Heartのアン・ウィルソンといえば、1970年代の「Crazy on You」や「Barracuda」で前へ出る力強い歌声が浮かびます。ところが1985年、彼女は新しいプロデューサーから「ずっと全力で歌わなくていい」と教わった、と取材で話しました。本人も、その抑制を身につけるほうが、思い切り歌うより難しかったと振り返っています。
高く強く歌えることを発見した人が、なぜ声を抑えることに価値を見いだしたのか。さらに年月を経て、その選択はどう広がったのか。初期のHeartから近年のソロ作品までをたどると、単に声が低くなったという話では終わりません。
1973〜77年:歌えると知っていた声を、ロックの中で解き放つ
アンは最初から「高音のロック歌手」として自分を見ていたわけではありません。2018年の取材では、若い頃からバラードやフォークを歌えるとは知っていたものの、全身を使って高く歌うロックの声を見つけたのは、1973〜74年頃だったと回想しています。前身バンドHocus Pocusの仲間がレッド・ツェッペリンの曲を演奏したがり、男性メンバーには歌いきれない高い部分をアンが引き受けたことが、その発見につながりました。
彼女が当時変えたのは音の高さだけではありません。同じ取材で、気をつけて立つ慎重な自分から、体を動かし、汗をかき、声も体も演奏に投じる自分へ踏み出した、と語っています。後のHeartを象徴する歌声には、単なる声域の広さより先に、舞台で身をさらすという決断がありました。
1975年にカナダで発売されたデビュー作『Dreamboat Annie』には、ロック曲「Crazy on You」と、題名曲のような静かな曲が一緒に収められています。アンは後年、初期の自分の声を「今よりずっと高く、若い女の子のようだった」と振り返りました。それでも、最初の作品から強い声だけを一本調子に並べていたわけではありません。Nancy Wilsonのアコースティック・ギターから始まる「Crazy on You」にも、静かな部分を経てバンドが勢いを増す、曲全体の動きがあります。
1977年の『Little Queen』からは「Barracuda」が生まれました。アンによれば、妹Nancyとの関係を品のない形で尋ねられた怒りを、歌詞へ直接持ち込んだ曲です。初期の強さは、高音を見せるためのものというより、自分たちの言葉を引っ込めずに届けるための力でもありました。
1985年:「もっと強く」ではなく「少し引く」を覚えた
80年代半ば、Heartはメンバーやレコード会社を変え、外部の作曲家が書いた曲を採り入れました。1985年のアルバム『Heart』をめぐって、アンは後年、成功がうれしかった一方、自分たちで曲を書いてきたバンドが他人の曲で大ヒットすることには戸惑いもあった、と話しています。歌う曲の選び方と、その曲をどう歌うかは別の問題です。新しい制作体制の中で、彼女は後者について重要なものを得ました。
同作を制作したRon Nevisonから教わったのは、毎秒、声を出し切る必要はないということ。1985年当時のアンは、抑えたり調整したりした歌をこのアルバムで気に入っていると語り、「少し引くことで別の効果を作る」難しさにも触れています。「What About Love」は、Heartがこの時期に外部の作者の曲を自分たちの作品として歌った一例です。本人が重視したのは声の強さを捨てることではなく、抑えることで生まれる別の効果でした。
1985年にアンが語った変化は、曲に応じて声の強さを選べるようになったことでした。1987年の「Alone」で、静かな部分からサビへどう気持ちを運ぶかという一曲の歌い方は、アン・ウィルソンの歌い方記事で詳しく扱っています。
2012〜13年:昔の録音を聴き、今の声だけでなく昔の歌い方も見直す
『Heart』から四半世紀以上たった2012年のアルバム『Fanatic』では、Ann、Nancy、プロデューサーのBen Minkが曲を書きました。アンはこの作品について、前作をなぞらず、最初のアルバムを作るような気持ちで取り組んだと話しています。「Dear Old America」は、軍人だった父の経験に触れながら、現代の兵士の立場で書いた歌詞です。かつて「Barracuda」で自身の怒りを歌にした人が、今度は自分以外の人物の視点から言葉を作りました。アンが歌で語る物語は、自身の体験から他者の人生へも広がっています。
翌2013年、アンは初期の録音と当時の自分を比べ、声には深さと厚みが増し、音程の扱いや抑制にも以前より自信がある、と述べました。これは本人の自己評価であって、声域を測定した結果ではありません。ただ、その話には意外な続きがあります。2012年発売の回顧盤『Strange Euphoria』を作る際、「Magic Man」や「Crazy on You」の古いデモを聴き、長く演奏するうちに曲が少しずつ変わっていたと気づいたのです。そして、初めに書いたときの歌い方へ少し近づけたいと考えました。
年を重ねた声で昔の曲を歌うのは、若い声の再現ではありません。以前は無意識に変えていた部分を知り、今の自分がどこを戻し、どこを変えたままにするか選ぶことです。1985年に覚えた抑制と、2013年に見つめ直した出発点は、対立していません。

2016年以降:Heartの曲を離れて、歌の視点も自分で選ぶ
2016年頃、Heartから離れたソロ公演で、アンはHeartの曲を入れず、カバーだけでセットを組んだ時期があったと話しています。「求められるHeartの歌手」という枠の外へ踏み出す経験が、本人の言う自由の始まりになりました。自分の声をどの歌に置き、誰の物語を歌うかを、自分で決められるようになったのです。
2022年のソロ作『Fierce Bliss』で取り上げたJeff Buckleyの「Forget Her」は、その自由が一曲の中に表れた例でしょう。アンは取材で、原曲の出来事に巻き込まれている本人としてではなく、外から見ている人物が物語を語るように、歌う声の視点を変えたと説明しています。外から語るほうが客観的でありながら、かえって親密になった、と感じたそうです。
アンはこの曲が好きで、自分で歌うまで気が済まなかったとも話しています。歌う前に「どの高さまで声を出せるか」を決めるのではなく、曲の中で自分は誰になるのかを決める。70年代には舞台へ体を投じ、80年代には声を引く方法を覚えた彼女が、今度は語り手の位置まで選んでいます。
2023年:新しいバンドと、もう一度「今」の曲を作る
次の『Another Door』は、Tripsitterのメンバーと全曲オリジナルで作った2023年のアルバムです。最初にできた「This Is Now」が面白く、曲作りが続いたため、カバーを入れる必要を感じなかったとアンは語っています。前年には好きな曲へ入り込んで自分の歌にし、この年は仲間と曲そのものを作った。二つの選択はどちらも、過去の成功曲だけで自分を決めないという点でつながります。
Tripsitterについて彼女は、繊細な方向にも激しい方向にも進める人たちだ、と話しました。2023年に新しい曲「Rain of Hell」をドイツのWackenの舞台で試した経験も、その可能性への手応えになったそうです。初期に見つけた強いロックの声、80年代に覚えた抑制、カバーで選んだ語り手の位置。新しいバンドでは、そのどれか一つに自分を固定せず、曲と仲間の発想に合わせて表現を探しています。
若い日のアンが見つけたのは、ロックの中で声を解き放つ喜びでした。1985年に覚えたのは、その声をいつ引くか。昔のデモや新しい仲間との制作を経て、『Another Door』までに広がったのは、その曲で何を、誰として伝えるかを自分で選ぶ力でした。

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