アユンダ・リスの歌い方|二つの声と伸びる高音を、曲の中でどう使うのか

「1:15 AM」の公式ビジュアル/イラスト:Tres Kiddos Studio アユンダ・リス(ホロライブ)
「1:15 AM」の公式ビジュアル/イラスト:Tres Kiddos Studio

アユンダ・リスの歌に触れると、かわいらしい印象と、歌声の大きな広がりの両方が気になります。
その面白さは、声の高低を行き来できることだけではありません。
曲を支える響き、相手との違いを見せる声、一つの音に感情を残す揺れを、どんな場面で使うか。
具体的な曲を手がかりに、その歌い方を考えてみましょう。

「アユンダ」と「リス」は、音域の名前ではない

本人は、低い声を「アユンダ」、高い声を「リス」と呼び分けています。
魔女とリスという異なる存在を、声の高さでも表す考え方です。
これは地声と裏声などの発声の分類とは違い、声が担うキャラクターを示す呼び名として受け取ると分かりやすくなります。

高い音を出すことと、かわいらしい声で歌うことは、同じではありません。
同じ音の高さでも、声の響きや言葉の置き方によって、明るさや重みの印象は変わります。
リスの歌でも、最高音がどこまで出るかだけを追うより、その声がどんな役を担っているかを聴くと、曲ごとの違いが見えてきます。

たとえば荒咬オウガとの「はらぱん ぱんぱんぱん」では、リスのキュートな声と、オウガのクールな声が組み合わされています。
相手と同じ表情へそろえるのではなく、違いを残すことで二人のやり取りが生まれる曲です。
強く大人びた声を出せることが、いつもその声を選ぶ理由になるわけではありません。

「ALiCE&u」の高音は、一曲を支える長さで聴く

「ALiCE&u」は、繊細さと力強さの両方を生かしたバラードです。
強い声だけを続ければ曲の印象は単調になりやすいものですが、この作品を捉える手がかりは、細やかさも同時に持っていることにあります。
迫力のある瞬間だけを切り離すと、その両立が見えにくくなります。

「ALiCE&u」の公式ビジュアル/イラスト・アニメーション:mokoppe
「ALiCE&u」の公式ビジュアル/イラスト・アニメーション:mokoppe。
画像出典:画像掲載元

2022年の3rd fes.での歌唱では、きれいに伸びる高音が見せ場になりました。
高い音へ届く瞬間だけでなく、そこに留まり、旋律として聴かせる時間があるのです。
この曲では、高音を短い驚きとして受け取るより、歌の流れを支える響きとして捉えると、その存在感が分かります。

同じ舞台で印象づけたのは、ホール全体へ広がるような声でした。
一つの音が鋭く飛び出す迫力と、響きが空間を満たしていく迫力は、聴き手に与える感覚が異なります。
雄大な曲調に声の広がりが合うことも、「ALiCE&u」を大きな歌にしている理由の一つです。

「はらぱん ぱんぱんぱん」で相手との対比を生む声と、「ALiCE&u」で大きな旋律を支える声。
両方を持つからこそ、音が高いか低いかに加えて、その曲がどんな響きを求めているかを考えたくなります。

力強い曲でも、すべての場所を同じ強さにしない

2025年の6th fes.の「フレイムハート」は、力強い歌の中で、落ちサビのビブラートが際立った例です。
勢いを受け止めていた耳が、一つの響きの細部へ向かう場面です。

同じ公演で、パヴォリア・レイネ、小鳥遊キアラと歌った「ULTRA C」では、リスの凛とした声も印象を残しました。
レイネの伸びる高音、キアラのダンスと並び、三人の違う持ち味が一曲を支えています。

ビブラートは、伸ばす音に周期的な揺れを与える表現です。
どれだけ大きく揺らすかだけでなく、曲のどこで使うかによっても聴こえ方が変わります。
勢いのある曲であればなおさら、すべてを同じ力感で歌う場合とは違う、耳を引き留める場所を作れます。

2024年の5th fes.では、オリジナル曲「Sing Out」をソロで歌った一方、四人での「ジャックポットサッドガール」にも参加しました。
ソロで一曲を支えることと、複数の歌手の格好よさやかわいらしさが交わること。
同じ公演で違う役割を持つところにも、リスの声の使い道の広さがあります。

日本語の曲でも、言葉の感情を歌の中心に置く

4th fes.の「生きるよすが」では、日本語詞に感情を込めた歌と、力の入った身振りが結びついていました。
言葉を正しく並べるだけではなく、曲の中の感情を届けることが、歌の存在感につながっています。
その姿からは、声の迫力と歌詞の表現を切り離さずに考えられます。

本人はカバー曲を選ぶとき、自分が歌う版の響きを想像すると話しています。
よく聴いている好きな曲だからこそ、自分の声に置き換えてみたくなる。
曲を理解する時間と、自分ならどう歌うかを考える時間が、つながっているのです。

また、「1:15 AM」では本人が作詞も担当しています。
別の人の言葉を自分の声にする歌と、自分で選んだ言葉を自分で歌う作品。
その両方があることは、リスの歌を発声の器用さだけで捉えないための、大切な背景です。

「MIR//or」は、違う声同士の関係を聴く曲

「MIR//or」では、二種類の歌声によるセルフデュエットが展開されます。
2026年の7th fes.は、それを二人の姿で見せた舞台でした。
違う声が順番に現れることに加え、同じ曲の中で響き合うことに意味がある作品です。

本人が公開しているカラオケ版にも、「AYUNDA VERSION」と「RISU VERSION」という二つの名前が付いています。
一人の声を一つの完成形に固定せず、異なる役割として捉える発想が、作品の作りにまで及んでいます。

声の違いに気づいた後は、片方だけが目立つ場所と、二つの声の関係を感じる場所を意識すると、聴き方が広がります。
低い声が出せる、高い声が出せるという能力の確認から、声同士で何を表現しているかへ進めるからです。
ここには、二つの声を持つ歌手ならではの、一曲の作り方があります。

大舞台の響きは、歌う前の選択にも支えられている

リスは、ライブの前には一人で歌う練習を重ね、本番への緊張を減らしていると話しています。
歌詞やアレンジにも意見を出し、目指す響きを提案します。
聴き手に届く堂々とした歌の背後には、声を出す準備と、どう聴かせたいかを考える準備の両方があります。

アユンダ・リスの歌い方を特徴づけるのは、声の多彩さを、曲や相手との関係に変えていくことです。
高音を保つ、かわいらしさを前に出す、揺れを置く、異なる声を重ねる。
一つひとつの選択を曲の中で捉えると、歌声の落差に驚いた先にも、聴く楽しさが続きます。
こうした表現が広がった歩みは、アユンダ・リス(ホロライブ)の歌唱変遷でたどれます。

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