ケイティ・ペリーの歌声の変遷|大きなサビの向こうで、声の見せ方はどう変わったか

2019年の取材に掲載されたケイティ・ペリー(撮影:Michael Kovac/Getty Images) ケイティ・ペリー
2019年の取材に掲載されたケイティ・ペリー(撮影:Michael Kovac/Getty Images)

「Firework」の力強い歌声は、曲を書いた日の録音が大部分を占めています。
完成まで何度も磨き直した歌だけが、大きな舞台へ届くわけではない。
ケイティ・ペリーの歩みには、そのことを教えてくれる場面があります。

長く制作を共にしたグレッグ・ウェルズが大切にしてきたのは、彼女が本当に話したいことを歌にする時間でした。
派手な姿の内側には、弾き語りから出発したソングライターもいます。

教会で育った声が、ポップの言葉を持つまで

ケイティは2001年、ケイティ・ハドソン名義でクリスチャン音楽のアルバムを発表しました。
当時はエイミー・グラントのような道を思い描いていたものの、レーベルが倒産し、活動は続きませんでした。
故郷へ戻った手元にあったのは、16歳の誕生日にもらったギターです。
育った家では接する音楽やテレビも限られていましたが、やがて自分自身の選択で歌うようになります。

ただし、この初期作を、おとなしい教会の歌だけのアルバムと思うと見誤ります。
「Trust in Me」にはロックと電子音があり、「Growing Pains」はジャズ風の感触を持つ曲でした。
当時の評でも、力のある声とソウルフルな歌い方が認められています。
「When There’s Nothing Left」は、穏やかでありながら強さを持つ歌として評価されました。
後の作品で見せる幅のすべてが、ヒットしてから突然加わったわけではありません。

ロサンゼルスへ出た頃には、新聞でオープンマイクの場所を探し、ギターを持って曲を試していました。
後の華やかな姿からは見えにくい、客の前で自作曲を届ける出発点です。

2008年の『One of the Boys』で、世界に広く知られるようになります。
この頃の歌には、元気よく言葉を押し出し、一つの音節の途中でも高さを切り替える個性がありました。
当時の批評では、その歯切れと跳躍がアラニス・モリセットにも重ねられています。
「Hot N Cold」のような曲で前に出る、相手に言い返すような人物像も、声の印象と結びついていました。
教会からポップへ移ったという経歴以上に、歌う言葉と、その言葉を投げかける態度が変わった時期と見ることができます。

ケイティ自身も、アラニスの作品に、自分の本当のことを語る勇気をもらったと話しています。
感情を隠さず歌う女性の姿が、若い彼女の表現を後押ししました。

2009年、同じヒット曲に別の居場所をつくる

ブレイクの翌年、ケイティは『MTV Unplugged』に出演しました。
「I Kissed a Girl」は、ウッドベースを交えたジャズ風の演奏へ姿を変えます。
制作を担当したマシュー・C・ミルズは、歌が始まった瞬間、特別な公演になると感じたと振り返っています。
バンドは曲の場所ごとにトイピアノやブラシ奏法を選び、アコースティック・ギターに持ち替えるだけでは終わらせませんでした。
元のヒット曲の勢いを小さく再現するのでなく、歌の周囲を組み直す。
大きなポップスターになる前から、同じ曲を違う表情で届ける試みがあったのです。

2010年、踊れる音の中心に歌声を置く

『Teenage Dream』へ向かう制作では、バンドの感触を保ちながら、よりリズムを前面に出す方針がありました。
「California Gurls」は、その変化を伝える曲です。
さらに「Firework」では、新しい共同制作者と曲を完成させた日の歌が残りました。
音の規模が大きくなる一方で、歌唱は最初の瞬間の力を頼りにしていたのです。

制作チームのスターゲイトは、ケイティの歌手としての力が十分に認識されていないと感じていました。
整ったポップの音に包まれると見えにくい、生々しい歌そのものの魅力。
「Firework」は、それを前へ出す機会にもなりました。

同時期の「Last Friday Night」では、別の面白さもあります。
出来事を次々に並べる言葉が、リズムの中にはまっていく。
当時の批評でも、この音節の収まりのよさが注目されました。
明るく強い声で大きく歌うことと、短い言葉を気持ちよく並べること。
『Teenage Dream』のケイティは、その両方で存在感をつくっています。

2013年、歌い上げる声と私的な声を同じ作品へ

『Prism』をめぐる制作では、ウェルズと、シンガーソングライターの側面を前へ出す方向も考えていました。
完成作はその一色にはなりませんでしたが、「By the Grace of God」は残ります。
ウェルズにとって、この曲や「Not Like the Movies」は、最大のヒット曲とは別の形で彼女の歌を届ける仕事でした。

一方で「Walking on Air」は、公園でディープハウスに合わせて滑る人々を見た体験から生まれています。
ケイティが目指したのは、大きな声を持つソウル歌手のような一曲でした。
私的なバラードへ向かう時期に、外へ解き放つ歌もつくる。
ここで表現は、静かな方向へ一列に進んだわけではありません。

2014年の取材に掲載されたケイティ・ペリー
2014年の取材に掲載されたケイティ・ペリー。
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2017年、抑えて歌うことが強さになる

『Witness』の頃、ケイティは、それまでの自分を誇張した人物像から、もっと本人の姿を見せたいと話していました。
派手なポップスターであることを否定するのではなく、その中に隠してきた部分も出す。
新しい表現を考えるうえで、この意識の変化は見逃せません。

ピアノを軸にした「Into Me You See」には、抑えた歌い方の中に強さを認める批評がありました。
アルバムには厳しい評価もあった一方、この歌唱は高く評価されています。
作品全体への賛否と、声の表現に起きた変化は、分けて見たいところです。

2019〜2020年、大きく開く以外のサビへ

2019年の「Never Really Over」は、サビの後に細かい言葉を畳みかける展開を持っています。
長く伸ばす声とは違う方法で、歌が先へ進む勢いをつくる曲です。

同年の「Harleys in Hawaii」では、軽く息を含む裏声から、サビの低めの声へ移ります。
高揚を感じさせておいて、サビを大きく張り上げる形にはせず、後半のブリッジに強い歌を残す。
ケイティらしい力を、いつ出すかという設計が変わっています。

これらを収めた2020年の『Smile』で、本人はファンと一緒に成長してきたことを語っています。
「Harleys in Hawaii」はくつろいだ場に置ける曲であり、「Never Really Over」は忘れたつもりの思いに向き合う曲。
同じ歌手の明るさでも、のんびりした時間と、考えが巡る時間では違う形になります。
自分の失敗も認めることが勇気なのだ、と話すケイティにとって、希望を歌うことは、いつも完璧な人物を演じることではありませんでした。

2019年、「Harleys in Hawaii」の時期に掲載されたケイティ・ペリー(撮影:Rony Alwin)
2019年、「Harleys in Hawaii」の時期に掲載されたケイティ・ペリー(撮影:Rony Alwin)。
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2024年、人と喜びを分かち合う歌へ

『143』で、ケイティは祝うことや、一緒に踊ることへ意識を向けました。
それまでのように自分を守ったり、足りなさを埋めたりするところからだけでなく、満たされた感覚から作品をつくったといいます。
知らない人同士が会場で歌詞を共有し、一人ではないと感じる。
そういう場をつくることが、この時期に目指したポップでした。

「LIFETIMES」で歌う永遠の愛も、恋人だけに向けたものではありません。
娘とのやり取りを出発点に、友人や家族にも広がる愛を歌っています。
大きな舞台で共有する歌の中心に、恋愛だけではない関係を置いたのです。

自分を励ます歌が人を励まし、やがて、誰かと喜びを分かち合う歌にもなる。
そのときどきに何を届けたいかが、大きなサビの意味まで変えているのです。

曲の中での発音、裏声と強い声、サビの組み立ては、ケイティ・ペリーの歌い方で掘り下げています。

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