藤ヶ谷太輔の歌い方|「想花」の自然な優しさと、少しためて歌うリズム

2021年の『ドン・ジュアン』取材会に登壇した藤ヶ谷太輔 シンガー
2021年の『ドン・ジュアン』取材会に登壇した藤ヶ谷太輔

藤ヶ谷太輔は、「想花」で、作り込んだ優しさよりも自然な優しさを表したいと考えていました。
「Tokyo-Kis」では、少しためる「後ろのり」を意識して歌っています。
声にどんな表情を持たせ、言葉をどう運ぶか。
本人が語った録音での工夫、ソロで届ける歌、舞台で役を演じる声から、その選択を見ていきます。

想花 公式MV(2022年)

「想花」|自然な優しさを声にする

2022年の「想花」について、藤ヶ谷は、とても歌いやすかったと振り返っています。
キーが理由なのかとも考えていました。
歌詞を優しい曲と捉え、歌にも自然な優しさが表れていればと話していました。

ここで本人が強調しているのは、声を優しく聞かせるために何かを足すことより、歌いやすさの中で歌詞の感情を自然に出すことです。
キーへの言及も、歌いやすい理由を自分で考えた言葉でした。

この曲については、誰かを思うさまざまな場面で聴いてもらえるのではないか、とも話しています。
こうした説明からは、聴く人が自分の大切な相手を思い浮かべられる歌を目指す姿も見えてきます。
自然な優しさという歌の目標は、そうした曲の受け止め方ともつながっています。

「Tokyo-Kis」|少しためて、後ろで歌う

同じ2022年の「Tokyo-Kis」では、歌うタイミングについて具体的に説明しています。
藤ヶ谷は、ベリーグッドマンが手掛ける楽曲が好きで、デモを聴いてすぐに彼らの曲だと分かったそうです。
録音では、少しためて、後ろのりで歌うことを意識しました。

ここでの後ろのりは、リズムの中で言葉を少しためて出す歌い方です。
歌詞にどんな感情を込めるかに加え、言葉をどのタイミングで届けるかも選んでいます。
デモで感じ取った曲の個性を、歌のリズムで表そうとしていました。

Tokyo-Kis 権利者提供音源(2022年原盤)

二人で歌うバラードと、親しみを見せる歌

藤ヶ谷の声の表情は、一緒に歌う相手や楽曲の雰囲気によっても変わります。
2015年の『KIS-MY-WORLD』では、北山宏光と歌う「証」と、横尾渉と歌う「わんダフォー」が収められています。
同じアルバムの中で、異なる組み合わせの歌を比べられる作品です。

「証」は、ゆっくりしたテンポのバラードをしっとり歌い上げる曲として評されています。
一方、「わんダフォー」では子どもたちも一緒に歌い、手をつないでマイクに向かう制作風景も紹介されました。
艶のある歌声という印象に加え、隣にいる人と親しみを分け合う歌も、藤ヶ谷の表現にあります。

「Tokyo-Kis」の後ろのりに注目した後なら、バラードでの言葉の収まり方や、複数の声が交わる曲での雰囲気にも耳を向けられます。
すべての曲に同じため方を当てはめず、その曲の速さや歌う相手と声の関係を聴いてみる。
グループやユニットで歌う藤ヶ谷を知るための、もう一つの入り口になります。

「ヨブコエ」|マイク一本で思いを届ける

ソロで一曲を担う姿を見るなら、「ヨブコエ」も大切な曲です。
2021年の配信ライブ『HOME』では、マイク一本で思いをぶつけ、力強い声を響かせたと公演レポートは伝えています。
セクシーなダンス曲で見せてきた姿とは異なる形で、歌そのものを中心に据えた場面でした。

この曲は、生活が一変した中で気づいたことや、離れた誰かを思う気持ちを描いた作品として紹介されています。
MVでも、前向きに生きる人たち一人ひとりへ目を向けています。
声の強さは、その思いを目の前の誰かへ届けようとする表現として捉えられます。

「想花」で目指した自然な優しさと、「ヨブコエ」の舞台で伝えられた力強さ。
どちらも人を思う曲でありながら、前者では作り込まずに歌う感覚、後者では一人で声を届ける姿が見えてきます。
藤ヶ谷の歌の温かさは、小さく柔らかく歌うときだけに現れるものではありません。

2021年の『ドン・ジュアン』でマリア役の真彩希帆と共演する藤ヶ谷太輔
2021年の『ドン・ジュアン』でマリア役の真彩希帆と共演する藤ヶ谷太輔。
画像出典:写真掲載元

J-POPとは違う歌を、稽古で身につける

ミュージカルでは、普段の得意な歌い回しだけでは届かない課題もありました。
『ドン・ジュアン』の初演時、藤ヶ谷は、J-POPとは歌唱法が違うため苦労したと話しています。
共演の鶴見辰吾も、彼が最後まで稽古場に残り、歌の稽古を繰り返していたと証言しました。

藤ヶ谷自身の回想によれば、楽譜の読み方から始め、二十数曲という曲数にも向き合っています。
その中で、自然に涙が出たり怒ったりするほど、ミュージカルに心を動かされたと話していました。
自分が苦戦したことと、ドン・ジュアンの苦しみが通じる部分もあったかもしれない、と受け止めています。
歌を覚えるだけでなく、歌っている人物の感情を自分の中に通す経験でもあったのです。

2019年のぴあの取材記事は、その舞台で聞こえた太い声を、役の苛立ちと結び付けて評しています。
同じ歌手の声でも、優しさを表す録音とは、音に込める感情も聞こえ方も異なります。
役の思いを表すために、普段とは違う声の届け方を学んでいたことがわかります。

舞台では、無言の演技から熱を持った歌へ

2021年の『ドン・ジュアン』では、無言の演技が続いた後、歌い出したときの熱量が観劇記録に残っています。
Oggiの観劇記事は、登場時の孤独で鋭い色気が、マリアと出会ってからは角の取れた純粋な表情へ変わることも捉えていました。
舞台全体では、同じ人物の気持ちが動いていきます。

その流れの中で聴くと、一曲目の強い声と、愛する相手へ向けた歌を、同じ熱量だけで捉えることはできません。
誰に何を伝える場面なのかが、歌を聴く手掛かりになります。
さらに、複数回公演を見た観客は、最初のナンバー「俺の名は」の終わりで、声の芯を保ったまま高い音を長く伸ばしていたと記しています。
歌い出しの勢いだけでなく、一曲目の最後まで響きを届けるところに、その観客は驚いていました。

同じ観客は「Aimer」やマリアとのデュエットには、やや高めで濁りの少ない声が合うと感じています。
一方、「嫉妬」では、整った声を聴かせることより、役の感情が歌として伝わってきたと評しました。
長く伸ばす声、相手と重なる声、感情をぶつける歌。
舞台での熱量も、曲ごとに何を担う声なのかまで分けると、具体的に捉えられます。

「Tokyo-Kis」で言葉を少しためる選択と、舞台で長い音を保ち、役の感情を届ける歌。
声の表情には、言葉を出す瞬間だけでなく、その先をどう伸ばし、誰へ向けて歌うかも関わっています。

初めてのミュージカルで歌を学び、同じ作品の再演に向かった歩みは、藤ヶ谷太輔の歌唱変遷でたどっています。

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