ノラ・ジョーンズの歌声の変遷|完成された声に見えて、歌はずっと動いていた

2016年、『Day Breaks』の公式紹介に使われたノラ・ジョーンズ シンガー
2016年、『Day Breaks』の公式紹介に使われたノラ・ジョーンズ

ノラ・ジョーンズは、デビュー作の制作中、自分の歌がうまくいっていないと感じたことがありました。
後年振り返ると、問題は歌い直さなければならないほどの歌唱ではなく、伴奏と声の聞こえ方にもあったのです。
初めから迷いのない、完成された歌手だった。
そんな印象とは違う出発点がありました。

2002年、誰かの声をまねる時期を抜けて

高校時代のノラは、サラ・ヴォーンやビリー・ホリデイをまねて歌っていました。
アレサ・フランクリンのレコードに合わせ、バックコーラスの一員になったつもりで歌うことも、彼女にとっての学びでした。
そうした歌手の声を借りる時期を経て、ニューヨークへ移ったころには、自分の声で歌う感覚へ落ち着いていたといいます。
『Come Away With Me』の親しみやすい声は、多くの歌を通ってきた声でもあります。

代表曲「Don’t Know Why」は、ライブで何度も歌い込んでから完成した録音ではありません。
セッションの最初に演奏し、最初の試みで手応えが生まれました。
本人は、エンジニアのジェイ・ニューランドが喜んだことも自信につながったと振り返っています。
アルバムに残ったのは、その録音にハーモニーとギターの重ね録りを加えたものです。
何度も磨いた末にしか得られない歌とは、違う成り立ちでした。

一方、クレイグ・ストリートと制作した別のセッションでは、重なるギターと歌のバランスに納得できませんでした。
当時は自分の歌まで悪く聞こえたといいます。
2022年にその音源を捉え直したノラは、声を聞こえやすくするミックスの可能性にも気づきました。
この再発は、若いころの歌を新しく録り直したものではありません。

最終的なアルバム作りに参加したアリフ・マーディンは、音を足しすぎないことを大切にしました。
ノラ自身にも、基本の演奏へ多くを加えたくない意向がありました。
声の近さを残すため、残響も控えています。
また、自分の声に自分でハーモニーを重ねる経験は、当時の彼女にとって新しいものでした。
少人数の演奏の中で声をどう置くかという問題が、すでに最初の作品から始まっています。

2000年代、自分の得意な歌と、音楽の細部を知る

2004年の『Feels Like Home』では、ツアーを重ねたバンドの曲を持ち寄りました。
当時よく聴いていたカントリーやブルーグラスの影響も加わっています。
大成功した前作の再現より、一緒に演奏する人たちから新しい歌が育っていきました。

2007年、ノラは初期の作品が簡潔に聞こえる理由について、R&Bの歌手のように自在に歌い回せるわけではない、と率直に話しています。
自分にできること、できないことが、その人の音を作るという捉え方でした。
翌年には、ゆっくり進む音楽の細かな変化に喜びを感じるとも語っています。
声を大きく動かせるかだけでなく、小さな違いをどう歌にするか。
その視点が、後の実験にもつながっていきます。

2012年、デンジャー・マウスとノラ・ジョーンズ(右)
2012年、デンジャー・マウスとノラ・ジョーンズ(右)。
画像出典:画像掲載元

2012年、完成した曲を持ち込む習慣から離れる

『Little Broken Hearts』では、デンジャー・マウスことブライアン・バートンと、録音しながら曲を書く方法へ踏み出しました。
それまでのように、できあがった曲を持ってスタジオへ入る進め方から変わったのです。
鍵盤とドラムでリズムを探すことも、ギターから始めることもありました。
意味の定まらない言葉で旋律を歌い、残したい短いフレーズを見つけて先へ進む。
歌は曲の最後に加わるものから、曲を生み出す作業そのものにもなりました。

「Travelin’ On」のきっかけは、以前の作曲セッションを携帯電話で録った音でした。
ギターと、まだ言葉になっていない歌を聴き返すうちに、使いたい旋律が見つかったのです。
緻密に完成させてから録るだけでは拾えないものを、二人のやり取りから残していきました。

同じアルバムの「Miriam」では、静かな声が、不穏な物語を語ります。
穏やかさという持ち味に、別の意味が生まれた時期です。

こうした録音を舞台でどう再現するかについて、ノラは大きな不安を抱いてはいませんでした。
もともと静かな音楽を演奏してきた自覚があり、ライブでは違う姿になって命が宿ると考えていたからです。
録音の細部をそのまま固定するより、そこで歌える形へ移す感覚も育っていました。

2016年、ピアノへ戻っても、昔の歌には戻らない

『Day Breaks』はピアノを中心に据えた作品です。
ジャズの原点に戻ったと言われても、本人の実感は、毎回のアルバムと同じように前へ進んでいるというものでした。
歌も、録音して発表した時点で終わりではありません。
その後も変えたくなることがあり、一曲にはその曲の生き方があると話しています。

このころの「Tragedy」は、くつろいだ雰囲気の演奏に、深刻な物語を載せた曲です。
「Flipside」では、社会への苛立ちが、踊れるリズムの中に置かれています。
優しい音の表面だけを追っていると、言葉が抱える痛みを見落とす。
ノラは、初期から育ててきたその表現を、より広い題材へ向けていました。

「Peace」も、以前に一人で録音していた曲を、ウェイン・ショーターらと新しく録りました。
長年演奏してきた曲だからこそ、歌い終えたところで入ってくるショーターの音にも、自然に応じられました。

2018〜21年、その場で生まれる歌を残す

2018年からは、毎回違う相手との短いセッションを重ねる制作へ向かいます。
大きなアルバムを最初から設計するより、そこで何ができるかを試す進め方でした。
発表せず残った歌にも愛着が生まれ、2020年の『Pick Me Up Off the Floor』へまとまります。
音楽と別に詩を書くようになったことも、言葉の材料を増やしました。
曲が先にあり、その形へ歌を収めるという一方向の作業から、さらに自由になっていきます。

2021年の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ(撮影:Vivian Wang)
2021年の取材に掲載されたノラ・ジョーンズ(撮影:Vivian Wang)。
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翌年のライブ盤『’Til We Meet Again』には、少人数で演奏する時期の成果が残っています。
ノラは、和音を鳴らす楽器が何台もない編成なら、予定せず違う場所へ進みやすいと話しています。
ドラマーのブライアン・ブレイドも、音楽が向かう先へ柔軟についてくる人でした。
収録する演奏を選ぶ際には、同じ曲のよい録音が複数あっても、ライブの熱を感じるほうを重視しました。
その瞬間のやり取りが、歌を評価する大切な基準になっています。

2021〜24年、一人の声から、重なり合う声へ

2021年の『I Dream of Christmas』では、声を幾重にも重ねる面が前へ出ました。
リオン・マイケルズとのその経験は、2024年の『Visions』へ続きます。
ノラには次のハーモニーが自然に浮かび、リオンはさらに声を足すよう促しました。
昔、アレサのバックコーラスをまねていた楽しさが、ここでは自分の録音を広げる力になっています。

制作の土台には、ノラのピアノやギターと、リオンのドラムで一緒に演奏した音がありました。
作り直すより、その最初の演奏に残るものを生かして音を重ねています。
「Don’t Know Why」に残った一度きりの手応えと、新しい録音の自由さは、離れた話ばかりではありません。

2024年にも、ノラは「Come Away With Me」の歌が変わってきたことを語っています。
わざと変えようとしているのではなく、長く演奏するうちに曲が姿を変え、原盤を聴き返すまで本人も気づかないことがあるのだそうです。
誰もが知る声を持つ歌手でも、歌は保存されたままではない。
初めての録音に戸惑った若いノラから、共演者と次の形を探す今のノラへ。
変わらず聞こえる声の中にも、その時間は流れています。

声の近さや、強く歌う曲と高いコーラスの使い分けは、ノラ・ジョーンズの歌い方で掘り下げています。

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