上原大史さんの高音は、歴代WANDSの歌声を器用に再現した結果ではありません。
むしろ現在の歌い方へたどり着くために、本人は「WANDSらしく歌おう」とすることを一度やめる必要がありました。
加入当初は、上杉昇さんや和久二郎さんが残した声のイメージへ近づこうとしました。
ところが、一曲なら形にできても、ワンマンライブを通して続けるには無理が生じます。
喉を痛めて歌えなくなる経験までした末に見つけた答えが、基本は上原さん自身の発声で歌い、歴代WANDSらしいニュアンスは必要な場所へ足すという方法でした。
その転換を知ると、上原さんの歌は「上杉昇に似ているか」という採点から離れて見えてきます。
この記事では、受け継いだ看板と自分の声の間で何が起きたのかを軸に、現在の高音、裏声、言葉の運び方を初心者にも分かる言葉で整理します。
上原大史の歌い方は、声を似せることより「一晩歌える自分」で成立した
WANDSの新しいボーカルになることは、普通の加入とは事情が違います。
聴き手の中には、すでに「WANDSならこう聞こえる」という声の記憶がありました。
上原さん自身も子どもの頃から上杉昇さんと和久二郎さんの歌を何度も聴いていたため、その記憶を無視して歌うことはできませんでした。
最初に選んだのは、歴代の歌い方を真似ながらWANDSの声へ入っていく方法です。
しかし表面の音色へ寄せようとすると、普段の自分とは違う力の使い方になります。
一曲だけなら勢いで通せても、二時間近いライブでは同じ方法を繰り返せません。
本人は、無理な発声で喉を痛め、歌えなくなることもあったと明かしています。
そこで考え方を反転させました。
土台は自分の歌いやすい発声でよく、その上に聴き手がWANDSらしいと感じる語尾や勢いを少しだけ置けばよい、と気づいたのです。
この順番が重要です。
WANDSの声を作ってから上原大史を入れたのではなく、上原大史の声を成立させてからWANDSの色を足した。
現在の力強い高音は、似せる技術の勝利というより、一晩歌える自分へ戻った結果です。
「地声かミックスか」の前に、同じ太さで押し切っていないことを見る
上原さんの高音は輪郭が濃く、裏声へ逃げずに上まで押し切っているように聞こえやすい声です。
そのため、第三者の分析では「地声寄り」「ミックスボイス」「前方や鼻側の響きを使う」など説明が分かれます。
どれか一語を正解にすると、曲ごとの差が消えてしまいます。
上原さん本人も、曲の高い場面で裏声を使うことを話しており、すべての高音を同じ太さの地声で処理しているわけではありません。
「RAISE INSIGHT」のように速さと鋭さが必要な曲、「カナリア鳴いた頃に」のように柔らかい余白が必要な曲、「世界が終るまでは…」のように長い旋律を大きく運ぶ曲では、声の役割が違います。
高音の名前を当てるより、強さを保つ場所と軽くする場所が一曲の中に共存していることを見る方が、上原さんの技術を理解しやすくなります。

柴崎浩が評価したのは、正確さより「その声が入ると曲になる」こと
上原さんの歌を、音程の高さだけで評価しない方がよい理由があります。
柴崎浩さんは、上原さんが歌うと幅広い曲が格好よく成立すると話し、その声質自体を強みとして挙げています。
これは、何でも同じ声で歌えばよいという意味ではありません。
違う曲へ入っても、声の中心にいる人物が消えないということです。
柔らかい曲へ移れば息や余白が増えても、言葉の輪郭まで頼りなくはならない。
激しい曲では強さが増えても、最初から最後まで怒鳴る形にはしない。
第5期の初期には、過去のWANDSに似ているかどうかが先に問われました。
新曲が増えるにつれて、「上原さんが歌うとどうなるか」が曲の価値になっていきます。
借り物の声を上手に再現する段階から、曲が上原さんの声を必要とする段階へ変わったのです。
「カナリア鳴いた頃に」は、太い高音だけではWANDSにならないと示した
2021年の「カナリア鳴いた頃に」は、それまでのWANDS像から意識的にはみ出した曲でした。
上原さん自身が詞を書き、強いロックの高音だけでなく、爽やかさや寂しさを前へ出しています。
この曲の意味は、声量を落とせることの証明だけではありません。
歴代曲へ似せる責任とは別に、第5期が新しい記憶を作れるかを試した一曲でした。
聴き手が最初から知っている正解がないため、上原さんは自分の声で曲の基準を作らなければなりません。
一方、「世界が終るまでは…」を歌う時には、すでに巨大な正解が存在します。
この二曲を並べると、上原さんの歌唱力は単なる声域の広さではないと分かります。
過去曲では歴史へ敬意を払い、新曲では声の未来を作る。
矛盾する二つの仕事を、同じ喉で引き受けてきました。
2025年の答えは「ライブで歌うように歌う」だった
『TIME STEW』の制作では、上原さんがさらに肩の力を抜くきっかけがありました。
録音で正解を作り込みすぎず、ライブで歌うように歌えばよいという助言を受けたのです。
ライブらしく歌うとは、大声で荒くすることではありません。
一回ごとの感情の流れを止めず、細部を直し続けて声を小さくまとめないことです。
上原さんは、この方法が歌いやすく、自分に合っていると受け止めました。
「Shooting star」では歌詞とメロディーを滑らかに運び、「リフレイン」では長い音やシャウトに踏み込みます。
同じアルバムの中でも、必要な強さは一定ではありません。
現在の上原さんは「WANDSの声を出す」のではなく、曲が求める人物へ自分の声で入っています。

上杉昇と比べるなら、似ている音より背負っている役割の違いを見る
上原さんと上杉昇さんを比べる検索は多くあります。
ただし、どちらが上手いかという順位にすると、上原さん本人が苦しんだ問題をそのまま繰り返すことになります。
上杉さんは、第1・2期の曲が生まれた時に、その言葉と声の原型を作った人物です。
上原さんは、すでに伝説になった曲を受け継ぎながら、第5期の新曲をゼロから歌う人物でした。
同じ曲を歌っても、立っている時間が違います。
上杉昇さんの歌い方を読むと、太いロック高音だけでなく、言葉の陰影やバンドから離れた後の表現まで含めて個性が見えてきます。
上原さんの強みは、その原型を消すことでも、完全に複製することでもありません。
敬意を残したまま、自分が歌い続けられる場所を第5期の中へ作ったことです。
真似するなら、声色ではなく「最後まで続く方法を土台にする」
上原さんらしさへ近づこうとして、喉を狭くしたり、歴代WANDSの癖を一曲中ずっと付けたりするのは本質から外れます。
本人が遠回りの末に手放したのが、その発想だったからです。
参考にできるのは、自分が楽に出せる声を弱さと決めつけない姿勢です。
歌手の声色に似せる要素は、曲の一番印象的な語尾や一節へ少量使えば十分です。
土台まで他人へ変えようとすると、一曲の成功と引き換えに、次の曲が歌えなくなります。
高音の張り上げを直す考え方でも、強く聞かせることと、力を増やし続けることは別だと整理しています。
痛み、強いかすれ、話し声の異常が出た時は歌唱を止め、不調が続く場合は耳鼻咽喉科へ相談してください。
上原大史の高音は、借り物の声をやめてもWANDSでいられると証明した
上原さんの発声を理解する鍵は、地声かミックスボイスかという分類だけではありません。
歴代の声へ近づこうとして一度は喉の限界へぶつかり、自分の発声へ戻った後も、WANDSらしさを失わなかったことです。
土台は自分、歴史はスパイス。
この順番を得たことで、一曲の物真似ではなく、ライブと新曲を積み重ねられるボーカリストになりました。
2026年、上原さんは2027年3月をもって第5期WANDSの活動を終え、一人のアーティストとして進む決断を公表しました。
約7年たっても、歴史を損ねるのではないかという「枷」は消えなかったと明かしています。
それでも第5期でやれることはやり切ったと言えるのは、自分の声をWANDSの中へ残せたからでしょう。
加入時の模倣、2021年の新境地、2024年の再評価、そして現体制終了の決断までの時間は、上原大史さんの歌唱変遷で年代順に詳しくたどります。






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