ACIDMANの大木伸夫は、「and world」を歌う時、伴奏が大きく鳴っていても力まずにいられると話しています。
迫力ある音楽を作ることと、声を力いっぱい押し出すことは、本人の中で同じではありません。
一方で、歌う本人にも負荷の大きい曲や、息を多く含んだ穏やかな歌唱もあります。
曲の中で何を動かしたいのかによって、声の勢い、言葉の密度、伴奏との関係をどう選ぶのか。
具体的な歌から、その違いを見ていきます。
「and world」は、力まずに大きな景色を描く
メロディーが優しく、ライブでも力まず歌える一方、バンドの音は大きい。
その中で言葉がはまる感触を、気持ちよいものとして受け止めていました。
制作時には、最初はもう少し速かった曲を、段階を踏んで落ち着いた、重みのある形へ整えています。
落ち着いた速さの中で、歌えるメロディーを生かす。
この曲の雄大さを考える時には、声の強さだけでなく、声が無理なく乗る曲の速さや伴奏にも目を向けたくなります。
「新世界」では、静かな歌い出しから言葉が走り出す
「新世界」のAメロは、激しいイントロから一転して静かに始まります。
大木が思い描いたのは、世界が始まる直前の、ごく小さな音でした。
その発想が、静かな部分と勢いのある部分の対照につながっています。
サビは言葉が密集し、本人も歌うのが大変だと認めています。
動き始めると止まらないような感覚も、曲で表したかったものの一つでした。
ここでは、落ち着いて歌えることが最優先ではありません。
小さな始まりから一気に広がる曲の姿を、歌の密度と勢いにも持たせています。
弾き語りでも、声を一種類には揃えない
2020年2月の「貴ちゃんナイト」での弾き語りを記録したライブ評では、「FREE STAR」の歌声は息を多く含み、穏やかだったと描かれています。
ギターには薄く残響が加わり、曲の構成にも手を入れた演奏でした。
ところが、同じ日の「世界が終わる夜」では、ギターの音をその場で重ねるループを使い、バンド演奏に劣らぬ熱量を見せたと評されています。
一人で歌うからといって、全曲を柔らかい声へ揃えてしまうわけではない。
穏やかな歌を前に出す曲と、音を積み重ねて感情を大きく動かす曲が、一つのステージに並んでいました。

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2015年の「897 Sessions」でも、今日は柔らかく歌うつもりだと挨拶した後、感情が高まると熱を帯びる歌唱を見せています。
静かな編成の中にも、感情があふれる瞬間を残す。
声を抑えることは、大木にとって感情まで平らにすることではないのでしょう。
「愛を両手に」の、静けさと切実さを一緒に伝える声
「愛を両手に」の歌声を、音楽ライターの高橋智樹は、囁きと叫びが重なったようなものと表現しました。
これは発声法の名称ではなく、穏やかさの中にも強い訴えがあるという歌唱の捉え方です。
優しい歌、激しい歌と二つに分けるだけでは収まらない感情が、一つの声に感じられるという評価でしょう。
大木はこの曲の導入を、ギターを指で弾いて支えています。
一度にかき鳴らすより、一つずつ音を置くような感覚のほうが気持ちを乗せやすいといいます。
言葉と言葉の間に伴奏をどう置くかも、本人が大切にしている点です。
声の切実さを、伴奏の大きさで埋めてしまわないための選択としても捉えられます。
裏声を選んだ、湖畔でのアコースティック公演
2019年の「猪苗代 THE SOLAR BUDOKAN」では、ACIDMANもアコースティック編成で出演しました。
取材した今津甲は、大木が叫びを前面に出さず、儚いファルセットを聴かせたと記しています。
ファルセットは裏声を指す言葉で、ここでは声を強く押し出す歌とは異なる表情として捉えられています。
その静かな演奏では、歌やMCの言葉にも耳が向かい、湖畔の景色と、地球や宇宙についての表現が重なったと評されました。
裏声を単に高い音へ届くための手段と見るだけでは、この場面の役割は捉えきれません。
聴き手を静けさの中へ招き、言葉と景色を近づける声でもあったのです。

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「feel every love」では、大勢の声で歌う景色を選ぶ
2025年の「feel every love」では、歌を一人の声だけで完結させていません。
大木の頭の中には、デモの時から4声、5声ほどのコーラスがありました。
大勢の声で平和を願う姿をイメージし、UTAを迎えてゴスペルの要素を形にしています。
この曲の最初の形は、ピアノと打ち込みのドラムを土台に、ギターを弾きながら歌ったデモでした。
バンドでは難しいのではないかと考え、長く発表せずにいた曲です。
それでも埋もれさせたくないという思いから、ベースとドラムの出番を作り、ACIDMANで演奏できる形へ整えました。
曲ごとに声をどう置くかという選択は、自分がどれだけ強く歌うかに限りません。
この曲では、最初から思い描いていた複数の声を実現することが、歌の表現を広げています。
一人で訴えかける曲と、人の声が集まる曲では、歌が作る場の大きさも変わるのです。
歌の振り幅をライブで届けるために
ライブでこれらの歌を届けるために、大木は体の準備もしています。
2024年に語った習慣では、ライブが近づくと、ランニングや発声に関わる腹筋の運動へ重点を置いていました。
本人にとってステージは、曲の表現を考えるだけでなく、それを歌う体も整えて臨む場所です。
「愛を両手に」で語られた、囁きと叫びが重なったような歌声は、こうした振り幅を考える手掛かりになります。
柔らかく歌う時にも、訴えかける感情は残っている。
大木の歌では、声の音量と感情の大きさを同じものとして聴かないことが、表現を受け取る助けになるでしょう。
バラードへのためらいや、他の演奏者と歌う経験がどう変わってきたかは、大木伸夫の歌唱変遷でたどっています。







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