出しで、次に歌うメンバーが泣きそうになる。
2025年、村川緋杏は宮野静の歌について、そんな困りごとを笑い交じりに明かしていた。
その曲は、宮野がデビュー前に自信を失うきっかけになった曲でもある。
同じ一曲に、歌うことへの怖さと、仲間の心を動かすステージが重なっている。
「ナナイロプロローグ」(2025年4月29日、東京国際フォーラム ホールA公演)の公式ライブ映像。
デビュー前、最後のハモリで自信をなくした
「ナナイロプロローグ」は、2023年3月7日発売の最初のデジタルアルバム『CANDY TUNE』に収められた曲だ。
7人で新しい道を進む物語を描き、グループの出発と結びついている。
宮野はデビュー前、この曲の最後のハモリが練習でうまくできず、自信をなくしたと振り返っている。
失敗することへの怖さから、無意識に一歩引いてしまう時期もあった。
その時に励ましたのが、メンバーとプロデューサーの木村ミサだった。
一方、2023年3月公開の公式ドキュメンタリーは、宮野を、歌に想いを乗せて人の心を動かす存在として紹介している。
周囲が見いだした歌の魅力と、本人が抱えていた不安には、初めから隔たりがあった。
後に「歌姫」と呼ばれる歌手の歩みも、得意な歌をいつでも思い通りに歌えた、という話では始まらない。
「ナナイロプロローグ」(2023年10月18日、Zepp Shinjuku公演)の公式ライブ映像。
2024年のツアーでは、三つ目の会場で高音を歌い切れた
最初の全国ツアーには、新曲の高いパートという難所もあった。
2024年4月の取材で宮野が語ったのは、名古屋、福岡では失敗し、三つ目の大阪でようやく成功した経験だった。
本人は、温かい言葉をくれたファンの存在によって、リラックスして歌えたと話している。
成功した後も、次にまた失敗する怖さは残っていた。
それでも、同じツアーの中で、苦戦したパートを本番で歌い切れたことは大きかった。
ここで変わったのは、困難なパートを前にした時の経験だ。
周囲の支えを受け、実際のステージで成功した場面ができた。
本人の話は、高い声を出す技術を一つ覚えたら不安がすべて消えた、という単純な成長談にはなっていない。

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2025年、同じ曲の歌い出しがメンバーを泣かせる
2025年5月の取材では、「ナナイロプロローグ」を隣で歌う村川から、別の話が出てくる。
宮野の歌い出しが感動的で、自分たちも続けて歌わなければならないのに、泣きそうになってしまうというのだ。
村川が覚えていたのは、リハーサルにはなかった、本番で膝をついて歌う姿だった。
宮野は改善してみると冗談で返し、村川も、そのままでいい、いつも歌に助けられていると続けた。
デビュー前の最後のハモリと、ここで語られる歌い出しは、曲中の違う箇所だ。
同じパートの技術を比べた話ではないが、一曲にまつわる宮野の経験が、歌えない不安から、仲間の感情を動かす本番の表現へ広がったことが伝わる。
歌を大切にする気持ちは、初期から周囲に認められていた。
その思いを、緊張や失敗への怖さを抱えながら、ステージで形にしていく。
宮野の変遷には、成功できた一回と、隣で歌う仲間の反応が、具体的な節目として残っている。
澄んだ声や歌い回しの特徴は、宮野静の歌い方で詳しく扱っている。

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