NiziU・NINAさんの歌声は、デビュー前から高音という明確な武器を持っていました。
そのため、昔は歌えなかった人が技術を身につけた、という成長物語には当てはまりません。
最も大きく変わったのは、高音を「自分が選ばれるための証明」として歌う段階から、九人の曲に必要な強さへ調整する段階へ進んだことです。
オーディションでは一音の成功が次の審査を左右しましたが、現在は強く歌える場所でも、感情に合わせてあえて柔らかくする選択をしています。
この記事では、何度も不合格を経験しながら歌を諦めなかった時期、『Nizi Project』で高音担当として注目された時期、NiziUのグループ活動と韓国デビューを経た現在までをたどります。
Nizi Project以前、歌は「断られても手放さなかったもの」だった
NINAさんは、『Nizi Project』に参加する前から複数のオーディションを受け、不合格も経験していました。
それでも「もっと頑張って、もっといいところを見せよう」という気持ちを軸に、歌を諦めませんでした。
後年、本人が「歌を諦めなくてよかった」と振り返ったことで、オーディション初登場時の印象は少し変わります。
最初から迷いなく高音を出せる天才が突然現れたのではありません。
断られた経験を抱えながら、自分を見てもらうたびに歌で答えようとしてきた人でした。
仙台の地域予選では、安田レイの「Brand New Day」を披露し、声だけでなく、自分の個性が歌に現れている点を高く評価されました。
ここでの武器は高音そのものと同時に、「歌っている時は自分が何者かを迷わない」強さだったのです。
2020年、圧倒的な高音とダンスの課題が同時に見つかった
東京合宿では、歌唱力への期待とダンス面の厳しい評価が同時に押し寄せました。
歌だけなら強い。しかし、踊りながら九人の一人として見せるには改善点が多い。
NINAさんは、長所がはっきりしているからこそ、弱点も隠れない候補者でした。
韓国合宿では、チームメンバーと練習を重ね、ダンスの成長も認められます。
同時に、高音を担当できることは、デビューグループを作るうえで大きな利点だと評価されました。
この時期の高音は、まず選ばれるための証明です。
審査の難所で失敗せず、チームの見せ場を成立させることが、自分の居場所につながっていました。

2020年から2021年、高音担当がグループの流れを作る役割へ変わった
NiziUとしてのデビュー後、NINAさんの高音は個人審査の結果ではなく、楽曲全体の構成を支えるものになります。
「Poppin' Shakin'」では、Cメロから大サビへ向かう流れの中で、柔らかな歌声を受け取り、パワフルな声で曲を開く役割が注目されました。
一人で一曲を完成させるオーディションと違い、グループ曲では数秒のパートが前後の声を変えます。
NINAさんの強い声が入ることで、その前の静けさが深くなり、その後の全員のサビが大きく感じられます。
初アルバム『U』では、明るく元気な曲だけでなく、ミディアムバラードにも挑戦しました。
本人も、かわいい、かっこいいのどちらかではない「NiziUのコンセプト」を見せられる作品だと語っています。
高音の一撃だけで記憶される段階から、曲調に応じて九人の声の中へ入る段階へ進み始めた時期です。
2022年、強い歌声をダンスと一緒に運ぶ経験が増えた
「CLAP CLAP」の時期には、ロック感のある曲調と激しいパフォーマンスが前面に出ました。
オーディションで別々に評価されていた歌とダンスを、一つのステージで同時に成立させる経験が増えていきます。
ただし、映像だけを見て息の使い方や声帯の状態を断定することはできません。
確認できるのは、ダンスが弱点として語られた候補者が、グループの強いコンセプトを担う一人として継続的に舞台へ立つようになったという活動上の変化です。
ファンから見ても、NINAさんは高音担当としてだけでなく、踊りながら歌を安定させる存在として認識されるようになりました。
高い音を出す瞬間だけではなく、その音へ向かう数十秒をステージとして保つことが仕事になったのです。
2023年の韓国デビューで、もう一度「新人」になった
NiziUは2023年、「HEARTRIS」で韓国デビューしました。
日本で三年間活動した実績があっても、言語、番組、カメラの見せ方が異なる環境では、もう一度新人のように学ぶ必要があります。
後にNINAさんは、韓国での活動を重ねる中で、ステージやカメラの前でより自然に表現でき、以前より自信を持って歌えるようになったと振り返りました。
韓国語での受け答えも自然になり、歌以外の場面を含めて成長を実感しています。
ここでの変化は、高音域がさらに上がったという単純なものではありません。
自分の声を異なる制作環境へ合わせながら、グループの魅力を自然に見せる余裕が生まれたことです。
2024年から2025年、ソロ歌唱で高音以外の時間を引き受けた
誕生日企画の「Baby I」と「Best Friend」は、NINAさんが一曲を一人で進める公式カバーです。
グループでは数秒の高音で曲を動かせますが、ソロでは低い音、静かな語り出し、サビまでの感情も自分で保たなければなりません。
「Baby I」は、華やかで高い音域を含む楽曲です。
翌年の「Best Friend」は、歌唱力を競うより、友人への思いを穏やかに届ける曲でした。
選曲の違いそのものが、NINAさんに期待される役割が高音の実演だけではなくなったことを示しています。
さらに2025年には、公式歌唱企画でNiziUの曲、R&B、バラードを一人で歌う機会を得ました。
これは発声の種類を外から断定する材料ではありませんが、グループのパート割を離れても、異なる曲調を一つの時間として担う現在の姿を確認できます。
LOVE LINEで、高音は「出すもの」から「強さを選ぶもの」になった
2025年の「LOVE LINE」は、NINAさんの歌唱の変遷を本人の言葉で確認できる転機です。
曲全体の音域が高いため、高音を強く聞かせすぎず、ときめく感情を残すことを意識しました。
少し笑顔を作り、音色を柔らかくすることも本人なりの工夫でした。
オーディションでは、高音を失敗しないことが評価につながりました。
五年後は、その高音が目立ちすぎないように自分で調整しています。
これは力を失った変化ではありません。
強く歌えることを前提に、曲の感情に必要な分だけ使う余裕が生まれた変化です。
NINAさんの現在の歌い方と高音の調整力では、この「強くしすぎない」選択を発声分析側の視点から詳しく整理しています。

2026年、末っ子の歌に責任感が加わった
デビュー五周年を越えたNINAさんは、以前は人に頼ってよいと思っていた時期があったと振り返っています。
現在は、自分の考えに自信を持ち、自分の行動に責任を持てるようになったと感じています。
その言葉は、歌唱の変化とも重なります。
オーディション期は、与えられた難所を成功させることで自分の価値を証明しました。
現在は、強く歌うか、柔らかくするか、九人の中でどこまで前へ出るかを自分で引き受けます。
「9 colors」を自分を象徴する曲に挙げたことも印象的です。
個人の高音を見せる曲ではなく、九人とファンのつながりを歌う作品に自分を重ねています。
高音担当という役割が消えたのではありません。
その役割を、選ばれるための証明ではなく、誰かと一緒に曲を完成させる責任として持てるようになりました。
変わらず残ったのは、歌うことだけは諦めない姿勢
NINAさんの歌声は、デビュー前と現在で別人になったわけではありません。
明るく伸びる高音、曲の終盤を持ち上げる力、歌う場面で迷いが消える印象は、オーディション初期からありました。
変わったのは、その力を何のために使うかです。
審査では次へ進むために歌い、デビュー後は九人の曲を支え、現在は自分の強さを抑える判断まで引き受けています。
何度断られても歌を手放さなかった過去と、五年後に自信と責任を語る現在は一本につながります。
諦めなかったから高音が出るようになったのではなく、諦めなかったから、その高音の使い方を長い時間かけて増やせたのです。
まとめ
NINAさんの歌唱の変遷は、音域を広げただけの物語ではありません。
早くから持っていた高音が、選ばれるための証明から、九人の楽曲を支える役割へ変わり、現在は曲に合わせて強さを選べる表現になりました。
オーディションでは歌唱力とダンスの課題を同時に抱え、デビュー後はグループの流れを作る声を担当しました。
韓国デビューとソロ歌唱を経て、「LOVE LINE」では高音を強くしすぎない工夫を自分の言葉で説明しています。
変わらず残っているのは、歌を諦めない姿勢です。
その姿勢が、目立つ一音を成功させる力から、曲全体の感情と仲間の声を考えて選ぶ力へ広がったことが、NINAさんの最も大きな進化です。
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