大橋彩香は、明るく元気な曲を歌いながら、その声だけでは表しきれない自分も探してきました。
2018年には、言葉を一つずつきれいに歌う癖に向き合い、2021年には、長く歌ってきた持ち歌をアコースティックで録り直します。
その先には、声を張らずに弱さを込める曲も、自分らしい歌い方が分からなくなった時期もありました。
「YES!!」から『Reflection』へ、何を変え、何を残したのか。
本人が振り返った録音の経験からたどります。
「YES!!」――2014年・オリジナル版
明るい歌から始まり、聴き返して気づいた声の変化
2014年のソロデビュー曲「YES!!」は、テレビアニメ『さばげぶっ!』のオープニング主題歌でした。
2016年の初アルバム『起動 〜Start Up!〜』でも、「ABSOLUTE YELL」のように前へ進む気持ちを届ける曲を歌っています。
明るい声で背中を押す歌が、大橋彩香の顔になっていった時期です。
2018年の『PROGRESS』制作時に、本人は初期の作品を聴き返しました。
すると、「YES!!」の頃より少し声が大人びたと感じたそうです。
ただ、その変化を年齢だけで説明してはいません。
初めての曲調や歌い方に挑み、表現が広がったとも話しています。
以前の録音との距離を、新しく歌った曲を通して確かめていました。
2018年、一語ずつきれいに歌う癖をほどいていく
『PROGRESS』の新曲には、大橋自身の希望が多く入りました。
オーイシマサヨシに依頼した「シンガロン進化論」では、明るく爽やかな曲を求めています。
けれども、憧れの人に録音を見てもらう日は緊張し、最初の歌には力が入りすぎたそうです。
デモを聴き込んだぶん、歌い方まで似てしまわないかという心配もありました。
オーイシは、大橋の歌声が持つ幸福感を生かす方向で助言しました。
繰り返す言葉も、最後は母音を一つ加えるように歌う。
細かな発音の違いを教わる一方で、自分の歌として歌えていると言ってもらえたことには安心したといいます。
作り手の歌をなぞる不安から、自分の明るさを生かす録音へ進んだ経験でした。
同じアルバムの「うたたねのラブソング」では、別の癖が課題になりました。
本人が望んだのは、心が温かくなるアコースティック風の曲です。
ところが、柔らかな曲だから楽に歌えたわけではありません。
一つひとつの言葉をきれいに歌うのではなく、言葉同士がつながるように求められ、その感覚をつかむまで時間がかかったそうです。
「バカだなぁ」でも、自分から失恋の歌を希望しました。
それまでの両思いの歌だけでなく、恋に傷ついた人に寄り添う曲も歌いたかったからです。
録音では、本人なら普段避けたいと思うほど未練の強い人物になり、歌詞の気持ちへ入っていきました。
明瞭に歌えることに加えて、言葉の境目を緩めることや、自分と違う人物の気持ちを引き受けることも、歌の選択肢になったのです。
『WINGS』で広げた持ち歌を、別の編成でも歌ってみる
2020年の3枚目のアルバム『WINGS』でも、リード曲「START DASH」は前向きな応援歌でした。
一方で、DECO*27による「HOWL」やロック色の強い「MASK」なども収録しています。
親しみのある明るさを残しつつ、歌いたい曲の幅を広げていきました。
次に大きく変わるのは、新曲の種類だけでなく、以前の曲の歌い直し方です。
2021年12月の『Lumière』と2022年4月の『Étoile』では、持ち歌をアコースティックに編曲しました。
候補を出すと曲数が多くなり、明るい曲とクールな曲の二枚に分ける構想になったそうです。
大橋は以前からライブでアコースティックのコーナーを経験していましたが、作品を出すことには不安もありました。
バラードもアコースティックも得意ではないと感じていたからです。
それでも『Lumière』を出すと、長く応援するファンが歌の表現を聴き込んで喜んでくれた。
その反応を受け、出してよかったと思えたと振り返っています。
歌い慣れた「YES!!」にも、初めて録ったときにはなかったものがある
『Lumière』の「YES!!」は、デビューから七年以上を経て歌い直したものです。
大橋は、年月や経験による違いが自然に歌へ出ているのではないかと考えていました。
さらに、ライブで何度も歌ったことで少しずつ変わった部分も、再録には入れられたと話しています。
最初のレコーディングは、曲を受け取って間もない場合もある。
そこから客席の前で歌い、踊りながら声を出す中で、歌い方にも癖や実感が加わっていく。
昔の自分を再現するより、その曲と過ごしてきた時間を新しい録音に持ち込んだのです。
「YES!!」――『Lumière』(2021年)・再録版
一方、「ダイスキ。」
の再録では、慣れた曲が難しくなる面もありました。
2019年に発表した原曲は、踊るための四つ打ちの曲です。
新しい編曲はピアノを使ったゆったりしたものになり、キーも下げています。
大橋は、その伴奏の中でリズムをどう取るかに苦戦しました。
同じ曲でも、前に覚えた乗り方がそのまま通じるわけではなかったのです。
新曲「Esprit De Lumière」でも、最初は優しく、伸びやかに、余裕を持って歌うつもりでした。
ところが実際にはキーが高く、息を吸う余裕も少なくて、思い描いた歌い方にはならなかったと話します。
それでも時間を置いて録音を聴くと、感情を強く伝えるところも自分らしさだと思えた。
理想の歌と違った経験から、残してよい持ち味にも気づいています。
『Étoile』では、力を張らずに弱さや優しさを込める
続く『Étoile』には、クールな持ち歌を集めました。
「ハイライト」もその一曲で、アコースティック版の公式MVが作られています。
ただ、二枚の違いは、明るい曲を暗くするというだけではありません。
大橋は、『Lumière』が人から見られる自分の印象に近いのに対し、『Étoile』には自分の内面へ迫る歌詞が多いと話しました。
新曲「Étoile」は、その違いをよく表しています。
本人を主人公として気持ちを込める一方、途中では絵本を読み聞かせるイメージで歌いました。
そこは当初優しく歌うつもりでしたが、力を込める指示を受けて変えたそうです。
一曲を通しては、いつもより低いキーにも助けられました。
頑張って音を出そうとせずに歌えるからこそ、弱さや優しさを込められたのかもしれないと本人は考えています。
前作の新曲では余裕を持つ難しさを感じ、今度は張りすぎない声で伝えられるものを見つけた。
二枚の制作には、そうした歌い方の違いもありました。
同じ2022年、強いロックでは発音の整え方を変える

画像出典:旧公式サイト(公開当時の公式掲載元)
『Étoile』と同日に発売した「Be My Friend!!!」は、激しいサウンドへ声を乗せる曲でした。
ただし録音は、本人が日程を確かめたところ、前年の2021年8月6日だったそうです。
発売順に声が強くなったというより、異なる歌い方を行き来していた時期と見るほうが近いでしょう。
ここではラップが壁になります。
大橋には、声優として台詞を話すときのように、すべての音を明瞭に発音しようとする癖がありました。
岡嶋かな多の助言で、苦手な箇所を英語風の発音になるアルファベットで書き直し、整いすぎた言い方から離れることを試しています。
2018年に言葉をつなぐ難しさへ向き合った経験とは、また違うリズムの課題でした。
高い箇所も、できるだけ地声で力強く出すイメージで臨んだと話します。
一方で、通い始めていたボイストレーニングをこの録音に十分生かせたかについては、本人も慎重でした。
挑んだ歌い方と、身についたと実感できるものには、まだ距離があったのです。
2023年、同じ役の歌に強さと迷いを重ねる
2023年の「Please, please!」は、2017年の「ワガママMIRROR HEART」に続く、『政宗くんのリベンジ』シリーズの主題歌です。
大橋は前作より声の若さが少し抜け、力が出たのかもしれないと振り返っています。
同時に、歌う人物の側にも違いがありました。
自身が演じる愛姫は、新シリーズでは以前より悩み、困惑する場面が増えていたのです。
「ワガママMIRROR HEART」――2017年
最初の録音では格好よさに寄せましたが、かわいさも必要だという方向になりました。
以前の勝ち気な印象だけでなく、愛姫のいじらしさや、うつうつとした気持ちも意識して歌ったと話します。
声の勢いを増すだけでは、同じ役のその後を表せない。
強さの中へ迷いを入れることが、この曲の選択でした。
「Please, please!」――2023年
『Reflection』で内側を見せ、明るい歌にも自分を見つけ直す
2024年の『Reflection』では、大橋自身の感情が制作の材料になります。
スマートフォンに書き留めていた気持ちを渡し、曲にしてもらったそうです。
明るい主題歌が多かった一方で、内側にある暗さや悩みも見せたい。
その考えから、前半に重厚な曲、後半に希望を感じる曲を置きました。
Bimiに依頼した「水鏡」では、音程を取る難しさに加え、色気を出して歌うという新しい注文がありました。
最初は恥ずかしかったものの、後からは、それまで隠してきた一面をようやく出せたように感じたそうです。
作り手の助言によって、自分だけでは選ばなかった歌い方へ踏み出しています。
ところが、最後に収めた明るい「Flash Summit!!」も、簡単に録れたわけではありません。
録音当時、新しい歌い方を学ぶ中で、正しく声を出すことと自分らしさをどう両立させるか迷っていたといいます。
前向きな曲に助けられ、自分らしい歌い方を詰め込めたことで、この曲には自信を持てたそうです。
田淵智也に依頼したときには、ライブの最後に皆で歌える曲を望んでいました。
アルバムの結びに選んだのも、聴き終えた人に、よく知る大橋彩香の明るい顔を感じてもらいたかったからです。
内面を見せることと、以前からの明るさを残すことは、ここで一緒になりました。
2025年7月の10周年ライブでも、アコースティックのコーナーと「Flash Summit!!」を経て、最後には「YES!!」へ戻っています。
当日の取材では、本人が、最初は歌が苦手だった自分を歌好きにしてくれたファンへ感謝したことも伝えられました。
明るい声のまま何も変わらなかったのではなく、歌い直すたびに選べる表情が増え、その声を受け止める気持ちも変わってきたのです。
一曲の中で言葉や感情をどう使い分けるかは、大橋彩香の歌い方でさらに見ていきます。

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