苑(摩天楼オペラ)の歌声の変遷|シャウトの獲得と、小さく歌う経験が変えた表現

苑(2024年公開のパーソナルインタビュー掲載写真/撮影:高瀬博) シンガー
苑(2024年公開のパーソナルインタビュー掲載写真/撮影:高瀬博)

摩天楼オペラの苑の歌には、ライブで得た力強さと、ソロ活動で知った小さな声の両方が生きている。
本人の言葉をたどると、声をどう出し、それを曲の中でどう使うかが、作品ごとに変わってきたことが分かる。

2014年には、ライブのしゃがれた声を録音に残せるようになった。
2019年には、小さく歌う経験があったからこそ歌えたという曲が生まれる。
その間には、高い音を押し出すより、自分の表現に合うキーを選んだ曲もある。
攻撃的な声を選び直した『EVIL』や、バンドの外から求められた歌までたどると、歌い方を増やすだけでなく、使い分けてきた歩みが見えてくる。

「見知らぬ背中」(2019年、『Human Dignity』収録)の権利者提供音源。

2014年『AVALON』、ライブのしゃがれ方を録音に持ち込めた

2014年9月発売の『AVALON』について、苑はVifの取材で、歌い方の幅が増し、その成果を作品に収められたと語っている。
以前の録音では、ライブならではのしゃがれ方やシャウトの感触を、同じようには入れられなかったという。

この作品では、その力強さを出せた。
本人は、喉が鳴るようなシャウトを会得したとも説明していた。
新しく出せるようになった声を、録音の中で使えるようになったのである。

具体例に挙げた一つが、「クロスカウンターを狙え」のAメロに入る直前だ。
アルバム全体が力強くなったという印象にとどまらず、本人が声の変化を示す場所を挙げている点が興味深い。

「クロスカウンターを狙え」(2014年、『AVALON』収録)の権利者提供音源。

ライブで生まれた歌い方を作品に持ち帰ることが、この時期の一つの成果だった。
すでに舞台では使っていた声を、録音でも納得できる形にする。
本人の説明からは、歌えるようになることと、作品に収められることの間にあった試行がうかがえる。

摩天楼オペラ(2014年公開の『AVALON』インタビュー掲載写真)
摩天楼オペラ(2014年公開の『AVALON』インタビュー掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

2015年「Round & Round」、高さより表現しやすさを選ぶ

翌2015年のシングル『ether』に収録された「Round & Round」では、違う方向から声の使い方を考えていた。
激ロックの取材で苑は、高すぎず、自分の表現したいことを歌いやすいキーだったと話している。
Aメロに込めた艶のある雰囲気についても、うまくできたという手応えを示した。

「Round & Round」(2015年、シングル『ether』収録)の権利者提供音源。

高い声を持っていても、いつも高さを目立たせる必要はない。
この曲では、歌いやすい高さが、狙った表情を作るための条件になっている。
『AVALON』で強い声を録音に持ち込めた後も、進む先は力強さ一つには絞られていなかった。

同じ取材で、苑は「蟻の行進」の歌にも触れている。
こちらでは、作り込まれた美しさより人間の生々しさが合うと考え、冒頭のシャウトにライブの感触を持ち込んだという。
同じシングルの中で、艶を出しやすいキーを生かす曲と、舞台の生々しさを残す曲を歌い分けていたのである。

2019年「見知らぬ背中」、ソロで小さく歌った経験が生きる

2019年2月発売の『Human Dignity』には、「見知らぬ背中」が収録されている。

アコースティックギター一本と歌だけで、声の細部まで聴こえる曲だ。
苑は「運命交差点」で小さく歌う経験をしたからこそ歌えたと振り返り、以前の自分なら難しかったと話している。

このソロ活動は、もともとポップスとジャズを混ぜた音楽をライブバンドでやりたいという思いから始まった。
2021年のArlequin Magazineの取材では、摩天楼オペラの活動の合間に、その構想を形にしたと振り返っている。
別の音楽を歌う場で得た経験が、バンドの録音にも生きたのだ。

バンドの合間に別の音楽を続けることは、歌手として新しい経験を積む機会にもなった。
ソロとバンドを往復する活動そのものが、表現を育てる場になっていたのである。

2023年『EVIL』、きれいに歌う時期を経て攻撃的な声を選ぶ

2023年12月に発売されたEP『EVIL』では、再び力強い歌い方が前に出た。
2024年のMAKEの取材で苑は、近頃はきれいに歌うことが多かったが、この作品では久しぶりにシャウトや力強い歌唱を取り入れたと説明している。

「EVIL」(2023年発売)の公式ミュージックビデオ(2024年2月12日、EX THEATER ROPPONGI公演で収録)。

その背景には、観客がライブで声を出せるようになり、会場の盛り上がりを考えて激しい曲を中心にしたことがあった。
表題曲「EVIL」についても、最近の曲の中では特に攻撃的な歌い方をしていると話している。

小さな声の経験が加わった後も、激しい声は、必要な曲で選び直せる表現として残っていた。
どんな声を使うかが、作品の狙いと結びついているのだ。

ただし、『EVIL』の全曲を同じ勢いで歌ったわけでもない。
優介が作曲した「舌」では、自分なら作らない旋律の動きに難しさを感じながら、得意とする艶を意識して歌ったという。
自分の歌いやすい動きに置き換えず、作曲者の旋律に表現を乗せている。

「舌」(2023年、EP『EVIL』収録)の公式ミュージックビデオ。

苑(2024年公開の『EVIL』解説インタビュー掲載写真)
苑(2024年公開の『EVIL』解説インタビュー掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

叫ぶ場所を選ぶことも、歌を続ける中で変わってきた

2024年公開のNoGoD・団長とのMAKEの対談では、ライブでの声の使い方にも変化が語られた。
苑は、観客を煽るために声を張るだけでも、その後の曲でキーを取りにくくなることがあると説明している。
そのため、煽ったり叫んだりすることを、なるべく控える方向へ徐々に移ってきたという。

本人は、昔は二人とも必ずシャウトを入れていたとも振り返っていた。
叫ぶ声を使えるようになる経験に加え、どこで使うかを選ぶ経験も積み重なってきたのである。

2026年「Voice in Sadness」、バンドの外でも求められる表情

その幅は、ほかの音楽家が苑に歌を託す理由にもなっている。
2026年の激ロックの取材でKISAKIは、「Voice in Sadness」を苑に依頼した理由を、美しさと儚さを表現してほしかったからだと説明した。

KISAKI「Voice in Sadness」(2026年、歌唱:苑)の公式ミュージックビデオ。

KISAKIが見ていたのは、摩天楼オペラでの歌だけではない。
「運命交差点」で別の音楽を歌い、YouTubeでもさまざまなジャンルに取り組む姿を見ていたという。
その上で、今回も感情を乗せて歌ってくれたと評価している。

作り手が注目していたのは、バンドの枠を越えて歌う姿だった。
ソロで広げた表現は、バンドへ戻るだけでなく、新しい曲を任されるきっかけにもなっていた。
強い声を持つ歌手という印象の先に、曲の美しさや儚さを託せる歌手という信頼が育っていた。

『AVALON』で録音に残せるようになったシャウトと、「運命交差点」を経て歌えたという「見知らぬ背中」。
この二つを並べると、苑の表現が、強く歌う経験と小さく歌う経験の両方から広がってきたことが見える。
曲に必要な声を選び、その歌を届けるためにライブでの使い方も考える。
その積み重ねが、摩天楼オペラの歌声の変遷を形作っている。

裏声のハーモニーや、力を抜いて歌う具体的な工夫は、苑の歌い方で取り上げている。

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