田中和将の歌は、強く歌えるところで、いつも力を押し出すわけではありません。
「ねずみ浄土」では裏声を選び、「開花」では声を重ね、「天使ちゃん」では語るようなリズムを曲の中心に置いています。
声の強さを一律に高めるより、曲にどれくらいの熱を持たせるかを選ぶ歌い方です。
その選択は、地声と裏声の使い分けだけでは完結しません。
日本語になる前の仮の歌、ギターを弾きながら歌う難しさ、伴奏が減った時の言葉の届け方までつながっています。
田中が声を決めていく過程を、曲ごとの具体例から見ていきましょう。
裏声を選ぶと、曲に持たせる熱が変わる
「ねずみ浄土」の裏声は、高音を処理する方法としてだけ考えると、狙いを見落とします。
田中が語っているのは、歌が必要以上に暑苦しく、古めかしい方向へ傾くのを避けたいということです。
同じ旋律でも、どんな声で置くかによって曲の印象が変わると捉えているのです。
2024年3月の公演でも、「ねずみ浄土」の裏声を軸にした歌と、鋭いバンド演奏が作る緊張感が評されています。
一方、同じ公演の「それは永遠」では、涼やかなギターと透明感のある歌声の組み合わせが印象づけられていました。
裏声を使うことも、澄んだ声で届けることも、伴奏の性格と結びついています。
裏声を、弱い歌や感情の薄い歌と決めてしまうと、この使い分けは理解しにくくなります。
声の押し出しを抑えても、演奏との間に緊張感は生まれます。
歌がどれほど強いかに加えて、その強さを声と楽器のどちらが担っているかに注目したいところです。
「開花」では、高い声も低い声も曲を組み立てる
アカペラの「開花」では、主旋律の声にハーモニーを重ね、同じ声を二重にしたり、高い音や低い音だけを録ったりしています。
田中は、きっちり埋め尽くすのでなく、余白や遊びを持たせようとしていました。
一人の歌を太く見せるだけでなく、複数の声の関係を作る録音です。
ギターで作曲する田中にとって、アカペラは慣れた形式ではありませんでした。
伴奏がないため、声の重なりや、声が入らない部分までが曲の形になります。
高低の声は、主旋律の難所を越えるためだけでなく、曲の中の別々の役割を受け持っています。
「ねずみ浄土」では、裏声と楽器の組み合わせが焦点でした。
「開花」では、声同士の組み合わせが焦点になります。
声区の名前を付けるだけでなく、その声が周囲の音と何を作っているかを見ると、田中の選択が具体的に分かります。
仮の英語から、日本語を歌う自分の声へ
曲を作るセッションで、田中は仮の英語を使って歌います。
単にラララと歌うよりも、言葉らしい音を使うほうが、リズムや曲調について多くの情報を渡せるからです。
この段階では、外国の歌手を思い描いたような声で歌っていることもあります。
ところが、日本語の歌詞が完成して録音に入ると、自分の歌としての声が決まっていく。
田中自身、歌う当日になって初めて分かる部分があると話しています。
先に決めた声へ歌詞を当てはめるだけでなく、日本語になった言葉が、最終的な歌い方を変えるのです。
曲作りの仮歌と完成した歌は、同じ旋律でも役割が違います。
仮歌ではバンドにリズムや雰囲気を伝え、完成形では意味を持った日本語を届ける。
声の特徴を考える時にも、どんな音楽を思い浮かべ、どんな言葉を実際に歌っているかが欠かせません。

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「The Long Bright Dark」で思い描いたソウルの声
『Almost there』の「The Long Bright Dark」では、アル・グリーンやカーティス・メイフィールドのような歌い手を思い描いていたと田中は話しています。
そこには忌野清志郎やジェームス・ブラウンのイメージもありました。
一人の声をそっくり再現するより、複数の歌の記憶を曲へ持ち込んでいます。
西川弘剛も、この曲にはソウルの感覚に加えて、ラテン的な展開があると説明しています。
歌い手が思い描く声と、楽器が作る曲の動きが組み合わさっているわけです。
田中の歌を、日本のロックの力強さだけで説明しきれない理由のひとつが、こうした具体的な音楽の引き出しにあります。
歌いやすさは、ギターの隙間でも変わる
「実はもう熟れ」では、当初、サビでもイントロと同じようなギターの刻み方を続ける案がありました。
しかし、それでは歌いにくく、音も多く感じられたため、ギターに隙間を作る方向へ変えています。
田中は、その形でも弾きながら歌うのは難しいと話しています。
自分が弾くギターの動きと、声で運ぶ旋律を、同時に成立させるために楽器側を変えたわけです。
声をもっと頑張らせる前に、歌が入れる場所を伴奏の中に作るという考え方が見えます。
ギターを弾く田中と、歌う田中を分けて考えるだけでは、この工夫は見えにくくなります。
伴奏を減らすことが、歌の存在感を弱めるとは限らない。
声を届けるために楽器側を調整することも、この人の歌い方を形作っています。
「天使ちゃん」は、語る調子を音楽へ変える
「天使ちゃん」の制作では、ダンスミュージックやソウルの感覚と、語るような歌が結びついています。
日本語を音楽に乗せる手がかりとして、セッションに英語の本を持ち込み、抑揚を付けて読んでみたという試みもありました。
音の高さだけでなく、文章を話す時の調子からリズムを探ったのです。
英語の発音を完成した日本語へそのまま移す、という単純な話ではありません。
言葉がどこで弾み、どんな調子で続くと音楽になるかを、別の言語でも試している。
旋律を大きく歌い上げる以外の方法で、声が曲を進めていく例です。
伴奏が減ると、言葉の届け方が前に出る
2019年3月、両国国技館での弾き語りでは、「風待ち」をゆっくりとギターをつま弾きながら歌い、言葉を丁寧に届ける姿が記録されています。
「光について」でも、感情を大きく振りかざすより、抑えた歌の中に切実さが感じられる公演でした。
普段のバンドとは違う編成で、歌の強さの作り方も変わっています。
裏声で熱を調整すること、声を重ねること、日本語の調子を探すこと、楽器に隙間を作ること。
それぞれの方法をたどると、田中は曲に必要な強さを、声量ひとつに任せていないと分かります。
その時の曲と編成に合う場所へ声を置くことが、長く聴きたくなる歌を作っているのでしょう。
初期の高いキーへのこだわりから、こうした選択肢が増えてきた過程は、田中和将(GRAPEVINE)の歌唱変遷で扱っています。
同じ歌手の声でも、何を熱く届け、どこで力を引くかを追うと、曲ごとの違いがもっとはっきり見えてきます。

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