The Warningのダニエラ・ビジャレアルは、力強く歌える人です。
けれど、本人が成長として語るのは、強い声をさらに押し出せるようになったことだけではありません。
柔らかく、息を含んだ声も使い、その間を行き来できるようになったことでした。
ダニーの愛称で親しまれる彼女が、姉妹で始めた演奏から、自分の声の幅を見つけていく歩みをたどります。
カバーから始まった声が、自分たちの物語を歌う
2014年、メタリカの「Enter Sandman」を演奏する三姉妹の映像が大きな注目を集めました。
当時、ギターと歌のダニーは14歳、ドラムのパウは12歳、ベースのアレは9歳。
この曲は、三人がバンドとして一緒に演奏し始めた頃からの大切なレパートリーです。
後にダニーは、同じ曲を他の歌手と作り直すことで、音楽が人をつなぐ広がりも実感していきます。
最初から完成された作風があったわけではありません。
ダニーにとって初期EP『Escape the Mind』は、自分たちの曲を初めてスタジオで形にし、何ができるか試す経験でした。
家庭ではメタリカに限らず、クイーンやエルトン・ジョンなども身近にあったといいます。
好きな曲を再現する喜びに、自分たちの言葉や旋律を録音する喜びが加わっていったのです。
2018年の『Queen of the Murder Scene』では、13曲で一つの物語を組み立てます。
恋愛から狂気へ進む物語のなかで、ダニーの歌は異なる感情を担いました。
激しい曲だけで押し切る作品ではなく、「Crimson Queen」のようなバラードもあります。
若い三姉妹の演奏力を示す段階から、声の表情で物語を進める段階へ、歌の役割が広がっていました。
しかも、語り手はダニー一人ではありません。
パウが歌う曲について、ダニーは、その曲がパウの声に合うようにできているからだと説明しています。
物語を持つ『Queen of the Murder Scene』では、最初と最後をパウが歌う配置にも意味がありました。
リードボーカルが全曲を独占するのでなく、曲にふさわしい声を選ぶ考え方が、早くから存在していたのです。
『ERROR』へ向かう録音で、曲ごとに感情を作り込む
次のアルバム『ERROR』の録音は2020年に行われ、発売は2022年になりました。
その間には、コロナ禍でライブができない期間もあります。
久しぶりの大舞台では緊張したものの、身体が演奏を覚えていたとダニーは振り返っています。
制作した歌を人前へ届けられない時間を経て、録音とライブが再びつながった時期でした。
この制作では、プロデューサーのデイヴィッド・ベンデスと向き合いました。
録音はニュージャージーで約三か月に及び、楽器、リードの歌、重ねる歌と、工程に応じてスタジオを使い分けています。
三人が説明しているのは、一曲ごとに固有の世界を持たせ、歌を含む各要素をその感情へ向けていく作業です。
意見を押しつけられる関係ではなく、自分たちから提案できるやりとりも重ねています。
上手に演奏できたかにとどまらず、録った音がその曲の気持ちを伝えているかを詰める制作になりました。
「CHOKE」を説明するとき、ダニーは、速い演奏でなくても重さと感情の強さを作れることに触れています。
ゆっくりしたテンポと旋律的なギターでも、曲の迫力は保てる。
この考え方は、歌を考えるうえでも大切です。
速さや音数に追い立てられる曲だけでなく、旋律と感情が前に出る曲を、三人の音で成立させるようになっていました。
「Enter Sandman」を、憧れの再現から自分たちの解釈へ
2021年には、アレッシア・カーラと「Enter Sandman」を録音します。
幼い頃の映像と同じ曲でも、目指したものは同じではありません。
パウが語った新しい編曲の核は、暗い子守歌として歌詞を捉え直すことでした。
カーラのポップな歌の存在と、ダニーのギターを同じ録音に置き、曲に潜む不穏さを別の形で表す。
原曲への憧れから出発した三人が、言葉の意味を読み直して作り替える側になったのです。
ここで注目したいのは、幼い頃より高い音が出るようになったか、という比較だけではありません。
同じ曲でも、誰と歌い、どんな物語として届けるかを選び直せるようになったことです。
ダニーの歩みには、声そのものの変化と、声を置く音楽の変化が重なっています。
『Keep Me Fed』で、柔らかい声も自分の表現にする
2024年の『Keep Me Fed』へ向かう制作では、姉妹以外の作家と曲を作る機会が増えました。
アレによれば、ロサンゼルスでは日ごとに違う相手と制作し、ツアーの合間にも曲を進めています。
「S!CK」は、アントン・デロストと初めて一緒に作った曲でした。
三人だけで通じていた発想を、別の経験や得意分野を持つ人へ渡し、その反応も曲に取り込むようになったのです。
その過程でダニーが発見したのが、歌声の細かな違いでした。
それまでは、怒りを強く押し出し、全力で叫ぶ方向へ行きがちだったと本人は振り返っています。
このアルバムでは、柔らかさや息の気配も加え、声の強弱を試した。
強弱や声の質感を変えることで、歌手としての自分を以前より知ることができたといいます。
迫力を失わずに、迫力へ至る道筋を増やした変化でした。
作品全体をおとなしくしたわけではありません。
ダニーは、ライブでもっと重い音を鳴らしたいという欲求も、このアルバムにはあったと話しています。
重さを求めることと、声をずっと強く出し続けることは別だったのです。
伴奏の激しさに対して、歌の落ち着きや揺れをどう置くかが、新しい表現の幅になりました。

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他の歌手と歌い、慣れた旋律の外へ出る
同じ2024年、BAND-MAIDとの共演曲「SHOW THEM」では、別の種類の挑戦がありました。
ダニーは、普段と異なる旋律の動きや言葉の乗せ方に向き合っています。
SAIKIと歌う高いキーの曲であり、いつもの自分たちの作曲なら自然に選ぶ形だけでは通用しません。
相手の音楽へ入り、自分の声を合わせ直す経験になりました。

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『Keep Me Fed』では、声の質感を自分の内側から広げました。
共演では、他の歌手と同じ曲に立つことで、旋律や言葉への対応を広げています。
どちらも、強く歌えるという持ち味を残したまま、その使い道を増やす変化です。
『Everything’s Falling』では、複雑な歌を三人で支える
2026年8月の『Everything’s Falling』では、前作とは制作の進め方も変わりました。
ツアーの合間に曲をつなぎ合わせるのでなく、2025年にツアーを休む期間を取り、作曲へ集中しています。
再びアントン・デロストと組み、地元モンテレイで録音しました。
勢いのある曲に加え、失敗や不安を経験しながら自分を立て直す感情も、作品の中心に置かれています。
ダニーは、この作品で歌とギターを同時に担う難しさが、リズムの面で一段上がったと話しています。
そこでアレは、ライブに向けて、ダニーが歌いながら弾くには難しい一部のフレーズをベースで受け持つことにしました。
歌が複雑になったぶん、伴奏の分担も変える。
本人だけの技量で乗り切るのでなく、三人で歌の居場所を作る変化が起きています。
録音でも、ダニーはドラムのデモに合わせて歌とギターを入れながら、立ち上がって動き、ステージにいるような気分を作っていたといいます。
完成した録音を後からライブへ移すだけでなく、録る段階から、人前で歌うときの感情を呼び込んでいました。
ダニーの声は、力強さを土台にしながら、物語を担い、他の声と出会い、柔らかさや強弱を選べる声へと広がってきました。
さらに、歌が難しくなれば、姉妹の演奏の分担まで見直していく。
その変遷は、一人の声の成長であると同時に、その声を三人でどう生かすかを深めてきた歩みでもあります。
曲ごとの強弱や、ギターと歌を両立する工夫は、ダニエラ・ビジャレアルの歌い方で詳しく扱っています。

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