森高千里の歌い方|音程の確かさと、歌を固めすぎない自然さ

2022年の取材時の森高千里(撮影:浅井佳代子) シンガー
2022年の取材時の森高千里(撮影:浅井佳代子)

森高千里の歌を考える手がかりに、小室哲哉がその音程を評価した、1995年の対談があります。

正しい音を並べることと、曲が生き生きと伝わること。
その両方を視野に入れると、森高の歌い方は、音程の話だけでも、親しみやすい雰囲気の話だけでも捉えきれません。
録音やライブでの具体的な選択から、声をどう曲になじませているのかを見ていきます。

「ユートピア」セルフカバー版(2016年)。
映像はブルーノート東京公演。

音程を合わせても、歌のノリまで固めない

小室は、同じ音程でも、ごくわずかに高い側を選ぶような森高の感覚に注目しました。
本人は意識していないと答えています。
旋律全体を高くずらすという話ではなく、一つの音の中の微細な位置に目を向けた評価です。
森高自身は、録音では多少音が外れていても、ノリがよければ残すことがあると話しました。

録音では、音を一つずつ確かめる視点と、一曲の流れを見る視点が必要になります。
短い箇所では整っていても、つないで聴くと勢いがなくなることもある。
歌を選ぶ時には、その両方を行き来するのです。

覚えやすい歌でも、自然に歌うのは簡単ではない

2010年、久石譲が作曲した「ペコちゃんの歌」では、意外な難しさを感じています。
覚えやすい旋律なので簡単そうに思えたものの、実際には細かな音程を捉えるのに苦労し、納得するまで録り直したそうです。
子供のような素直な気持ちで、音程も正確に歌いたい。
一方の久石は、出来上がった歌の自然さと、声の抜けのよさを評価しました。

歌う人が細部に気を配ったことが、そのまま聴き手に緊張感として伝わるとは限りません。
細かな旋律をつかんだうえで、明るい気分で届ける。
この録音には、正確さと親しみやすさを同時に求める森高の仕事が表れています。

「雨」と「ユートピア」では、声の運びにも違う仕事がある

2016年のブルーノート東京公演では、バラードの「雨」に続いて、テンポの速い「ユートピア」を歌いました。
この公演の評では、対照的な二曲が、ともに息継ぎと声の響かせ方の加減を要することに触れ、その歌唱を評価しています。

評者が特に驚いたのは、声の伸びでした。
二日間にわたる公演の間にテレビの生出演も挟んでいたのに、声がかすれず、艶も感じられたと記しています。
その印象を象徴したのが、公演終盤のこの二曲だったのです。

ゆったりした曲では、一つの音や言葉を保つ時間が長くなります。
速い曲では、次の言葉へ進む間隔も短くなり、息を使うタイミングも変わる。
同じ声で歌っていても、旋律とテンポに合わせて、声の運びを組み立てる必要があるのです。
この二曲を続けて歌う場面は、声質の印象だけでなく、曲の切り替えに対応する働きへ目を向ける入り口になります。

2016年7月、ブルーノート東京で歌う森高千里
2016年7月、ブルーノート東京で歌う森高千里。
画像出典:画像掲載元

ドラムを叩きながら歌うと、ゆっくりした曲も難しい

同じ公演では、「Tony Slavin」「Hello Goodbye」「渡良瀬橋」を、ドラムを叩きながら歌っています。
森高自身は、遅いテンポのバラードほど拍を保つのが難しいと話していました。

歌は言葉を運び、ドラムは曲の時間を支える。
一人で二つを担う場面では、歌いやすいところだけに意識を寄せるわけにはいきません。
ゆっくりだから余裕がある、とも単純には考えられないのです。
この話から分かるのは、森高が歌と伴奏を、それぞれの役割を持つものとして実践していることです。
ドラムが叩けるという経歴を知るだけでなく、歌いながら何を難しいと感じるのかまで見ると、ステージでの仕事が具体的になります。

ダンスミュージックの中でも、自分の声を生かす

tofubeatsは、森高の声について、音作りが変わっても誰が歌っているかが分かる個性に言及しています。
声そのものの識別しやすさを、制作者も大切に見ていたのです。

「Don’t Stop The Music」で組んだ森高も、tofubeatsは歌う人の個性をよくつかんでいると感じていました。
旋律が覚えやすく、歌っていて気持ちがよいことを、この曲の魅力に挙げています。

森高が気持ちよく歌える旋律を、制作者が彼女の声に合う音楽として組み立てる。
この共演には、そうした双方向の関係があります。
ジャンルの名前だけで歌い方が決まるのではなく、その声で歌った時の魅力を互いに探しているのです。

森高はCAPSULEの「more more more」をカバーした際にも、自分の声質に合う曲だと感じていたことを話しています。
好きな曲であることに加え、自分の声で歌った時の相性も、選曲に関わっていました。

いつもの声を違う伴奏へ置くと、どんな関係ができるのか。
他者との共演やカバーは、森高の声の持ち味を、普段とは違う角度から知る機会にもなっています。

「私がオバさんになっても」は、幸せな気持ちで歌う

「私がオバさんになっても」を歌う時、森高が大切にしているのは、明るく前向きな気持ちです。
客席の掛け声や一緒の振り付けも、その場の一体感につながっていると話しています。

歌詞に不安や問いかけがあるからといって、歌う本人まで暗い気持ちを前面に出す必要はない。
森高の説明からは、客席と楽しむ方向へ歌を開いていることが分かります。
言葉が何を意味するかに加え、どんな気持ちでその言葉を届けるのか。
その選択が、同じ曲を何度も歌える理由の一つになっています。

2024年12月3日、Zepp DiverCity TOKYO公演。

2022年「アワー・フェイバリット・ソングVol.4」で歌う森高千里
2022年「アワー・フェイバリット・ソングVol.4」で歌う森高千里。
画像出典:画像掲載元

自然に歌うために、舞台の前から準備する

森高は、同じ曲を歌っても、会場や客席、自分のコンディションが毎回違うことを話しています。
その反応を見ながら、パフォーマンスを工夫していく。
声と体力の準備も、ステージに立つために続けているといいます。

公演に向けて身体を整えたうえで、まず自分が楽しみ、客席にも楽しんでもらうことを大切にしています。
本人は、若い頃と違い、緊張も楽しめるようになったと話していました。

自然に見える歌にも、その日の条件に応じる余地が必要です。
録音で選ぶテイク、曲を切り替える時の声、楽器を演奏しながら保つ拍、客席へ向ける気持ち。
森高の歌い方は、こうした具体的な判断を通して見ると、親しみやすい印象の奥にある仕事まで見えてきます。

音程を整える力がありながら、歌を固めすぎない。
自分の声を生かしながら、伴奏や会場との関係を作る。
森高千里の歌では、この二つが同じ場所で働いています。
「雨」のように歌を長く育てた曲と、新しい相手と作った「Don’t Stop The Music」を行き来すると、その選択の幅を楽しめます。

デビュー当時の録音から、復帰時の声づくり、現在のライブへ至る歩みは、森高千里の歌唱変遷でたどっています。

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