ダニエル・パウターの歌声の変遷|「Bad Day」の高い声から、相手と歌う喜びへ

2006年の取材に掲載されたダニエル・パウター シンガー
2006年の取材に掲載されたダニエル・パウター

「Bad Day」で知られるダニエル・パウターには、観客に背を向けて歌っていた時期がありました。
後には共演者と声を重ね、客席にも歌を任せています。

高い声という持ち味を残しながら、どう歌を人に届けるようになったのか。
初期の録音、2008年の歌唱の変化、その後の制作と共演をたどります。

歌を作れることと、人前で歌えることは違った

ダニエルは、もともとピアノを弾いていたかったと話しています。
バンドの歌手が辞めたことで自分が歌うようになりましたが、その移行は難しく、当初は客席に背を向けていました。
歌い手になることは、得意な楽器の延長で楽に引き受けられる役目ではなかったのです。

「Bad Day」を用意していても、レコード会社への披露の場ではうまく歌えませんでした。
本人も準備不足を認めています。
曲を作る力と、舞台で届ける力には差があったのです。

2022年の来日案内に掲載されたダニエル・パウター(撮影:Jeff Forney)
2022年の来日案内に掲載されたダニエル・パウター(撮影:Jeff Forney)。
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2005年――録り直すより、残したかったもの

『Daniel Powter』を仕上げたミッチェル・フルームは、すでにある録音を全部やり直す方法を選びませんでした。
ジェフ・ドーソンとダニエルが長い時間をかけて作ったものを生かし、音を整理し、リズムの動きを加えています。
一から始める方が早い面はあっても、この作品ではそれが適切ではないと考えたのです。
完成度を上げるために、それまでの演奏の感触まで消してしまわない。
世界へ広がった歌声の背景には、そんな制作上の判断がありました。

「Bad Day」は2005年から2006年にかけて広く知られるようになります。
ピアノを中心にした親しみやすい曲と、ひと耳で印象を残す声の組み合わせが、その成功を支えました。

ただし、初期の高音は、誰にとっても穏やかで心地よい声だったわけではありません。
批評家のジョナサン・キーフは、アルバムでのファルセットの多用と、その鋭さに厳しい評価をしています。
後の「癒やす歌手」という印象だけでは収まらない、耳を強く引く声でもあったのです。

2005年末のグラスゴー公演には、すでに客席を家族のように迎え、笑いながら曲を紹介する姿が記録されています。
歌声への厳しい批評と、本人の人懐こい舞台姿が同じ公演評に並ぶのも興味深いところです。
後年になって初めて観客へ心を開いたのではなく、早くから、人と歌を共有する楽しさを育てていました。

2008年――高い声を残し、歌の輪郭を変える

『Under The Radar』では、リンダ・ペリーを制作相手に迎えます。
ダニエル自身は、前作より曲が強くなり、ペリーとの仕事で鋭さも加わったと感じていました。

一方、批評家のヨルン・シュリューターが指摘したのは、前作ほど甲高く聞こえる歌い方ではなくなったことでした。
ファルセットを時折用いる持ち味は残りながら、ギターを前に出した曲の中で声を聴かせる。
「Best Of Me」には喜びと切望が混じる歌の表情を、「Next Plane Home」には温かさを見いだしています。

本人のいう作品の鋭さと、歌声の甲高さを抑えたという評価は、同じ尺度ではありません。
高い声をさらに目立たせるだけが、曲を強くする方法ではなかった。
この時期には、声の特徴を保ちながら、曲全体の印象を変える方向が見えてきます。

2012年――歌を支える音を減らす

成功後の長いツアーで、ダニエルは消耗していました。
2012年には、家族との時間を取り戻したことや、以前とは違う気持ちで音楽に向き合っていることを語っています。
「Cupid」も、誰かと楽しい時間を過ごす気持ちをもう一度味わいたくて、自分を励ますために書いた曲でした。

『Turn On The Lights』の制作では、ハワード・ベンソンと、歌に必要のない楽器を取り除きました。
音が多すぎると、歌詞の気持ちが分からなくなる。
何かを足して響きが変わっても、それで曲が良くならなければ外す。
声を大きくして伴奏を押しのけるのではなく、歌の周囲を整理する考え方です。

決断を先延ばしにしがちだった本人にとって、ベンソンの仕事の速さも変化でした。
良いと感じたら仕上げて次へ進む制作に、少しずつ手を離すことを学んだといいます。
これは声域が広がったという話ではなく、歌を作品として届けるまでの選び方が変わった話です。

楽しく歌うことを、もう一度選ぶ

2017年に語った「Delicious」の制作は、別の解放を感じさせます。
ジョン・フィールズとの作業で、プリンスのバンドに関わった奏者たちと出会い、ファンクの動きに刺激を受けました。
決まった拍をなぞるだけでは得られない、拍の間の動きが曲に力を与える。
本人は、流行に合うかと考え込みすぎず、弾いて歌うことの楽しさを語っています。

同年の別の取材では、「Delicious」は、常に重い意味を背負わせてきた曲作りから少し離れるためにも必要だったと話しました。
ただ、以後を明るい歌ばかりにしたかったわけではありません。
楽しさを取り戻し、その先でもう一度、自分にとって意味のある曲を作りたい。
気楽に歌うことも、切実な歌へ戻るための選択になっていました。

2018年の『Giants』では、新曲とともに「Bad Day」などの再録も発表しています。
過去を切り離すのではなく、今の作品の中へ代表曲を持ち帰る歩みでした。

共演者と客席へ、歌声を開く

2019年6月24日の東京公演では、ReoNaと「Survivor」を歌いました。
彼女の「Bad Day」のカバーを本人が知ったことから実現した共演です。
二人は目を合わせ、息を合わせながらハーモニーを作っています。
かつて客席に背を向けた歌手が、ここでは相手と向き合い、一緒に歌を作っていました。

この公演を取材した岡本貴之が伝えた「Bad Day」では、サビを丸ごと観客へ任せる場面もありました。
客席の少しあやしい英語にも、笑いを交わして応じる。
一人で完成された歌を披露するだけでなく、その場の人の声によって歌が変わる時間を楽しんでいます。

2021年の「Save Your Life」では、平原綾香と、双方が日本語と英語を歌いました。
離れた場所で録音を進めながら、ダニエルも日本語で声を届けています。
共演は、隣で声を重ねる形から、言葉や距離を越える形へも広がりました。

長く歌っている曲が、気楽な思い出ばかりになるわけではありません。
2022年には、「Free Loop」や「Jimmy Gets High」をピアノで弾くと、当時のつらい気持ちまで戻ると話しています。
それでも、古い曲を歌うことをやめてはいませんでした。

さらに2024年には、新曲へ進みたくても離れてくれない存在だった「Bad Day」と、時間をかけて折り合ったことを語りました。
違う音楽も試した末に、その曲を、自分が不満をこぼしすぎないための知らせとして受け取るようになったのです。
声の高低だけでは表せない変化が、代表曲との関係にもあります。

2024年のダニエル・パウター(撮影:Samuel Ong)
2024年のダニエル・パウター(撮影:Samuel Ong)。
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ダニエル・パウターの歩みは、高い声を失わずに保ったという話だけでは終わりません。
録音を残すこと、伴奏を整理すること、相手と声を合わせること。
歌を届かせるための選択が増えたことで、あの声が置かれる場所も広がってきました。

曲や場面ごとの声の特徴は、ダニエル・パウターの歌い方で詳しく扱っています。

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