伊藤美来の歌い方・発声|ささやく声、高音の質感、息で作る近さ

『Rhythmic Flavor』発表時の伊藤美来 シンガー
『Rhythmic Flavor』発表時の伊藤美来

伊藤美来は「点と線」の録音で、続く高音を耳にすっと入る声にしたいと考えた。
そこで試したのが、ウィスパーに近い柔らかな声質だった。
ほかの楽器と調和することも、この曲で声を選ぶための大事な基準になっている。

伊藤の歌には、ささやくように歌う曲もあれば、自分の話し声に近いところで歌う曲もある。
2026年の「織姫な恋心」では、息を多めにした声にもこだわった。
それぞれの曲で、声の強さや質感をどのように選んでいるのだろう。

「vivace」では、小さく淡々とささやく声を選ぶ

2020年の「vivace」は、Charaが作詞・作曲し、Kai Takahashiが編曲した楽曲だ。
伊藤は制作にあたり、いつもと違う大人っぽい自分を表したいと伝えていた。
その歌を録る時に、Charaから、ささやく感じで歌うことを提案されている。

準備の段階でも、先に曲を覚えてスタジオに入る方法とは違っていた。
Charaが目の前でギタレレを弾きながら歌い、伊藤はその場で一つずつフレーズを覚えていったという。
譜面や録音だけで曲を受け取るよりも、作り手が言葉を声にする瞬間に近いところから、この歌への取り組みが始まっていた。

研修生だった頃の伊藤には、歌う時はお腹に力を入れて、しっかり声を出すというイメージがあった。
「vivace」ではそこに、小さな声で淡々と歌うという方法が加わる。
本人は、ささやく歌が大人の魅力につながることを、この録音で実感したと話している。

ここでの声の強さは、曲で見せたい人物像と結びついている。
Charaの曲を、自分の声でどう表すかという課題の中から、小さく語るような歌い方を探していった。

ただ、伊藤にとって、その声を自然に自分の中から出すことは難しかった。
この曲のささやきには、新しい声の表情を身につけようとする試行がある。

『Rhythmic Flavor』発表時の伊藤美来
『Rhythmic Flavor』発表時の伊藤美来。
画像出典:写真掲載元

「laid back」は、座って話すような声と距離感を作る

2023年のアルバム『This One’s for You』は、「laid back」から始まる。
制作の出発点にあったのは、伊藤が息を吸うところからアルバムを始めたい、というディレクターの提案だった。
作品に入る最初の瞬間から、歌う人の息を置こうとしたのである。

アルバムには、聴く人を肯定する言葉を贈りたいという伊藤の思いもある。
そこで入口の曲は、賑やかに始めるより、歌詞と音がすっと入ってくるものを選んだ。
伊藤は、この始まりで作品をどう聴けばよいか感じ取ってもらえると考えていた。
話すような声の近さには、聴き手を柔らかく迎え入れる役割もあったのだ。

伊藤は、この曲を座って歌っている。
意識したのは、聴く人との近さや距離感だった。
語りかけるように、自分がしゃべっている時に自然に出るくらいの声質を使ったと説明している。

「vivace」で新しく試したのは、淡々と小さくささやく歌だった。
「laid back」では、自分の日常の話し声に近いところを、歌に持ち込んでいる。
二つの曲では、柔らかい声を選ぶ時の手がかりが違う。

座って録ったという制作の様子も、本人が求めたリラックスした感覚と合わせるとわかりやすい。
近さを意識しながら、自然に話すくらいの声で、曲に向き合っていた。
楽器も近くに感じられるアレンジが、伊藤にとってこの歌の雰囲気に合っていたという。

『This One’s for You』発表時の伊藤美来
『This One’s for You』発表時の伊藤美来。
画像出典:写真掲載元

「点と線」の高音は、楽器と調和する声質を探した

「点と線」には、高音が続く中で、すっと耳に入ってくるように歌う狙いがあった。
伊藤と制作陣が考えたのは、ふわっとした、ウィスパーに近い声質だ。
歌詞を届ける声も、曲の中の楽器の一つとして捉えていた。

だから、この曲では、ほかの楽器と調和するかどうかが声の選び方につながっている。
伊藤は地声で歌うことも含めて、いろいろ試したと話している。
高音という高さだけで方法を決めず、伴奏の中で求める質感を探していたことがわかる。

三拍子の曲で、サビでは伴奏のリズムも複雑になる。
伊藤自身、録音では相当苦戦し、その場で話し合いながら丁寧に作ったという。
柔らかな声で歌うことにも、曲の構造を受け止める難しさがあった。

Dメロの3声になる部分も、録音の場で調整し、時間をかけている。
伊藤は、その部分を、いろいろなところから声が浮かぶような、宇宙の感覚が強い箇所として捉えていた。
録音で声を重ねた時の広がりも、この曲で作りたかった雰囲気につながっている。

高音の声質と、Dメロで重なる声。
「点と線」は、その両方を相談しながら、曲全体に声を馴染ませていった例だ。

「プラリネ」は、気持ちがほどける様子を柔らかな声にする

2026年の『39rpm』に収めた「プラリネ」でも、伊藤は柔らかな声質を意識している。
ここで歌うのは、夜、一人になって一日を振り返るような小さな時間だ。
作詞の桜アス恵は、仕事の場で張っている膜が家でほどける様子を、チョコレートのドームが溶ける姿に重ねて曲の考え方を伝えたという。

伊藤自身も、日々の中で自然に作ってきた「こうしなければ」という決まりを解ける曲にしてもらえたことを喜んでいた。
歌うときには、以前食べたプラリネのケーキが口の中でとろけた感覚も思い出したそうだ。
声を柔らかくするために、食感や、一人でほっとする時間の感覚まで手掛かりにしている。

「laid back」の自然な話し声に対して、こちらは気持ちがほどけていく様子を声の質感に重ねた例だ。
同じ柔らかさを目指しても、歌詞の中でどんな時間を過ごしているかによって、本人が思い浮かべるものは変わる。

「織姫な恋心」は、息を多めにして質感を合わせる

2026年のアルバム『39rpm』に収録された「織姫な恋心」では、声に混ぜる息も、本人が意識した要素になっている。
伊藤は、曲の柔らかさや浮遊感に合わせるため、息を多めにして歌ったと話している。
聴く人に馴染む声を目指し、何度も録り直したという。

歌詞にあるのは、相手の気持ちが読めず、少しすねながらも恋を楽しんでいる人物の気持ちだ。
伊藤は、そのかわいらしさと、浮遊感のある音楽に合う声の質感を探している。
息を多めにするという選択にも、その曲ならではの理由があった。

この曲の次には、アルバムの8曲目として「点と線」が続く。
作詞・作曲のやぎぬまかなは、その並びも意識して曲を作っていたという。
伊藤がそれぞれの録音で探った、柔らかさや浮遊感のある声は、こうして曲から曲へ移るときの雰囲気にもつながっている。

「vivace」のささやき、「laid back」の話し声に近い声質、「点と線」の高音での調和。
そこに、「織姫な恋心」では、息の量を意識して質感を作るという具体例が加わる。
伊藤の柔らかな歌には、こうした曲ごとの選び分けがある。

本人はライブでも、自分に出しやすい音や伝え方を知ることで、CDとは違う歌い方を判断できるようになったと語っている。
その時々の自分の声と、曲が求める表情の両方を考える。
ささやき、話し声の近さ、高音の質感、息の量は、そのために使える選択肢になっている。
歌い方を自分で選べるようになるまでの過程は、伊藤美来の歌唱変遷でたどっている。

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