トム・ジョーンズの歌を、声の大きさだけで捉えると、大切な部分を取り逃します。
本人が難しさを感じたのは、高い音を大きく出すことより、音が上がっても声を膨らませずに歌うことでした。
強く出せる声を、どこまで使うのか。
その選択によって、歌いかける相手との距離も変わります。
小さな声では、言葉の強調も変える
「What Good Am I?」で求められたのは、できるだけ柔らかく、抑えて歌うことでした。
トムは、すべての単語や音節をくっきり際立たせる必要はなかったと振り返っています。
歌詞の一部では、歌い上げるより、ささやくように扱うほうがうまくいった。
小さな声でも、意味まで小さくなるわけではありません。
この曲で問われるためらいや自省を、強い断言のように聞かせないための歌い方です。
その難しさには、トム自身の歌い始めた環境も関わっています。
マイクのないパブでは、言葉を明瞭にし、普段より大きく表現しなければ届かなかったといいます。
遠くへ届けるために身についた習慣が、近くへ静かに伝える曲では強すぎることもある。
声を抑えるとは、単に元気をなくすことではなく、届け方を選び直すことなのです。
キーを下げる曲と、上げる曲
ここではキーを低くし、流れもゆっくりにして、柔らかい声を使える条件をつくっています。
逆の選択が「Run On」でした。
エルヴィス・プレスリーと同じキーでは、その歌い方に似すぎてしまったため、キーを上げます。
少し頑張らなければ届かない高さを使い、滑らかに整いすぎない力を引き出したのです。
どの声なら、その曲の勢いを自分のものにできるかで選んでいます。
低音の深さを使う例には、『Spirit in the Room』の追加曲「Lone Pilgrim」があります。
トムはこの録音について、低く歌ったと語っています。
本人が豊かになったと感じる低い声を、実際の曲で試した例です。

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笑い声にも、強い声にも役割がある
同じアルバムの「Bad as Me」では、また別の顔をつくりました。
曲中の笑いを、陽気な愛想笑いではなく、不穏に聞こえるものにしたかったと本人は説明しています。
漂うような響きと、強い拍を持つ伴奏の中で、歌い手も安心できない人物になる。
声の大きさや高さだけではなく、笑いにどんな意味を与えるかまでが表現なのです。
「Kiss」でも、プリンスと同じ声を目指してはいませんでした。
原曲のファルセットに対して、自分はもっと力を込めて歌いたかったと話しています。
曲の魅力を受け継ぐことと、声色をまねることを分ける。
同じ旋律を扱っても、歌い手が選ぶ声によって、人物像や押し出し方は変わります。
強い声を使う理由がよく分かるのが、「What’s New Pussycat?」です。
バート・バカラックが求めたのは、軽く面白がる歌い方ではなく、真剣に歌うことでした。
風変わりな曲だからこそ、歌は揺るがずに届ける。
迫力も、曲を成立させるための役割を持っています。
フレーズの間を、演奏と一緒につくる
その選択を支えるのが、演奏家とのやり取りです。
トムは、伴奏が先に完成している録音では、歌のフレーズを変えようとしても、その枠に合わせなければならないと説明しています。
一緒に演奏していれば、小節を足したり短くしたりしながら、歌に応じて形を動かせる。
言葉をもう少し待って出したい、次へ急がずに歌いたい。
そうした歌い手の感覚を、伴奏と相談できる違いがあります。
イーサン・ジョーンズとの制作では、演奏家が近くに集まり、ヘッドホンを使わずに歌う方法も取りました。
トムの声を直接聴きながら、周りが演奏の音量や間合いを調整します。
声だけを後で完成品の上へ載せるのではなく、歌が演奏を導き、演奏も歌へ返ってくる。
この録音方法を、すべての作品に当てはめることはできませんが、フレーズの自由さを考えるうえでは欠かせない関係です。
「The Windmills of Your Mind」では、トムのフレーズに応じて、伴奏の和音が移り変わるようにつくられました。
一定の枠へ言葉を急いで詰め込むより、歌の流れを周囲が受け止める。
言葉の間も、演奏と一緒につくるのです。
長く伸ばす音を、揺れに任せきらない
長い音を扱う際、トムはビブラートにも注意を向けています。
年齢とともに揺れが遅くなり得るため、音へ長く居座りすぎず、制御を意識するというのが本人の考えです。
伸ばせるだけ伸ばすのではなく、その音をどう終え、言葉の流れへ戻すかまで気を配っていることが分かります。

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合唱で広げる曲と、伴奏を引く曲
声の置き方は、ほかの歌声と組み合わせる場面でも変わります。
「Charlie Darwin」を録音したとき、トムは曲中に二度現れる大きな部分に、イギリスの教会の合唱を思い浮かべました。
そこで実際に教会へ行き、合唱を録音しています。
ここで望んだのは、ゴスペルの合唱とは違う響きでした。
自分一人の音量を増す以外にも、曲の大きさを表す方法があるのです。
対して「Dimming of the Day」では、単純な拍と控えめな編成を選びました。
伴奏を飾りすぎると、歌で伝えたいことの邪魔になると、トムは考えています。
大事なのは、他人の書いた曲でも、自分で書いたように聞こえることでした。
合唱を加える曲と、伴奏を引く曲。
どちらも声の迫力を一律に増やすためではなく、その歌を自分の言葉として伝えるための選択です。
語って聞かせるか、強く言い聞かせるか
「Talking Reality Television Blues」で使うのは、旋律を大きく歌う声とは違う、語りの声です。
一方、「No Hole in My Head」では、原曲より攻撃的に伝えたいと考えました。
相手に強く言い聞かせるように歌う必要があったからです。
静かな表現を身につけても、力強さを捨てたわけではありません。
出来事を語って聞かせるのか、相手へ言葉を突きつけるのかで、声の使い道を変えています。
トムは、新しい曲を自分の舞台で歌ってから、録音へつなげることもありました。
「Kiss」がその一例です。
よく知られた原曲であっても、自分の声で試す時間を持つ。
カバーを歌うときの個性は、珍しい装飾を足すことだけでなく、どんな強さで、どんな人物として言葉を出すかにも宿ります。
若い頃のヒット曲から、低音を生かす作品や語りへ広がる歩みは、トム・ジョーンズの歌声の変遷でたどっています。







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