かつてhitomiは、他人の歌詞を歌うことに乗り気ではありませんでした。
自分で言葉を書くことを大切にしていたからです。
ところが、デビュー30周年を経た彼女は、長年歌ってきた持ち歌の歌詞を、親交のある歌手に書き直してもらいます。
自分の言葉を歌うこだわりは、どのように変わったのでしょうか。
初期の録音から「SAMURAI DRIVE」のカバー、そして歌詞やキーを見直した近年の試みをたどると、他者との出会いによって広がってきた歌への向き合い方が見えてきます。
「LOVE 2000」MV(2000年発表曲)
デビュー初期からあった、狙い通りに収まらない歌
1995年に発売された「CANDY GIRL」は、hitomiの3枚目のシングルです。
歌詞のきっかけは、雑誌の中に見つけた、自分に似た雰囲気の女の子でした。
小室哲哉から作詞を求められていたhitomiは、そのイメージを手掛かりに言葉を書いたと話しています。
初期から、自分らしい人物像と歌が近いところにあったのです。
一方、録音の順番には、発売順からは分からない事情がありました。
当時の対談で小室は、「CANDY GIRL」を聴いて歌が上達したと言われたものの、歌自体は先の2枚より早く録音していたと明かしています。
発売順だけで歌唱の成長を判断できない、興味深い話です。
同じ対談で久保こーじが語ったのは、歌入れの度胸と、制作側の意図に収まらない意外性でした。
hitomi自身も、最初は緊張より歌いたい気持ちが先にあったと振り返っています。
経験を重ねるうちに緊張するようになったという話には、録音に臨む意識の変化もうかがえます。
2枚目のシングルに収めた「TOKYOのど真んなかBUSの中で」では、小室がジャミロクワイを思わせる歌の崩し方を求めていました。
本人もそのイメージで懸命に歌ったのですが、制作側には、思い描いていたものと違う、意外な歌になって聞こえたそうです。
手本をそのまま再現するつもりでも、本人の声を通すと別のものになる。
デビュー期から、その予想を越える個性が録音現場で話題になっていました。
「CANDY GIRL」MV(1995年発表曲)

画像出典:写真掲載元
「SAMURAI DRIVE」で他人の言葉を自分の歌にする
2000年の「LOVE 2000」は、hitomiが作詞した代表曲になりました。
マラソン選手の高橋尚子が愛聴していたことでも知られる曲です。
2023年に本人が振り返ったのは、アスリートが自分の音楽を聴いているとは想像もしていなかった、という驚きでした。
世界で競う人の背中を押していたと知り、音楽の力を感じたそうです。
書いた本人が思い描いていなかった場所で、歌が誰かの支えになっている。
「LOVE 2000」の広がりは、自分の言葉と聴く人の経験が重なった出来事でした。
その後、2002年に発売した「SAMURAI DRIVE」は、cuneの曲をカバーした作品です。
当時のディレクターから勧められたものの、hitomiは最初から快く引き受けたわけではありませんでした。
2026年のインタビューでは、自分で作詞することへのこだわりが強く、他人の曲に、その人の詞で向き合うことに抵抗があったと話しています。
cuneの「SAMURAI DRIVE」MV(2001年発表の原曲)。
その気持ちを変えたのは、何度か原曲を聴く時間でした。
繰り返し聴くうちに、自分のものにできるかもしれないと思うようになり、歌うことを決めたそうです。
曲を勧められた事実だけでなく、本人の中に歌う理由が生まれたことが、このカバーの大切な過程だったのでしょう。
自分の言葉を歌うことへの強いこだわりから、他者の言葉も自分の歌として引き受けられるという手応えへ。
「SAMURAI DRIVE」で得た感覚は、後年、新しい相手と曲を作る際にも思い出す経験になりました。
「SAMURAI DRIVE」MV(2002年発表曲)
長年の持ち歌に、新しい歌詞で向き合う
デビュー30周年を経たhitomiは、「体温」と「there is…」の歌詞を、持田香織と伴都美子に書き直してもらう試みを行いました。
「体温(蹲)」と「there is… (LOVE)」として、2026年に発表した2曲です。
以前なら自分で書くことを強く求めた歌詞を、今度は本人から他者に託しています。
「体温」MV(1999年発表の原曲)。
人選にも理由がありました。
スタッフと企画を考える中で、hitomiは、自分をよく知らない人に頼むのでは意味がないと考え、交流のある2人を思い浮かべたそうです。
自由に書いてほしいと伝え、尊敬する相手から自分がどう見えているのかを楽しみにしていました。
伴には、長尾大が「there is…」を作った際、仮歌を歌った縁もありました。
原曲に関わった人が、年月を経たhitomiを思い描き、新たな言葉を渡す。
受け取ったhitomiも、今の自分の気持ちを汲んでくれたと感じています。
2026年3月28日のワンマンライブでは、新しい2曲を続けて歌いました。
西廣智一のライブ評では、「体温(蹲)」はアコースティックの編曲で、他者が描いた歌詞の世界をじっくり表現した場面として伝えられています。
続く「there is… (LOVE)」は、ピアノを伴奏に切々と歌ったと記されました。
歌い終えた本人は、新しい歌詞に泣きそうになったと話しています。
長く歌ってきた曲なのに、今までとは違う言葉に自分の心が動く。
歌詞を書いた本人だからこそ分かる世界に加えて、他者が描いた自分を歌う経験が生まれていました。
「体温(蹲)」公式音源(2026年配信)
高いキーを守るより、今の声で歌を届ける
2026年9月の対談で、hitomiは若い頃のエイベックスでは高いキーが重視されていたと振り返っています。
その感覚を見直すきっかけの一つも、伴との交流でした。
一緒にカラオケへ行った際、伴が提案したのは、そのときの声を生かせる高さで歌うことです。
「there is…」MV(1999年発表の原曲)。
言葉で勧めるだけでなく、伴は「there is…」のキーを下げて、その場で歌ってみせました。
それを聴いたhitomiは、曲の印象が大きく変わらないことに気付きます。
他人の声で実際に確かめられたことで、長年の持ち歌の高さを見直す選択が身近になったのでしょう。
現在の「there is… (LOVE)」では、実際にキーを下げています。
歌詞を新しくしただけでなく、今の声で歌うための条件も選び直した作品です。
曲に込めた思いを届けるには、かつての設定を守ること以外にも方法があると分かります。
こうした選択と並んで、日々の準備も続けています。
2026年のhitomiは、仕事の予定がなくてもスタジオに入り、声を出していると話していました。
歌わない期間を挟むと録音で声が出にくくなるという自身の経験があり、さらに成長したいという気持ちもあるそうです。
過去の曲を歌い続けることと、新しい歌を身につけることを、その積み重ねの中で考えています。
「there is… (LOVE)」公式音源(2026年配信)

画像出典:写真掲載元
新しい曲に挑みながら、昔の曲の届け方も考える
2026年の「Tokey-Dokey」では、Nikoんと組んで新しい曲に挑みました。
同じレーベルの相手でも、最初は音楽や世界観が自分とは遠いと感じていたそうです。
ところが、届いたデモは思いのほかポップで、歌ってみたいと直感しました。
相手もhitomiに近付けて曲を作っていたと、後から知ります。
「SAMURAI DRIVE」で他人の曲を自分のものにできるかもしれないと思った経験を、本人はこの新曲に向き合った感覚にも重ねています。
違和感があった相手や曲を、聴き、関わりながら自分の歌にしていく。
かつてカバーで経験した過程が、新しい共作を受け入れる際にも生きていました。
榑林史章は、同年3月の対バン公演で、この曲のボーカルをエキセントリックと評しました。
岡本貴之も、ノイジーなギターに乗った歌唱の疾走感を指摘しています。
本人にとって馴染みのない相手との出会いは、聴く側にも新しい印象を与える歌として受け止められました。
「Tokey-Dokey」MV(2026年発表曲)
一方、同じ年に発表した「Choice!」は、本人にとって歌うときに自然にフィットする、王道のサウンドだったそうです。
作曲は、以前から作品を提供してきたFZです。
違う世界の相手に触発される曲も、経験のある相手と自然に取り組める曲も、今の歌に必要な選択肢になっています。
「Choice!」公式音源(2026年配信)
2026年のhitomiは、昔は自分のために歌っていたけれど、今は聴き手に勇気を与えた昔の曲を、その人の胸に届くよう改めて歌いたいと語っています。
自分らしく歌うことは、自分で書いた言葉や、昔と同じ高さだけに支えられるものではなくなりました。
他者の言葉に心を動かされ、今の声に合う条件を選び、長く聴いてきた人の思いも引き受けて歌う。
初期からの個性を持ちながら、その歌に関わる人を増やしてきたところに、hitomiの歩みが表れています。
曲ごとの声の表情については、hitomiの歌い方でも詳しく扱っています。







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