Charaは2017年、若い頃は喉を締めてかわいらしい声を出していたと振り返り、その歌い方を最近やめたと話しました。
「やさしい気持ち」で親しまれた声を、本人が手放したようにも聞こえます。
けれども2022年には、その曲をオーケストラと歌い、2025年のライブでも披露しています。
変えたかったのは曲ではなく、曲の中で動ける余地だったのでしょうか。
1991年のデビュー曲から近年の公演までをたどると、Charaの変化は「昔の声が出なくなった」という一言では収まりません。
声を楽器として使いながら、言葉の置き方と共演者との空間を選び直してきた歩みがあります。
1991~97年|作曲家になりたかった人の声が、代表曲になる
Charaはもともと、歌手として前に立つよりも、曲を作り、楽器を弾くことに関心がありました。
バンドではキーボードを担当し、歌うことを勧められても断っていたといいます。
失恋をきっかけに自作曲を自分で歌い、デモを作るようになりました。
夜中、ヘッドホンをつけて小さく歌ったため、ささやくような声が多くなった――本人は後年、独特な声の出発点をそう説明しています。
ただ、その内側から生まれた歌を、人に聴かせるのは恥ずかしかったそうです。
録音中の姿を見られるのも嫌で、初めの頃はボーカルブースのカーテンを閉めていました。
曲を作れることと、その曲を自分の声で人へ差し出せることは、最初から同じではなかったのです。
1991年の「Heaven」でデビューした後、その声は作った曲と一緒に人前へ出ました。
1996年には映画『スワロウテイル』の劇中バンドYEN TOWN BANDで「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」を歌い、1997年には「やさしい気持ち」とアルバム『Junior Sweet』が広く知られます。
作曲のために自分の声を入れていた人が、いまではその声によって曲を思い出してもらえる。
そんな逆転が起きた時期でした。
1997年11月には、すでに聴き手の前で「やさしい気持ち」を歌っていました。
2016~17年|知られた声を守るより、歌の中で動きたい
25周年を機に過去の曲を聴き返し、歌い直したCharaは、自分の言葉や声の使い方が変わっていることに気づきました。
2016年の取材では、近頃は中くらいの声を中心に使い、一曲の中でもささやく声、中くらいの声、地声を切り替えると説明しています。
この切り替えを曲の中でどう行うかは、Charaの歌い方で詳しく扱っています。
声を出す自分を、もう一人の自分が支えるような考え方も語っていました。
長く歌った声を古い楽器になぞらえ、マイクとの相性やメンバーとのやりとりまで含めて、どんな状況で歌えばよいかを考える。
自分の声が好きか嫌いかで終わらず、その声を曲の中でどう生かすかを選んでいたのです。
歌う姿を見られるのが恥ずかしかった頃から、歌を届ける条件まで見渡す立場へと、関わり方が広がっていました。
翌年、本人は別の変化をよりはっきり語りました。
若い頃のかわいらしい声は喉を締めて出していたようだと気づき、最近はその歌い方をやめたというのです。
かつての声をまた出すことも、練習すれば可能かもしれない。
しかし、それでは情熱を込めて自由に動くことが難しい、と本人は感じていました。
その窮屈さを「細いホースで歌う感じ」と表しています。
昔の歌を好む人の気持ちも認めたうえで、急に別人になるのではなく、自然に変えていくという選択です。
本人が求めたのは、その声で表現できる自由度でした。
一方、この2017年の取材では、原曲の高さを大切にしたいとも話しています。
理由は、その高さで生まれる響きを重視していたからでした。
昔の声色の再現をやめることと、曲の高さを変えることは、本人の中でも別の判断だったのです。
同じ2017年、その選び直しは声だけでなく、言葉にも現れました。
以前はメロディーや音の響きを優先し、詞の一部を変えることもあったそうです。
ところがアルバム『Sympathy』収録の「Tiny Dancer」では、先に書いた詞をそのまま残したくなった。
自分で付けたメロディーに詞を合わせ直す代わりに、くるりの岸田繁へ、詞に曲を付けてほしいと頼みました。
本人の作ったメロディーを聴かせずに詞を渡したという経緯まで聞くと、伝えたい言葉を曲作りの起点に置いたことが分かります。
昔の声を再現することより、いま書きたい言葉をいまの声で歌うこと。
その選択は、過去の歌を捨てる宣言ではありませんでした。
昔の恋愛の歌を歌うときも、当時と同じ相手を思っているわけではない、とCharaは説明しています。
既にその曲を受け取った聴き手には、それぞれの思いがある。
今はその人たちの気持ちも受け取りながら歌うのだと。
過去の歌を続けるには、声だけでなく、その歌に向き合う自分の立場も変わってよかったのです。
2022年|「やさしい気持ち」に、オーケストラの隙間を作る
クラシックの演奏家との共演には、若い頃の悔しい記憶もありました。
ジュリアード音楽院の学生と「Violet Blue」を演奏したとき、思うような感じにならず、どう違うかもうまく説明できなかったといいます。
2022年の共演は、同じ曲で失敗を取り返す企画ではありませんでしたが、新しい相手とどんな音楽を作れるか、本人が改めて楽しみにした機会でした。
デビュー30周年のオーケストラ公演を前に、Charaは編曲に「隙間」を作りたいと話していました。
「やさしい気持ち」は、もともとベースが曲の大サビにだけ入ることを例に挙げ、楽器が多いからといって全員が常に鳴らす必要はない、と考えていたのです。
歌声を大きな編成に押しつけるより、曲に必要な空間を残して歌おうとしたことが、この発言から伝わります。
なお、オーケストラとの共演自体は初めてではありません。
2008年にも東京フィルハーモニー交響楽団と短い共演をしており、「やさしい気持ち」を歌った楽しさを本人は覚えていました。
2022年の公演は、昔の曲を新たな編成でまとまって歌う機会です。
ライブでは「やさしい気持ち」に加え、一時は難しくてもう歌えないと考え、長く舞台に載せていなかった『Junior Sweet』の「花の夢」にも取り組みました。
声の変化を受け止めながら、歌う作品の幅まで狭めず、難しいと感じていた旧曲を再び試したのです。
1997年の公演ではバンドと、2022年にはオーケストラと、同じ「やさしい気持ち」を歌いました。
2017年に本人が昔の声を無理に再現しないと決めてからも、曲には新しい歌う場が生まれています。
2025年|古い曲も新曲も、今いる人たちと歌う
2025年の新曲「Lush Life」では、Charaと息子のHIMIが詞を手がけ、CharaとSeihoが作曲しました。
2017年には自作の詞を残すために岸田繁へ作曲を託し、ここでは息子と一緒に言葉を書いています。
言葉を大切にする姿勢は続いても、作り方は一つではありません。
同年の『Lush Life』ツアーでは、旧曲「ミルク」がギターとCharaの声から始まり、バンドへ広がる編成で演奏されました。
新曲「Lush Life」も静かな声から楽器とコーラスが重なる形で披露されたと、公式ライブレポートは記しています。
Charaは「やさしい気持ち」も客席とのやりとりを交えて歌い、アンコールでは、これからも自分らしい音楽を続けたいと話しました。

撮影:岩澤高雄/出典:Chara公式サイト
デビュー時の曲を現在のライブで歌うことは、その頃と同じ声に戻ることではありません。
2017年にかわいらしい声の出し方を変えたCharaは、1997年の曲を2022年にはオーケストラと、2025年には今のバンドや観客と歌っています。
残してきたのは特定の声色ではなく、曲をその時の自分と共演者に開いていく姿勢です。
そこに、昔の歌を今も歌える理由があります。







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