ゴスペラーズの黒沢薫を思い浮かべると、伸びる高音や長いフレーズに耳が向くかもしれません。
ところが本人は、2022年のソロ作品を作るとき、その得意な歌い方をあえて主役にしませんでした。
中音域の味わい、リズムの気持ちよさ、伴奏の中で声が占める場所を優先したのです。
声を抑えれば、歌の存在感も弱くなるのでしょうか。
「Honey」「Wake Up feat. SKY-HI」「薫風」という性格の異なる三曲に、黒沢は別々の答えを用意しています。
本人が明かした歌唱と音作りの意図から、何を前に出し、何を引くかを考えます。
「Honey」では、歌を伴奏に半分沈めた
『All U Need Is Luv』収録の「Honey」について、黒沢は取材で、普段の自分の曲より歌の音量を小さくしたと話しました。
伴奏とのバランスを考え、声をその中へ半分埋もれさせたかったのだそうです。
これは、録音の音量設定も含む音作りの話です。
「発声を弱くした」とそのまま言い換えることはできません。
黒沢は同じ取材で、自分の声は良くも悪くも派手だと語っています。
歌が先頭に立つ曲では、その派手さは武器になります。
でも「Honey」で狙ったのは、声だけが伴奏から飛び出さない景色でした。
黒沢らしさを消すというより、どこまで声を出せば曲全体が心地よく動くかを探したと捉える方が、本人の説明に近いでしょう。
「中音域を使う」と聞くと、単に高音を避けた曲だと思いがちです。
本人はこの作品でも高い音には触れていると明言しています。
主題は音域の上下ではなく、長く伸ばす声の爽快さと、短い音がつながるグルーヴのどちらを中心に据えるか。
「Honey」では後者を選び、伴奏との混ざり方まで考えました。

画像:ソニーミュージック公式アーティストページ。
言葉数の多い「Wake Up」で、急がずにメロウさを残す
SKY-HIが参加した「Wake Up feat. SKY-HI」は、歌詞の言葉数が多い曲です。
黒沢は、情報が多いからこそ、メッセージだけが前へ押し出される歌にはしたくなかったと話しています。
重視したのはメロウさで、その結果としてテンポの感じ方も独特になったという説明でした。
これは「言葉をはっきり発音するか、曖昧にするか」という単純な二択ではありません。
言葉の意味を伝えながら、拍の流れも失わないようにする選択です。
音節を全部同じ強さで並べれば、歌は説明文の読み上げに近づきます。
逆に音をなめらかにつなぐことだけを優先すると、何を歌っているか届きにくくなる。
黒沢の「メロウネスを出したかった」という言葉は、この間に声を置こうとした意図として読めます。
言葉の密度を増やしたときも、声の勢いで押し切るのではなく、曲のゆるやかさを残す。
その狙いを知ると、言葉が多いから速く歌うしかない、という見方から離れて聴くことができます。
「薫風」は、張れるところで張らなかった
「薫風」について黒沢は、自分のバラードの中でも特に抑えて歌った曲だと語りました。
曲のキーを考えれば、声を強く抜く歌い方もできた。
それでもその選択をせず、新しい扉が開いたように感じたそうです。
作詞した松尾潔から、黒沢の歌によって歌詞の別の面が分かったと言われたことも、取材で振り返っています。
ここで面白いのは、抑えることが単なる「弱く歌う」に終わっていない点です。
黒沢はこの曲で、日本語の叙情とR&Bのメロウさの間を狙ったと説明しています。
思いを大きく叫ぶ代わりに、言葉と旋律の距離を近づける。
本人が手応えを感じたのは、控えめな声が歌詞を薄くするどころか、別の意味を浮かび上がらせたことでした。
コーラスを増やしすぎない理由も、声の置き場所にある
「抑える」という発想は、ソロ曲の背景にも見えます。
2015年、三浦大知との「Supernova」について、黒沢はソロのコーラスを三声以上にしないと決めていると話しました。
ゴスペラーズの五人で作るふくよかさとは違い、シンプルな強さを出したかったためです。
一人で歌うから背景を何層にも重ねる、とはしなかった。
デュエットの相手が声を置ける空間と、主旋律を聴き分けられる空間を残す考え方です。
これは「Honey」で歌の音量を下げた判断とは方法が違いますが、曲の中で声が多すぎない場所を選ぶという点ではつながります。
五人で歌う仕事を持つ黒沢だからこそ、ソロでは同じ厚みを再現しない理由をはっきり説明できるのでしょう。
同じ2015年の「愛とは… duet with Ms.OOJA」では、相手を選ぶ基準も印象的です。
黒沢が評価していたのは、Ms.OOJAの歌唱力に加え、言葉を伝える力でした。
長く一緒にいる二人が、互いの違いをすり合わせながら関係を続ける歌を、その声で表現したかったと説明しています。
二人の声を足して華やかにするだけでは、こうした物語は描き切れません。
同じ言葉でも、どちらの立場から届けるかで、願いにも返事にも聞こえます。
相手の歌を受け、自分の言葉をどんな温度で返すか。
黒沢が曲を作る段階で共演者の言葉の伝え方まで考えたことは、声を重ねる仕事に、音程をそろえる以上の意味があると教えてくれます。

画像:ゴスペラーズ公式特設ページ。
カバー曲では「自分の声」と原曲の間を探す
2025年に発表した「いとしのエリー」のカバーでも、黒沢は声の出し方を曲に合わせて選んでいます。
公式のセルフライナーノーツで、桑田佳祐の物まねにはしたくなかったと記しました。
R&Bやクラシックロック、レイ・チャールズによるカバーなどを参考にし、テレビ番組で歌った際の勢いとは違って、録音では丁寧に歌ったと振り返っています。
原曲から離れすぎても、そっくりにしても、自分が歌う意味は弱くなります。
黒沢は別の取材で、カバーでは同じ過ぎるとカラオケになり、変え過ぎると原曲を好きな人が納得しない、その距離感が重要だと説明しました。
「いとしのエリー」の方法は、原曲への敬意と黒沢自身の歌を両立させる、具体的な選択の一例です。
「獣ゆく細道」では、速度と楽器の数から変えた
同じ2025年のEP『Singaholic』で中西アルノと歌った「獣ゆく細道」では、さらに曲の姿を変えています。
原曲は椎名林檎と宮本浩次による歌で、大きな編成の伴奏も特徴です。
黒沢はその熱量をどう表すか悩んだ末、楽器の数を抑え、テンポも落とす方法を選んだと公式ライナーノーツに記しました。
その結果、曲にあるメロウさやクールさを表せたと本人は考えています。
力強い原曲に向かうとき、同じ勢いで張り合う以外にも道はある。
伴奏の密度や言葉を運ぶ時間を変えれば、同じ詞と旋律でも、声に任される役割が変わります。
「薫風」で歌唱を抑えた判断を、別の曲では編曲から考えているのです。
黒沢薫の歌い方を一つの発声法として固定すると、この面白さを見落とします。
言葉が多い曲ではメロウさを残し、バラードでは張れる声を抑え、コーラスでは声数を減らす。
高い声を持っていることと、常に高い声を主役にすることは別なのです。
こうした選択がどのように育ったかは、黒沢薫の歌唱変遷で2005年のソロ始動からたどれます。







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