ノラ・ジョーンズの歌い方|静かな声の細部は、どうすれば届くのか

2024年、『Visions』の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ(撮影:Joelle Grace Taylor) シンガー
2024年、『Visions』の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ(撮影:Joelle Grace Taylor)

ノラ・ジョーンズは、自分の声がよく生きるのは、周りに音が多すぎないときだと話しています。
小さく歌う声の細かな表情は、ほかの音に覆われると伝わらない。
その実感は、彼女の歌い方を考えるよい入口です。

「Don’t Know Why」の近さを支えるもの

「Don’t Know Why」を録ったジェイ・ニューランドが目指したのは、声の細部を残しながら、聴き手の近くにいるように聞かせることでした。
声の温かさや厚みを保ち、空気感も収められるマイクを選び、音量差を抑える処理もごく控えめにしています。
柔らかい声だから、強弱がないわけではありません。
録音側が小さな違いを消さずに残そうとしたことからも、その細部の大切さがわかります。
息を大量に流せば同じ声になる、という話ではなく、声が持つ質感をどう届けるかという工夫なのです。

プロデューサーのマーディンも、残響を少なくすることで声の親密さを保ちました。
響きを広げて大きな空間を感じさせるより、歌い手がすぐそばにいる距離を選んだのです。
録音から受ける近さには、声の出し方と、声を収める方法が一緒に働いています。

音数を減らすのは、声の表情を消さないため

『Little Broken Hearts』では変わった音や多くの制作上の工夫を使いながらも、ノラとデンジャー・マウスは、音を足しすぎないよう意識していました。
ノラが舞台でライドシンバルの響きを気にするのも、自分の声とぶつかると感じるからです。
小声のまま届くには、周囲の音にも居場所を作ってもらう必要がある。
大きな伴奏に負けないよう声を張ることだけが、歌を前へ出す方法ではありません。

2017年のツアーで音響を担当したゴードン・レディも、声を身近に感じられる、細部の見える音を目指していました。
加工を増やすより、音の強さの釣り合いや音色を整えています。
バックコーラスは少し暗めの音に調整し、ノラの声とのバランスを取っていました。
同じ舞台にある声を全部明るく、全部大きくするのではなく、主役の声に対して周りの色を選ぶ。
柔らかな声が大きな会場でも届く背景には、こうした共同作業があります。

2017年の『Day Breaks』ツアー取材に掲載されたステージ(左端がノラ・ジョーンズ/撮影:Kevin M. Mitchell)
2017年の『Day Breaks』ツアー取材に掲載されたステージ(左端がノラ・ジョーンズ/撮影:Kevin M. Mitchell)。
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静かに歌う「Miriam」と、声を強める「Flipside」

「Miriam」では、落ち着いた歌声が、相手への恐ろしい思いを運びます。
激しい感情を、必ず激しい声へ置き換えるわけではないのです。
声の静けさと言葉の内容に距離があるから、物語の不穏さが前へ出ます。

ノラはこの時期、もともと静かな音楽を演奏してきたと話していました。
ただ、録音と同じ形にこだわるのではなく、舞台で演奏すると違う生命が生まれるとも考えています。
静けさは、いつも同じ声量や同じ表情を守り続けることとは違います。

「Flipside」では、左手のピアノがリズムを押し進め、サビの歌は叫びに近い強さへ育っていきます。
社会の出来事への苛立ちを、体が動くような曲へ込めた歌です。
柔らかな声を持つ人が、ずっと柔らかく歌うとは限りません。
同じノラの声でも、言葉が求める力に応じて、表へ出す強さは変わります。

逆に「Tragedy」は、ゆったりした音楽の中で深刻な出来事を語ります。
声や伴奏の心地よさと、歌の内容を同じものとして受け取ると、曲のもう半分を逃してしまいます。
何を歌っているかによって、その穏やかさの意味も変わるのです。

旋律を言葉なしで歌う、伴奏へ声で応じる

『Day Breaks』の最後に置かれた「Fleurette Africaine(African Flower)」では、旋律をハミングで歌います。
言葉で物語を運ぶ曲から、声の響きそのもので音楽に加わる曲へ。
歌手として前に立つだけでなく、演奏の一部になる声の使い方です。

「Say No More」の録音では、ノラがピアノを弾いて歌い、ベースとドラムが一緒に演奏しました。
本人が好むのは、まずよい演奏を選び、必要なら別のテイクとの編集や重ね録りをする方法です。
歌も楽器も一つずつ順に足していく方式とは、出発点が違います。
相手のリズムを受けながら、その場で言葉を運べることが大切なのです。
滑らかに聞こえる歌にも、一緒に演奏した人との反応が残っています。

2017年にクリス・コーネルを追悼して歌った「Black Hole Sun」も、当日の楽屋で準備した歌でした。
知っていた曲を自分で演奏してみて、旋律と言葉のよさを改めて感じたといいます。
原曲の歌手の声を借りるより、曲を自分の手で確かめて歌う。
その日の場に向き合った表現でした。

高い声は、頭の中のハーモニーから生まれた

『Visions』でノラは、以前より高い声も歌っています。
先に高音を披露しようと考えたのではなく、頭の中に浮かんだハーモニーを実際に歌うと、思いがけず高かったのだといいます。
欲しい音の重なりが先にあり、それに自分の声で応えようとしたのです。
普段の落ち着いた主旋律だけでは見えにくい、声の使い道がここにあります。

ノラにとって、ハーモニーを付けることは得意な作業です。
『Visions』では、声をさらに重ねようと促すリオンと、その場で次の音を思いつくノラの相性が、作品の響きにつながりました。
一つの声を強く押し出すのとは違う方法で、歌の厚みが増していきます。

「Running」も、旋律を別の声が追いかけて返す発想から始まりました。
声の重なりが、背景の飾りだけでなく、曲の動きを作っています。
なお本人は、曲に合わせて歌う前にキーやテンポを調整することもあると話しています。
どんな高さでも同じ出し方で押し通すのではなく、言葉と感情が合う形を探すのです。

2024年、『Visions』の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ
2024年、『Visions』の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ。
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多くを歌い足さず、短い言葉を生かすこともある

「I Just Wanna Dance」では、ノラは同じ短い言葉が続く形を残したいと考えました。
普通の曲のように別の歌詞の部分を増やすより、リズムと歌に任せる選択です。
言葉の数を増やして説明する代わりに、繰り返す声と演奏で曲を進める。
何を足すかと同じくらい、足さずに残す判断も歌の個性になります。

ノラは以前、R&B歌手のような自在な歌い回しが得意なわけではない、と話していました。
自分の得意不得意を知ることが、音楽の形にもつながっています。

長く歌う「Don’t Know Why」も、彼女は数年ごとに伴奏を変えながら楽しんでいました。
一人での演奏にバックコーラスだけを加えた時期には、親密な雰囲気があったといいます。
周囲の音を引く、声を重ねる、言葉を繰り返す。
静かな声にどんな場面を渡すかを考えることが、ノラの歌の豊かさにつながっているのです。

デビュー時の録音への迷いから、共演で表現が広がった過程は、ノラ・ジョーンズの歌声の変遷でたどれます。

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