ISSAの歌声はどう変わった?声が落ちた時期から復活した歌唱の変遷

デビュー期から現在までISSAの歌声の変化をたどる記事のアイキャッチ ISSA

ISSAさんの歌声は、デビュー時から一直線に完成度を上げてきたわけではありません。
若さのまま前へ出る初期の声があり、歌手として表現を広げた時期があり、その後には音程もビブラートも以前のように扱えなくなったとされる時期がありました。

最大の転機は、人気曲や新しいメンバーの加入だけではありません。
負傷後の停滞期に、所属側から今の状態では作品を出せないと告げられ、約1年かけて歌を鍛え直したことです。

現在の安定した高音は、最初から失わなかった才能ではありません。
一度落ちた声を認め、デビュー経験者でありながら基礎から戻した時間が、その後の「U.S.A.」や現在のソロ歌唱へつながっています。

1997年のデビュー期は、若さを隠さないまっすぐな声だった

DA PUMPは1997年に「Feelin' Good -It's PARADISE-」でデビューしました。
当時のISSAさんは、完成した技巧を使い分ける歌手というより、若い身体から出る明るい声をそのまま楽曲の前へ置く存在でした。

本人は初期を振り返り、声量が十分ではなく、若さのまま素直に歌っていたと説明しています。
基本的な発声や呼吸の指導は受けていましたが、ミックスボイスなどの名前から歌い方を組み立てたわけではありません。

デビュー時点ですでに歌声への信頼は高く、グループが世に出るうえでISSAさんの声が大きな決め手になりました。
ただし、現在のように曲ごとに複数の声色を細かく持ち替える段階ではなく、勢いと声の明るさが前面に出る時期です。

1998年から2002年、舞台数が声を「主役」に変えた

DA PUMPは1998年から2002年まで、5年連続でNHK紅白歌合戦へ出場しました。
短期間に多くの作品と舞台を経験する中で、ISSAさんにとって歌はダンスと並ぶ要素ではなく、自分がグループを支える最も強い武器になっていきます。

この頃までの制作では、初期から関わったm.c.A・Tさんの音楽観と歌唱ディレクションが大きな土台でした。
強いリズムの中で日本語を明瞭に置き、サビでは明るい高音を前へ出すというDA PUMP初期の個性が形になります。

「if…」は、その時代の代表曲です。
現在の歌唱と単純に優劣を決めるためではなく、若い時期の輪郭がはっきりした声と、リズムを押し出す歌い方を知る資料として見ることができます。

2003年のソロ活動で、グループの外にある声を試した

2003年には、初のソロアルバム『EXTENSION』を発表しました。
DA PUMPの歌声として定着していた明るさだけでなく、一人の歌手として異なる楽曲へ入る経験が増えます。

後年、ISSAさんは曲ごとに自分の中の異なる「チャンネル」が開くと話しています。
ロック、バラード、ダンス曲では同じ声を使い回さず、物語に合わせて声の表情も変わるという考えです。

その現在の幅は突然生まれたものではありません。
グループの看板となる声を持ちながら、別の作家や曲調へ合わせるソロ活動が、声を一色に固定しない入口になりました。

2008年の負傷後、歌声まで以前の状態ではなくなった

2008年、ISSAさんは公演のリハーサル中に大きな負傷をし、長期の回復が必要になりました。
同じ年にはメンバー構成も大きく変わり、DA PUMPは活動の形そのものを組み直す時期へ入ります。

身体が動けない時間は、ダンスだけの問題ではありませんでした。
後に明かされた当時の経緯では、歌の音程が安定せず、以前のようなビブラートも扱えない状態になっていたとされています。

すでに実績のある歌手だから、そのまま録音へ戻れるわけではありませんでした。
所属側からは、今の状態では作品を出せないため、時間と費用をかけて歌を鍛え直す必要があると伝えられます。

ここがISSAさんの歌唱変遷で最も重要な場面です。
デビュー前の新人ではなく、紅白出場も代表曲も持つ歌手が、自分の声が落ちた現実から再出発することになりました。

約1年の再訓練で、声を「戻す」だけでなく作り直した

再訓練には約1年を要し、その後、歌声が戻ったと評価される状態まで回復しました。
2009年には新体制のDA PUMPが「SUMMER RIDER」を発表します。

この復帰を、負傷前とまったく同じ声への巻き戻しと考えるだけでは足りません。
歌えない時期を経たことで、感覚だけに頼らず、音程、呼吸、声の響きを再現できる状態へ組み直す必要があったからです。

本人が現在語る「楽に響く場所を見つけた」「出せる最高音よりライブで使える声を選ぶ」という判断には、この経験の重みがあります。
一度声を失いかけた歌手にとって、出た音より、明日も出せる音の方が重要になります。

現在の具体的な呼吸やキー選択は、ISSAさんの歌い方・発声分析で詳しく扱っています。
変遷として大切なのは、この時期を境に、若さの勢いだけではない再現性が歌声の中心へ入ったことです。

2014年の「New Position」は、長い停滞を抜ける宣言になった

新体制になっても、すぐに大きな舞台が戻ったわけではありません。
作品の間隔が空き、観客の前で積み上げ直す時間が続きます。

2014年の「New Position」という題名は、新しい立ち位置を探していた時期のDA PUMPと重なります。
ISSAさんの歌も、初期の若い勢いを再現するのではなく、現在のメンバーとダンスへ合わせて中心を作る役割に変わりました。

ここでは、声の高さだけで復活を測れません。
新しい編成の中で誰が歌を支え、どの程度動いても主旋律を失わないかという、グループ全体の再設計が必要でした。

2018年の「U.S.A.」で、鍛え直した声が広く届いた

2018年、「U.S.A.」が大きな反響を呼び、DA PUMPは再び幅広い世代に知られる存在になりました。
この曲の成功だけを見ると、突然の再ブレイクに見えます。

しかし歌声の側から見ると、約10年前に始まった再構築が、ようやく大勢の耳へ届いた場面です。
明るい言葉を強いリズムへ置き、激しいダンスの中でも主旋律を前へ出す歌唱は、停滞期に取り戻した再現性がなければ続きません。

U.S.A.の再ブレイク期に歌うISSA

制作面でも、初期から親しんだ音楽世界だけでなく、別の発想でISSAさんの声を生かす機会になりました。
初期のDA PUMPらしさを捨てたのではなく、核にある明るい声を、2018年の観客へ届く形へ置き直した作品です。

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2021年以降は、高音の高さより表現の選択肢が増えた

「Dream on the street」の頃には、歌いながら踊ること自体を証明する段階から、どんな角度や動きでも曲の言葉を残す段階へ進んでいます。
本人は、短い隙間で呼吸し、まず歌を届けたうえでダンスやアドリブの幅を広げると説明しています。

再ブレイク後もライブで歌とダンスを担うISSA

若い頃より単純に高音が増えた、という進化ではありません。
主旋律では芯を残し、コーラスでは裏声を使い、必要なら音量を抑える。
一曲の中で選べる声が増えたことが、長いキャリアを経た現在の変化です。

三浦大知さんも、少年期の声から大人の身体に合う声を作り直した経験を語っています。
経緯は異なりますが、完成した歌手に見える人ほど、一度できあがった歌い方を見直す時期があることは、三浦大知さんの歌唱変遷からも分かります。

2025年のソロ再始動と30年目は、声を一人称へ戻す時間

2025年、ISSAさんは18年ぶりのソロアルバム『I SING』を発表しました。
45歳を迎え、50歳までにソロ歌手としての自分を確立したいという思いから動き出した作品です。

DA PUMPでは、グループの中心として歌とダンスをつなぐ役割があります。
ソロではその看板を少し外し、ロック、バラード、過去に聞いてきた音楽など、自分の中にある複数の声を一人称で選び直せます。

2026年にはDA PUMPが30年目へ入りました。
現在のISSAさんは、若い頃の声を保存しているのではありません。
曲の物語に応じて使う声を変え、ライブで続けられる負荷を選び、それでも初期からある明るい芯を失わない歌手になっています。

変わったのは技術の数、残ったのは歌を前へ出す姿勢

デビュー期は、若さと明るさを隠さないまっすぐな声でした。
舞台経験とソロ活動で表現が増え、負傷後には音程やビブラートを含めて声を鍛え直し、「U.S.A.」以後は曲ごとに異なる声を選べるようになりました。

一方、変わらないものもあります。
ダンスがどれだけ大きくても、歌を作品の中心から外さないことです。
初期は勢いで前へ出ていた声が、現在は呼吸、キー、音色を選ぶ判断によって前へ出ています。

「昔の方が高かったか」「今の方が上手いか」という二択では、この変化を取りこぼします。
ISSAさんの進化は、声を失わずに年齢を重ねた物語ではなく、一度崩れた声と向き合い、使える声を増やしながら戻ってきた物語です。

まとめ

ISSAさんの歌声で最も大きな転機は、2008年の負傷後に訪れました。
音程やビブラートが以前の状態ではなくなり、作品を出す前に歌を鍛え直す必要があると告げられ、約1年の再訓練を経て復帰しています。

その経験が、現在の安定感を才能だけで説明できない理由です。
出せる限界音よりライブで繰り返せる声を選び、短い呼吸を拾い、曲ごとに声色を持ち替える判断は、声を一度作り直した歌手だからこそ重みを持ちます。

初期の明るい芯は、現在も消えていません。
ただし今は、その芯を一種類の歌い方で押し通すのではなく、30年近い経験の中で増えた選択肢によって曲へ合わせられるようになっています。

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