上白石萌音の歌声はどう変わった?『舞妓はレディ』から『texte』まで

上白石萌音の歌声の変化をたどる記事のアイキャッチ シンガー

上白石萌音さんは、年齢とともに派手な歌い方へ変わった歌手ではありません。
むしろ十年かけて、歌声を話し声へ近づけ、言葉の重心を深くしてきました。

その変化が最もよく表れたのが、歌手デビュー時と十周年に二度録音した『なんでもないや』です。
初期の歌唱を本人は真っすぐだったと振り返り、十年後には同じ曲を「重心を下げて」歌い直しました。

歌える曲が増えただけではありません。
役として歌う少女から、作り手の言葉を預かる歌手へ進み、最後には演じることと歌うことを一つの仕事として捉えるようになっています。

2014年、『舞妓はレディ』では歌が役の中にあった

上白石さんの歌手活動を2016年から始まったものとして見ると、大切な前史を見落とします。
小学一年生からミュージカルスクールに通い、2011年の東宝シンデレラオーディションを経て、2014年には歌と芝居が一体になった映画『舞妓はレディ』で主演しました。

当時の歌は、上白石萌音という歌手を見せるためのものではありません。
地方から京都へ来た少女が言葉や作法を覚え、物語の中で変わっていく過程を、台詞の延長として歌うものでした。

本人も、もともとは歌手より舞台俳優を目指しており、「作品の中で歌うこと」が先にあったと話しています。
後年まで続く、役を作ってから声を選ぶ姿勢は、CDデビューより前にできていたのです。

この時点では、歌声を本人のブランドとして確立する必要がありませんでした。
誰かの人生へ入り、その人物の言葉を音楽へ渡すことが歌の役割でした。

2016年、『chouchou』は他人の名曲で自分を知る出発点になった

2016年の『chouchou』は、映画やアニメに関わる楽曲を集めたカバーミニアルバムです。
『君の名は。』で声を演じた直後に『なんでもないや』を歌ったことが、歌手として大きな入口になりました。

歌手デビュー期に映画の物語を歌へつないだ上白石萌音

ここでも、完全な自己表現から始めていない点が上白石さんらしいところです。
すでに物語を持つ曲へ入り、原曲への敬意を残しながら、自分の年齢と経験で言える言葉を探しました。

本人は後に、当時の『なんでもないや』を、練習とテイクを重ねた真っすぐな歌唱だったと振り返っています。
まだ十代の声は、役と曲へ迷いなく向かう一方、自分が歌う意味を毎回問い直す余白も残していました。

歌手デビュー時の宣伝で掲げられた「演じるように歌う」という言葉は、単なる売り文句ではありませんでした。
俳優として先に身につけた方法を、カバー曲の中へ移した最初の作品だったのです。

2017年から2019年、オリジナル曲で「自分の名前」が前へ出た

カバーは、作品や原曲という役を用意してくれます。
しかし2017年の『and…』では、上白石萌音のために書かれた曲を、上白石萌音の名前で歌わなければなりませんでした。

本人は収録曲を、それぞれ役作りするような感覚で歌ったと語っています。
俳優の方法は残っていますが、借りられる完成済みの人物はいません。
曲から想像した八人分の心を、自分の中で立ち上げる必要がありました。

この作業を通じ、オリジナル曲を歌うことで一つ解き放たれた感覚が生まれます。
誰かの名唱へ寄り添うだけでなく、これから年齢を重ねることで、自分の歌の意味が変わっていく面白さに気づいた時期です。

2019年の『i』では、爽やかなポップスだけでなく、恋の駆け引きやロックの質感など、従来の穏やかなイメージから離れた曲も増えました。
声を派手に装飾したのではなく、一曲ごとに別の人物を置く方法が、カバー以外でも機能し始めます。

2020年、『note』で柔らかな声の外側へ押し出された

初のオリジナルフルアルバム『note』には、異なる個性を持つ作家が集まりました。
上白石さんの柔らかな声を生かすだけでなく、本人の中にある強い芯、迷い、ロックの衝動まで曲によって引き出しています。

『From The Seeds』では、普段とは違うロックの歌唱と、身体を動かしながら表現する映像に挑みました。
提供者の世界へ入る俳優的な方法を使いつつ、声の強さを隠さない選択肢が増えます。

一方で『夜明けをくちずさめたら』のような曲では、孤独を大声で説明せず、聴く人が自分の感情を重ねられる余白を残しました。
強く歌えるようになったことと、強さを見せない判断が同時に育っています。

この時期の変化は、声量や音域だけでは測れません。
どの作家の曲でも同じ「透明感」へ戻すのではなく、柔らかさを土台にしたまま、曲ごとに違う角度から押されても歌手として立てるようになりました。

現在の声の仕組みと、話すような歌唱の考え方は、上白石萌音さんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。

2021年から2023年、ライブで俳優と歌手を分けなくなった

2021年から続く『yattokosa』ツアーは、作品を出すだけでなく、歌手として各地の聴き手と向き合う場所になりました。
カバー、オリジナル、舞台曲を同じ公演へ置くことで、それまで別々に見えていた活動が一つの流れになります。

2023年の日本武道館では、歌手としての出発点である『なんでもないや』から始め、舞台で演じた役の曲も歌いました。
本人は、役として歌うことの方が自分には身近だとしたうえで、歌手と舞台俳優の両方を一つの公演へ入れています。

武道館で俳優と歌手の歩みを一つの公演へまとめた上白石萌音

舞台では人物として歌い、ライブでは本人へ戻るという単純な区別ではありません。
ライブの中に劇場の場面を作り、反対にポップスでも一曲の人物を演じることで、二つの活動が互いの方法を交換し始めました。

山崎育三郎さんの歌唱変遷でも、舞台の声をポップスの距離へ戻す過程が見られます。
上白石さんの場合は、大きな舞台声を小さくするより、役として歌う方法を本人名義の曲へ少しずつ開いていったことが中心です。

2024年、『kibi』では他人の言葉と自分の言葉の境目が薄くなった

『kibi』は、一日の時間の流れに沿って、暮らしの中の小さな感情をたどるアルバムです。
同世代の作家との共同作業が増え、上白石さん自身も複数の曲で作詞へ関わりました。

大きな物語の主人公になる歌から、誰にも見せない傷、朝の気分、何気ない会話を扱う歌へ重心が移ります。
ここで必要なのは、舞台の奥まで感情を届ける声ではなく、近くにいる一人が自分の話だと思える温度です。

歌声も、明確な見せ場を作るために動くより、言葉の小さな起伏を残す方向へ深まりました。
本人が「水みたいな歌声」を理想として受け入れ始めた時期と重なり、特徴を足すのではなく、色を変えられることを個性として認めています。

これは、自分が消えたという意味ではありません。
他者の言葉を正確に運ぶ力と、自分で言葉を書く経験が重なり、どこまでが役でどこからが本人かを分ける必要がなくなったのです。

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2026年、『texte』で十年前の自分と同じ曲を歌い直した

歌手デビュー十周年の『texte』は、新しさだけを求めず、デビュー作『chouchou』と同じ「映像作品の音楽」という場所へ戻りました。
タイトルには本文や原文という意味があり、歌詞を台詞として読む現在の姿勢にもつながっています。

最も象徴的なのが、『なんでもないや』の再録です。
十年前の録音を本人は真っすぐで良いと認めたうえで、現在は歌詞が大人の歌だったと感じ、重心を下げて歌いました。

昔の未熟さを消して完成版へ置き換えたわけではありません。
十代にしか歌えなかった真っすぐさを残しながら、経験した時間が一語ずつに明かりを足したと捉えています。

十年後にたどり着いた結論は、技巧を前へ出すことではなく、話しているように歌えた時が最もしっくりくるというものでした。
歌詞の意味が先にあり、そのために音がある。
俳優と歌手が別々の技術ではなく、同じ言葉を届ける仕事としてつながりました。

変わったのは透明感ではなく、透明な声へ入れられる時間だった

上白石さんの初期と現在には、柔らかさ、明瞭な日本語、役へ寄り添う姿勢という共通点があります。
声の個性を塗り替えたのではなく、同じ透明な器へ入れられる経験が増えました。

2014年には役の中で歌い、2016年には映画の曲を借りて歌手として歩き始めました。
オリジナル曲では自分の名前で人物を作り、『note』では多様な作家によって声の外側へ押し出されます。

ツアーと武道館では、舞台曲とポップスを同じ公演へまとめました。
『kibi』では暮らしの言葉へ近づき、『texte』では原点の曲を現在の重心で歌い直しています。

変化を「歌が上手くなった」の一言でまとめると、この面白さは消えてしまいます。
上白石萌音さんの十年は、上手さを見せる声を作る歴史ではなく、他人の言葉と自分の時間を同じ声へ入れられるようになった歴史です。

まとめ

上白石萌音さんの歌唱変遷は、俳優の歌から本物の歌手へ変わったという物語ではありません。
最初から役の中で歌う力を持ち、その方法をカバー、オリジナル曲、ライブ、自作詞へ広げてきました。

『chouchou』の真っすぐな歌声は、『note』で異なる作家に押し広げられ、『kibi』では暮らしの細部へ近づきます。
十周年の『texte』では『なんでもないや』を重心の低い現在の声で再録し、演じることと歌うことが地続きだと確かめました。

変わらず残ったのは、曲より自分を目立たせるのではなく、言葉の良い媒介者であろうとする姿勢です。
その姿勢を保ったまま、透明な声へ入る役、作り手、経験が増えたことが、上白石萌音さんの歌声の進化だと言えるでしょう。

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