の子(神聖かまってちゃん)の歌声の変遷|叫びと加工声から、他者の声が重なる歌へ

の子/2013年8月1日のソロ公演(撮影:森リョータ) の子
の子/2013年8月1日のソロ公演(撮影:森リョータ)

「ロックンロールは鳴り止まないっ」のの子と、「夕暮れの鳥」「僕の戦争」のの子。
同じ人の歌なのに、ずいぶん違う入口から神聖かまってちゃんを知った人も多いでしょう。
その違いを、若い頃の激しさが年齢とともに静まった、とだけ説明することはできません。
初期から、メロディーを歌う声、叫ぶ声、録音の中で作り替える声が並んでいたからです。

変わってきたのは、その声をどんな曲の世界に置き、誰と一緒に響かせるかでした。
本人やメンバー、共演者の言葉から、歌唱と録音の選択が広がった過程をたどります。

2010年前後、叫びと高い加工声はすでに同居していた

2010年の初CD『友だちを殺してまで。』には、「ロックンロールは鳴り止まないっ」が収められています。
ネットで公開していた音楽が、CDやライブを通して広く届き始めた時期です。
の子が歌の中心にいたことはもちろん、曲を作り、その声のあり方まで考えていたことも、この出発点を知るうえで大切です。

ボイスチェンジャーで高くした声について、の子は2010年に、曲が最初に浮かんだときから高い声だったのだと説明しています。
子どもの声という意味に固定せず、曲が生まれたときの感覚を重視していました。
加工は後から目立たせるために足すだけのものではなく、歌のイメージに含まれていたのです。

一方、2011年にの子と対談した戸川純は、叫びを成立させるメロディーと、普通に歌うときからシャウトへ変わる声に注目しています。
初期のの子を、音程のある歌を捨てて叫んだ人として捉えると、この二つの関係が抜け落ちます。
旋律があるからこそ、そこから飛び出す声も強く印象に残るのです。

の子/2010年の取材記事掲載写真
の子/2010年の取材記事掲載写真。
画像出典:画像掲載元

2010年末の『つまんね』『みんな死ね』について、メンバーは、の子のデモが持つ世界を録音で形にすることを重視したと話しています。
演奏を録ったあとにも音を組み立てる作業があり、ステージの演奏をそのまま保存した作品ではありませんでした。
歌声を比較するときも、本人の歌い方と録音上の響きの両方を見る必要があります。

2013年、別の編成で「歌い上げる」可能性を確かめる

2013年8月1日、の子はLIQUIDROOMで初のソロライブを行いました。
ピアノや弦楽器、複数のドラムが加わる編成で、バンドの曲を歌い直した公演です。
「映画」では、大編成の演奏を受けて朗々と歌い上げました。

注目したいのは、そのあと本人が、バンドにも取り入れたいという趣旨を語ったことです。
バンドにはバンドのよさがあると認めながら、別の演奏環境で得たものを持ち帰ろうとしていました。
歌い手としての幅を広げる試みだったのでしょう。

同じ人の同じ曲でも、演奏する相手が変われば、歌を届ける形は変わる。
この公演は、その可能性を具体的に示しました。

2017年、声を抑えることと、声を作り替えること

「夕暮れの鳥」が『進撃の巨人』Season 2のエンディングに使われた2017年は、静かな歌の表情が広く届いた節目でした。
ただし、メンバーは当時、こうした幻想的な曲も以前から作ってきたと説明しています。
突然それまでの歌を捨てたのではなく、もともとあった面が表に出た時期と考えるほうが自然です。

制作中には、ささやくように歌う案と、子どものような加工声を使う案がありました。
ちばぎんが耳にしたのは、同じ歌を違う声で示す二つの選択肢でした。
曲の雰囲気を変えるために、強く叫ぶ以外の方法も具体的に試していたことが分かります。

同年の『幼さを入院させて』では、「イマドキの子」の生声のデモをボコーダーへ変えています。
の子は、作品の方向が明確だったため、加工した声へ寄せたと説明しました。
生の歌を録り終えたところが完成ではなく、曲に合う声を選び直すところまでが制作だったのです。

ここには、静かに歌えば大人びた表現になる、という単純な一本道はありません。
ささやく声を使う曲もあれば、人工的な響きを前に出す曲もある。
2017年の二つの例は、の子の変化を声量の増減だけで追えないことをよく示しています。

2019年、セッションから生まれる歌の乗り方

2019年に先行配信された『児童カルテ』の「毎日がニュース」では、歌を支えるリズムにも別の入口がありました。
みさこによると、主催イベントでの即興セッションが曲の土台になっています。
ちばぎんも、の子らしいメロディーでありながら従来の曲には似ていない、と受け止めました。
声を加工する方向だけでなく、演奏との組み合わせからも、新しい歌の形が生まれていたのです。

2019年のリリックビデオ(短縮版)。

2021年、「僕の戦争」で声の世界を広げる

「僕の戦争」は2020年末にアニメで流れ、2021年2月にフルサイズが配信されました。
「夕暮れの鳥」に続く『進撃の巨人』との仕事ですが、同じ形式を繰り返した作品ではありません。
短いオープニングだけでは見えない、後半の日本語の歌まで含めて考えたい曲です。

の子には、以前から聖歌隊を使いたいという思いがありました。
それまで難しかった費用面の条件が整い、実現できたという経緯でした。
大きな声の重なりを、本人ひとりの発声の変化として説明するのは適切ではありません。
ここでは、歌の周囲に置ける声が増えたことが表現の広がりにつながっています。

左からmono、の子/2021年の取材写真(撮影:山本マオ)
左からmono、の子/2021年の取材写真(撮影:山本マオ)。
画像出典:画像掲載元

英語詞への向き合い方にも前作からの変化がありました。
「夕暮れの鳥」では制作途中に言語の変更が入りましたが、「僕の戦争」では初めから翻訳家を付けることを本人が提案しています。
前の仕事で得た経験を、次の曲を準備する方法に生かしたわけです。

後半で日本語へ移る場面には、前後で景色を変える狙いがあったと本人は説明しています。
アニメのために作っても、放送が終わったあとに自分が歌い続けられる曲であることが大切だった。
多くの声で世界を大きく描きながら、個人の言葉へ戻ってくる構成に、の子らしさが残っています。

再共演で伝わった上達と、2025年の新しい重なり

声そのものの成長については、大森靖子の証言があります。
2021年の「瞬間最大me feat. の子」で再び共演した大森は、約5年前の共演時より歌が上達したと話しています。
制作とツアーを重ねてきた活動にも触れており、一度の話題性では見えない、歌い続けた時間を感じさせます。

2025年の『団地テーゼ』では、声を重ねる作業にも新しい試みがありました。
ユウノスケは、ボコーダーやシンセの音を使っていた部分を実際に歌い、の子と重ね方を相談したと説明しています。
女性スタッフの声も借りたと、の子が補足しました。
加工をすべてやめたのではなく、曲に応じて人の声を重ねる選択が増えたのです。

一方、このアルバムには、10代の頃に作った「雨あめぴっちゃんの歌」も入っています。
の子は、古い曲が今の作品に収まることを、自分の中に一貫したものがある例として挙げました。
声を作る手段が増えても、曲の核がすべて入れ替わったわけではない。
新しい録音の方法と、長く抱えてきた歌が同居しているところに、この時期の面白さがあります。

新メンバーとの関係も、声の組み合わせを変えました。
みさこは、の子とユウノスケのコーラスがよく混ざることに言及しています。
ひとりの歌手を追う記事であっても、隣で歌う人の変化は見落とせません。
誰の声と重なるかによって、リードボーカルの届き方も変わるからです。

変わらない感覚を、別の声で届け続ける

初期のデモ、別編成でのソロ、ささやく歌、加工声、聖歌隊、身近な人とのコーラス。
の子の歩みは、若い叫びが消えてきれいな歌へ置き換わった歴史というより、曲の中で使える声の関係が増えてきた歴史です。
年齢だけで区切るより、その時々に何を歌い、どう録り、誰と重ねたかを見ると変化が具体的になります。

だから、「ロックンロールは鳴り止まないっ」と「僕の戦争」は、どちらかだけが本来のの子なのではありません。
歌の感覚を残しながら、届ける形を広げた二つの姿として聴くことができます。
曲ごとの声の選び方については、の子の歌い方でも詳しく取り上げています。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました