西田昌史、MARCYの歌を、いつまでも変わらない声と感じる人は多いでしょう。
けれども、長く歌ってきた曲を、同じ形のまま保存してきたわけではありません。
重いバンドの音の中で旋律を立たせ、他の歌手と声を交わし、ピアノやギター一本でも歌い直してきました。
変わらないと感じさせる芯と、伴奏や歌う場所に応じて変わる表情。
その二つを追うと、MARCYの歩みが見えてきます。
1980年代、激しさの中心に日本語の歌を置く
1983年にデビューしたEARTHSHAKERは、翌年の『FUGITIVE』に「MORE」を収めました。
強く訴える声と、滑らかに続く旋律が、重い演奏の中で一緒に届く曲です。
荒々しさだけで押し切らず、寂しさや切実さも歌に残す。
この組み合わせが、MARCYの声を考える出発点になります。
本人は後に、EARTHSHAKERの中心にあるのは歌と言葉と旋律だと説明しています。
ハードロックの枠へ自分たちを合わせるより、好きな音楽を作ってきたという考え方です。
だから、歌を聴かせるために周囲の音が変わることも、バンドらしさから外れるとは限りませんでした。
1980年代後半には、打ち込みを取り入れた作品にも進みます。
MARCY自身は、EARTHSHAKERには日本語が合うと考えていました。
演奏の作り方を広げながら、言葉を歌の中心に置く感覚は保っていたのです。
バンドの外へ出て、他の声と歌う
一度バンドが解散し、他の人と音楽を作った経験を、本人は、再びEARTHSHAKERで歌うためにも必要だったと振り返っています。
2008年には、寺田恵子、二井原実との西寺実がお披露目ライブを行います。
「スローバラード」や「私は泣いています」などを歌う三人の中で、MARCYの声にはソウルフルな表情がありました。
自分のバンドの歌を代表するだけでなく、他人の曲と、隣で歌う人の声に応える場所が生まれています。
この企画は、当初のアコースティック中心の案から、次第に派手な演奏へ変わりました。
寺田によれば、三人の歌を録るうちに、薄い伴奏では物足りなくなっていったといいます。
歌手が演奏へ合わせるだけでなく、声の存在感が演奏の形も動かしたのでした。

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2010〜2013年、昔の曲を今の歌へ戻す
2010年の『BACK TO NEXUS』では、初期の曲を再録しました。
「MORE」や「RADIO MAGIC」も、過去の音源を磨き直すだけのリマスターとは違い、その時点の演奏で録り直されています。
昔の歌を今の身体とバンドで形にする、具体的な機会でした。
その後の『PRAY FOR THE EARTH』では、激しい演奏と、耳に残る歌の両立をさらに押し進めます。
SHARAは、昔よりもそのバランスを作れるようになったと説明しました。
「KINGDOM STORY」は、重い導入から歌が入ると旋律が前に出る、その狙いが分かりやすい曲です。
2013年のソロ作『MARCY』について、本人は、伴奏が変わると歌の細部も無意識に変わると話しています。
自分らしい声を保つことは、毎回同じ歌い方をすることではありません。
同作で「DON’T LOOK BACK」や、寺田との「夜をぶっ飛ばせ」を録り直した背景には、アニメの歌を生で聴きたいという反応もありました。
元の旋律を生かし、当時とは違う、現代のステージで盛り上がれるアレンジへ置き直したのです。
聴き手の記憶に応えながら、新しい場へ歌を連れ出す再録でした。
2015年、自分で書かない言葉にも応える
2015年の「夕星の芒野と消ゆ」では、作曲を96、作詞をあさきが担当しました。
あさきは、自分の言葉がMARCYの解釈を通ることで、EARTHSHAKERの歌になったと感じています。
自分の思いを書いて歌うだけでなく、別の書き手の言葉を、自分の歌として引き受ける力が表れた制作でした。
ここまでの歩みには、歌声そのものを別人のように変えるというより、同じ声が応えられる相手を増やす流れがあります。
他の歌手、昔の自分が書いた曲、新しく言葉を託す人。
その違いを受け止めるたび、MARCYの歌は一つの型からはみ出していきます。
2018年、ピアノで歌い直した『GARAGE』
この少し前、2017年のツアーでは、キーボードのTOSHIを迎え、五人時代の曲を再び演奏する機会が広がりました。
再結成後の四人での活動から、1980年代後半以降の曲も改めて届ける舞台へ。
昔の曲を今の歌に戻す試みは、初期の代表曲だけで終わらず、キーボードと一緒に作った時代の歌にも及んでいたのです。
2018年のソロ作『GARAGE』では、EARTHSHAKERの曲を本人が選び、ピアノを伴うアコースティックの形で再録しました。
「ありがとう君に」「家路」など、バンドの代表曲だけでは捉えきれない歌にも光を当てています。
同じ日にはバンドの新作も発売され、静かな歌とバンドの歌を並行して届けました。
この時期、MARCYは、EARTHSHAKERという母体があるから自由な活動ができると語っています。
ソロへ進むことは、バンドを離れるためだけの選択ではありませんでした。
帰る場所を持ちながら、自分でも予想しなかった出会いを歌へ取り込む活動だったのです。
伴奏を小さくした歌には、強い声の別の役割が生まれます。
大きな音の中を突き抜ける存在感が、今度は近くで人に語りかける温かさになる。
同じ曲を違う編成へ移すことは、声が持つそうした面を見せ直す方法でもあります。

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2020年代、今の身体で歌い、二つの表情を行き来する
2020年の無観客配信ライブでは、「GARAGE」をギター一本で、ゆったりしたテンポに変えて歌いました。
厚みのある声が、曲の勢いを温かいバラードの表情へ変えています。
ピアノで再録した曲も、今度は弾き語りの呼吸へ置き直していました。
一方、2023年の本人は、身体の変化を踏まえ、以前と同じ鍛え方をそのまま続けるわけにはいかないとも話しています。
かつての状態を無条件に再現するのではなく、今の自分に合う整え方を選ぶ。
長く歌い続ける姿には、そうした現実的な調整も含まれています。
同年の『40』は、完成度の高いデモを各自で録り直す従来の作り方から、簡単なデモを持ち寄り、バンドのリハーサルで組み立てる方法へ動きました。
MARCYは、完成したアレンジから受け取るものを言葉にして歌います。
歌を生む刺激も、五人で音を交わすところから新たに作り直されました。
2025年の品川での公演には、激しいバンド演奏の間に、アコースティックの時間が設けられました。
「ただ悲しく」から始まり、「GARAGE」などを歌った後、再びバンドの熱へ戻る構成です。
年齢を重ねて静かな歌だけになったのではなく、二つの表情を、一つの公演の中で行き来しています。
2026年8月の埼玉でのステージでも、初期の曲に客席の大きな歌声が重なりました。
MARCYは長く付き合ってきた聴き手へ感謝を伝え、最後の「RADIO MAGIC」を全員で歌うよう呼びかけています。
若い頃に届けた歌が、今は長年の聴き手と一緒に鳴らす歌になっている。
声の音色だけを比べると見えにくい、この関係の深まりも、歌い続けた時間が作った変化です。
MARCYの変遷は、声が弱くなったから歌を静かにした、という一本の線では説明できません。
歌の芯を保ちながら、演奏、相手、会場との関係を変え、その都度ふさわしい表情を選んできた歩みです。
力強さと親密さをどう歌い分けるのかは、西田昌史(EARTHSHAKER)の歌い方で詳しく見ていきます。

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