テヤンが「EYES, NOSE, LIPS」で目指したのは、悲しみを一気に爆発させることではありませんでした。
泣き出しそうな気持ちを、最後まで抱えて歌う。
BIGBANGのテヤン、日本ではSOLの名でも知られる歌手です。
踊りながら歌う姿と、ピアノを背に歌う姿。
その両方を持つ彼は、何を変え、何を残してきたのでしょうか。
歩みをたどると、声の能力だけでなく、歌うときに何へ意識を向けるかが変わっていたことが分かります。
2008年、声と踊りが一つの魅力になる
2008年の初ソロ作品『HOT』で、テヤンはR&Bやソウルへの愛着を前面に出しました。
「ONLY LOOK AT ME」は、恋人には自分だけを見てほしいと願う、身勝手な人物の歌です。
甘い声と、体で拍を感じさせる踊りが、その人物の魅力と危うさを一緒に運んでいました。
一方、「PRAYER」では声を電子的に加工し、楽曲の音色の一部として使っています。
ソロの出発点から、声をそのまま聴かせるだけでなく、ビートや加工と組み合わせる発想がありました。
ただし、歌う本人が最初から歌詞の感情を理解しきっていたわけではありません。
後にテヤンは、「ONLY LOOK AT ME」の頃は若く、曲の中へ深く入り込むのが難しかったと振り返りました。
2010年、ビートの上で自分の声を探す
2010年の『SOLAR』では、音楽の幅が広がります。
「I NEED A GIRL」の親しみやすい旋律、華やかなビートを持つ曲、そしてローズピアノと声を中心にした「YOU’RE MY」。
同じアルバムの中でも、歌声を置く場所は一つではありません。
テヤン自身も複数の曲で作曲に参加し、用意された曲を歌うところから、自分の音楽を形にするところへ踏み込んでいました。
その一方で、制作中には、自分の求める音楽が見えなくなる苦しさもありました。
立ち止まった後、彼は声の細かな感情を大切にして歌い直していきます。
「I NEED A GIRL」について語るときも、関心はリズムに乗ることだけでなく、声そのものにどんな気持ちを持たせるかへ向かっていました。

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舞台への考え方にも変化が現れます。
2012年には、以前は息に影響しないよう動きを計算していたが、その意識が自由な表現を狭めていたと説明しました。
そこで大切になったのが、その場のエネルギーです。
正確さを追う一方、その場で生まれる表現にも目を向け始めたのです。
2014年、声だけで感情が届くかを問い直す
『RISE』までには、前作から約4年がかかりました。
多くの曲をつくった末、最後に難しかったのは、自分の欲を手放して収録曲を選ぶことだったといいます。
目標は、R&Bだけに声の可能性を閉じず、別の音楽でも感情を伝えること。
華やかな見せ方を減らし、歌声を前に出す選択が、アルバムの中心になりました。
転機となった「EYES, NOSE, LIPS」では、音に合う声をつくる意識から、感情の細部を届ける意識へ重心が移ります。
完成に時間がかかったことで、何を伝えたいのかを考え直せた。
歌の細かな表情も変わりました。
曲のつくりも、その変化を支えています。
「RINGA LINGA」で強く打ち出したのは、躍動するパフォーマーとしての姿でした。
対して「EYES, NOSE, LIPS」は、穏やかなピアノを背景に、淡々とした表情の中の濃い感情を聴かせる曲です。
伴奏の勢いで押す余地を減らしたぶん、声の中にある未練が中心へ出てきました。
この変化には、受け止め方の違いもありました。
当時の批評には、旋律と声の説得力を認めながら、前作の自由さや多彩さを惜しむ見方があります。
誰もが同じ意味で成長と捉えたわけではありません。
それでも、別れを経験した人の告白として声が届くようになった点は、この時期の大きな収穫でした。
この挑戦は、日本でのソロ活動へもつながりました。
2014年の日本デビュー作『RISE [+ SOLAR & HOT]』には、新作と、それ以前の二作品がまとめられています。
テヤンは、初期作品で自分の色を示した後、アメリカの制作者へ自ら連絡し、セッションから曲をつくるようになったと説明しています。
声の変化の背後には、曲の生まれ方を変える行動もありました。
2017年、振り付けから離れて見つけた幅
2017年の『WHITE NIGHT』では、曲づくりの入り口を広げました。
先に振り付けや舞台演出を考えると、音楽の進む方向が限られてしまう。
そう感じたテヤンは、演出がなくても多様に楽しめる音楽を目指します。
新しい制作者との仕事も、別人になるためではなく、自分の中にあった力を引き出す機会でした。
「DARLING」は、以前からあったコード進行に旋律を付けられず、止まっていた曲です。
そこへブライアン・リーの発想が加わり、形になりました。
もう一つの中心曲「WAKE ME UP」も、周囲から、テヤンに似合いながら新鮮だと受け止められた曲でした。
一人で答えを出そうとするだけでなく、他者の耳を通して、自分の声が生きる場所を探していたのです。
柔らかく滑らかな声が電子音の中へ溶け込む「WAKE ME UP」と、ピアノを背に感情を強く押し出す「DARLING」。
同じ歌手の声を、異なる質感の曲へ置く幅が、このアルバムでははっきり示されています。
2023年、歌える喜びを取り戻す
兵役やパンデミックを挟み、2023年に届けたのが『Down to Earth』です。
音楽を続けたくても、思うように活動できない時間がありました。
その間にテヤンが考えたのは、音楽家としての成長だけでなく、人としてどう変わるかでした。
夕暮れの光に慰められた経験も、アルバムをまとめる大切なイメージになっています。

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復帰後の「VIBE」と「SHOONG!」には、制作を楽しむ気持ちが結び付いています。
特に「SHOONG!」は、新しい方向を考え込む中、制作者たちと遊ぶようにつくったことで、音楽本来の喜びを思い出した曲でした。
重い経験をした後の作品だからといって、すべてを重々しく歌う必要はない。
踊れる曲と、内面を差し出す曲の両方に、再出発したテヤンの姿があります。
2026年、静けさだけに落ち着かない
2026年の『QUINTESSENCE』では、再びステージへ向かう勢いも強まりました。
「LIVE FAST DIE SLOW」は、本人によれば、それまでの自分の曲で最も速いテンポの曲です。
ソロ公演を重ね、会場を動かす速く力強い曲が必要だと感じたことが、制作につながっています。
経験を積むほど穏やかな歌だけになる、という歩みではありません。
同じ作品には、高い声と重ねた歌声で独特の空間をつくる「MOVIE」や、飾りを抑えた歌が印象を残す「YES」もあります。
声を強く前へ出すだけでなく、音の中でどう存在させるかを選ぶ幅は、今も広がっています。
協働相手を選ぶ際にも、自分の音楽の原点を分かってくれることが大切でした。
彼の音楽を聴いて育ったポール・ブランコとの制作は、その一例です。
長く歌ってきた自分を理解してもらいながら、まだ出していないものを探す。
若い頃の模索が、今は違う世代との対話へつながっています。
初期の踊る声、感情を抱えたままの声、音の中へ溶け込む声、会場へ勢いを放つ声。
テヤンの変遷は、そのどれか一つへ落ち着く話ではありません。
歌の中に自分がいると感じられるか。
その問いを、違う曲と違う相手に出会うたび、確かめ直してきた歩みです。
曲ごとの声の使い分けは、テヤンの歌い方で掘り下げています。

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