きゃりーぱみゅぱみゅの歌声の変遷|変わらない甘い声で、歌える世界を広げてきた

10周年期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2021年掲載) きゃりーぱみゅぱみゅ
10周年期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2021年掲載)

きゃりーぱみゅぱみゅの歩みを、幼い声が大人の声へ変わっていく物語として捉えると、大切な部分を見落としてしまいます。
活動を重ねた本人も、歌声が思いのほか変わっていないことに驚いていました。
その声で何を歌い、どんな表現に取り組むようになったのか。
変化は、そこにあります。

最初は歌い方も分からずに立った録音の場で、やがて自分の気持ちを歌に重ね、言葉のリズムを新しく作ることにも挑んでいく。
声の印象が一貫しているからこそ、曲ごとに増えた課題と、それに向き合う本人の姿をたどりたくなります。

2011〜2012年――自分らしい歌を、歌いながら見つける

デビュー期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2011年掲載)
デビュー期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2011年掲載)。
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2011年の『もしもし原宿』は、モデルとして活動していたきゃりーが音楽へ踏み出した作品です。
中田ヤスタカは食事の席などで交わす何気ない会話も制作の手掛かりにし、本人らしい言葉や世界を曲へ持ち込みました。
「PONPONPON」にも、読者モデルになったことで道が開けた自分の経験と重なるものを感じていたといいます。
歌手としての出発点には、既に自分と結び付く言葉がありました。

ただ、最初から歌い方に自信があったわけではありません。
「PONPONPON」より前に初めて録音した「スキすぎてキレそう」では、どう歌えばよいのか分からない状態だったと振り返っています。
そこで歌を褒めてもらえたことが、驚きになりました。
出来上がった明確なキャラクターの裏で、歌う本人は初めての経験を一つずつ重ねていたのです。

2012年の初のフルアルバム『ぱみゅぱみゅレボリューション』では、明るく弾む曲だけでなく、ゆっくりした「おやすみ」も歌いました。
当時の本人にとって、このメロウな曲は声を伸ばすことの難しさを感じる挑戦でした。
曲がゆっくりになれば簡単になる、という話ではありません。
短く動く言葉で進む歌とは違い、一つの音を保って次へ運ぶ時間が生まれる。
デビュー直後から、同じ声のままで異なる歌の条件に向き合っていたことが分かります。

海外の舞台と「もんだいガール」――歌が自分の力になる

海外での活動も、本人の心構えを変えていきました。
初めてのワールドツアーでは、客が来てくれるのか不安を抱えていたものの、会場で出会ったのは日本語が通じなくても熱く反応する人たちでした。
きゃりーは後年、ツアーを重ねるほど自信がつき、国内へ戻った際にもパフォーマンスを褒められることが増えたと振り返っています。
これは声域が広がったという証言ではなく、人前に立って歌を届けることへの手応えです。

2015年の「もんだいガール」は、別の意味で大きな転機になりました。
かわいいと受け止められる像と、本人の言いたいことが、いつも同じだったわけではありません。
自分の内側にあったもどかしさを歌へ重ねられるようになり、この曲はライブでも気持ちを解き放てる存在になっていきました。
2021年にも、本人は活動の節目を振り返る中で、この曲を重要な一曲に挙げています。

さらに、自分の思いを歌ったときにファンが受け入れてくれたことも、本人を支えました。
決められたかわいさを守るだけでなく、自分の感情を表に出してもよい。
歌の中に気持ちの置き場所を得たことが、活動を続ける自信にもつながったのです。

2018年――言いたいことが強くても、声は柔らかく

きみのみかた発表期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2018年)
きみのみかた発表期のきゃりーぱみゅぱみゅ(2018年)。
画像出典:画像掲載元

2018年の「きみのみかた」では、周囲から期待される姿に対する違和感や、世の中への思いが制作の背景にありました。
大きなリボンを付けた頃のイメージだけで見られたくない。
一方で、年齢に合わせて単純に大人路線へ移りたいわけでもない。
この時期のきゃりーは、外から決められる枠と、自分の表現との距離を考えていました。

歌にも新しい課題がありました。
「きみのみかた」はラップを取り入れた曲ですが、強い内容の歌詞に合わせて力強く歌ってみると、もっと柔らかく歌うよう中田から求められています。
気持ちを表すことと、声を強く出すことは、ここでは同じではなかったのです。
自分の意見を歌へ持ち込みながら、声の出し方では軽さを選ぶ。

同年のアルバム『じゃぱみゅ』に入った「演歌ナトリウム」は、さらに異なる歌の課題を持ち込みました。
普段使わない元素の名前を速い流れで歌う難しさに加え、途中では演歌風の歌い方も求められたのです。
録音中に演歌歌手の映像を見せられ、こぶしを使う表現を試しました。
中田は、欲しい声のイメージをすぐ受け取って応じる勘のよさを評価しています。
柔らかく歌う選択を守りながら、曲の中で必要になれば別の表情も試せるようになっていました。

2021年――慣れた声から、新しいリズムが生まれる

10周年のアルバム『キャンディーレーサー』では、制作の進め方にも変化がありました。
作品の全体像を先に固めるより、曲を作っては試し、その中から選んでいく進め方になったといいます。
一日に二曲を録音する機会が増えたことも本人には好影響でした。
以前は緊張しがちだった録音でリラックスでき、曲に合う声を思い浮かべやすくなったのです。

この時期の「原点回避」では、言葉の内容にも広がりがありました。
本人が感じていたのは、面白い言葉を繰り返す初期の曲とは異なり、物語性が増していることです。
十周年を一区切りとして終わるのでなく、その先へ向かう思いもこの曲に重なっていました。
自分の言いたいことを歌う段階を経て、活動を続ける姿勢そのものを歌に託す。
同じ声で歌う言葉の意味が、積み重ねた時間と結び付いていきます。

「どどんぱ」では、自分の声で打楽器のようなリズムを作る試みに挑みました。
甘い声で旋律を歌う役割から、音の刻みそのものを担う役割へ。
声が持つかわいらしさを残していても、その声を曲のどこへ置くかで、できることは増えていきます。
このアルバムでは、変わらない声が新しい音楽の材料になっていました。

一方、CAPSULEのカバー「world fabrication」では、活動してきた時間が言葉の受け止め方につながりました。
中田から、十年を経験した今だから歌に説得力が出るという趣旨の話をされ、本人も歌詞に重なるものを感じています。
ただし、原曲の優しい女性的な歌い方へ寄せるのではなく、自分らしく明るく元気に歌いました。
経験の重みを、必ずしも重たい声へ置き換えないところにも、きゃりーらしい選択があります。

この頃、本人は年齢を重ねればもっと低い声になると思っていたのに、歌ってみると以前と変わらないことに驚いていました。
中田が評価したのは、その甘い声と格好よい音楽が組み合わさる面白さです。
きゃりーも、変わらない声を自分の持ち味として受け止めていきます。
声を変えられないから同じことを続けるのではなく、同じ声に合う新しい曲を作れる。
長い協働の中で、その可能性が確かめられていました。

2025〜2026年――復帰しても、自分を無理に作り替えない

出産後の復帰作となった「KURU KURU HARAJUKU」では、本人に以前より成長した姿を見せなければという思いがありました。
それに対して中田は、作品を進化させるのは自分の役割であり、本人はそのままでよいという趣旨の言葉を掛けています。
きゃりーは、そうした周囲の支えによって力を抜けたと話しています。
人生の節目を迎えたからといって、歌声まで別の人物に作り替える必要はなかったのです。

KURU KURU HARAJUKU――2025年発表曲/MVは2026年公開

2026年には「キミに100パーセント」を『THE FIRST TAKE』で歌い、その音源も配信されました。
新曲へ進むだけでなく、長く歌ってきた曲を別の場で届け直す機会も生まれています。
元の録音と新しい歌唱は、それぞれの場面を持つ別の表現です。
同じ曲が歌われ続けることも、活動の時間を伝えてくれます。

きゃりーぱみゅぱみゅの変遷は、甘い声を卒業していく物語ではありません。
その声に自分の思いを託し、違う曲の条件を引き受け、歌手としてできることを広げてきた歩みです。
外から見ると変わらない声の中に、歌う本人が得てきた経験がある。
その声を曲に合わせてどう使うのかは、きゃりーぱみゅぱみゅの歌い方で掘り下げています。

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