三波春夫の歌い方|朗々と伸ばす高音と、柔らかな声の表現

三波春夫(撮影時期不明) シンガー
三波春夫(撮影時期不明)

高い声を朗々と伸ばす三波春夫には、柔らかく歌う顔もあります。
長編歌謡浪曲では、早口の語りから、大きく響く歌へと声を使い分けます。
三波の声の表現は、音の高さに加えて、伸ばす声と語る声の違いに目を向けると捉えやすくなります。

「元禄名槍譜 俵星玄蕃」(1976年10月・荒川区民会館)

柔らかな美声も、三波の持ち味だった

「チャンチキおけさ」の作曲家、長津義司は、三波の柔らかな美声と巧みな歌唱表現に驚いたと伝えられています。
浪曲家出身の歌手として、意外に感じた声でした。
朗々と歌い上げる印象と、この柔らかさは、どちらも三波の声を捉える手がかりになります。

舞台いっぱいに響く声という印象から、どの曲でも強く押して歌っていたと考えると、その魅力を狭く捉えてしまいます。
作曲家が驚いたのは、声の力だけでなく、柔らかな音色で歌を表す巧みさでした。
三波の明るい歌にある親しみやすさも、この声の質感と切り離せません。

公式の年譜には、歌謡界へデビューする前、佐々木章のもとで四か月にわたり発声と歌唱を学んだことが記されています。
すでに浪曲の舞台に立っていた人が、歌謡曲のために声を学び直していたのです。
大きな声が出るという土台だけに頼らず、曲の中で使える声を磨こうとした姿勢がうかがえます。

高音を長く響かせ、語りでは言葉を速く進める

「俵星玄蕃」をはじめとする長編歌謡浪曲を、音楽評論家の玉木正之は日本のオペラとして捉えました。
そこで挙げているのは、高音を響かせて長く張る部分と、早口で猛スピードに語る部分です。
さらに、人物の独り言、二人の会話、状況を説明する歌が、旋律をたっぷり聴かせる歌へつながっていく構成にも注目しています。

例えば「俵星玄蕃」には、雪を蹴って進む動きを伝える言葉に続き、蕎麦屋が呼びかけ、玄蕃が応じる場面があります。
物語を外から説明する声から、登場人物どうしのやりとりへと、同じ歌い手の役割が移ります。

言葉を速く運ぶ場面では出来事が進み、声を長く響かせる場面では旋律そのものが聴きどころになる。
玉木が、勇壮さと涙を誘う叙情の両方を挙げたのも、この歌が一つの勢いで進むものではないからです。

ここでのオペラという見方は、音楽と物語が一体になる構成に向けられています。
三波が西洋のオペラ歌手と同じ発声法を用いたと示すものではありません。
長く伸びる高音と、人物の心を伝える言葉が、ひと続きの劇として働くことに注目した評価です。

歌・語り・セリフを、同じ歌い手が担う

娘の三波美夕紀は、長編歌謡浪曲には歌、語り、セリフがあり、喉への負担も体力も大きいと話しています。
単に長い曲を歌い続けるだけでなく、何人もの人物になりきって、声の役割を次々に変える必要がありました。

歌い継ごうとする若い歌手が学ぶのも、音程や節だけではありません。
セリフや所作も教わりながら、誰が何を言っている場面なのかを舞台へ表していきます。
伸びやかな高音を聴かせる力と、言葉で人物を描く力の両方が必要な芸なのです。

説明する場面では、聴き手が出来事を追えるように言葉を運ぶ。
会話になると、同じ舞台の上にいる二人の関係を、声の応酬として表す。
そして旋律を長く聴かせる部分では、物語の感情を歌へ集めていく。
高音や早口は、それぞれ独立した見せ場であると同時に、物語を届けるための手段でもあります。

1994年の芸能生活55周年記念リサイタルで歌う三波春夫
1994年の芸能生活55周年記念リサイタルで歌う三波春夫。
画像出典:写真掲載元

声の人物像を、所作でも伝える

声の演じ分けは、身体の動きとも結びついていました。
美夕紀は2023年の取材で、股旅ものでは渡世人、忠臣蔵では武士というように、登場人物に合う所作で歌を演じていたと説明しています。
同じ歌手が立っていても、誰の言葉を発しているのかが、声と姿の両方から伝わる舞台でした。

若い歌手への指導を担う美夕紀は、日本舞踊の師範でもあります。
節やセリフに加えて所作も学ぶというのは、見た目を飾るためだけではありません。
言葉にふさわしい人物の姿を作り、歌の中にある場面を客席へ届けるためなのです。

崩さず歌うのは、聴き手が待つ節を届けるため

一方、芝居のように演じる自由さと、歌の形を守ることも両立させていました。
美夕紀によれば、三波はデビュー後、自分では満足して歌った舞台で、ディレクターから歌が崩れていると指摘され、強い衝撃を受けたそうです。

聴き手は、ある場所で節が回ることや、テンポどおりに歌が進むことを期待している。
その楽しみを裏切ってはいけないと考え、その後は歌を崩さないことを大切にしたといいます。
歌い手自身の気持ちよさだけで、慣れた曲の形を変えないという判断でした。

三波の歌の鮮やかさには、次に来る節を待っている人へ、その楽しみを届ける確かさもあります。
勢いのある語りや大きな高音が印象に残っても、曲をどう進めるかについては、聴き手との約束を重んじていました。

長い歌は、声に出して覚える

これだけ多くの言葉と役割を、どう記憶していたのでしょうか。
公式ブログに掲載された自身の著書では、「俵星玄蕃」などの長編を覚えられる理由を、実際に歌い、声に出すことと結びつけて説明しています。
長い文章を目で読むだけでなく、自分の声として繰り返すことが、歌を覚える支えになっていました。

この言葉は、長編歌謡浪曲を歌の長さだけで捉えない手がかりにもなります。
文字の順番を知ることと、次の言葉を歌として出せることには違いがある。
語りから節へ、人物のセリフから説明へと移る流れを、自分で声にして通していくことで、一つの舞台の形として覚えるのです。

同じ記事に添えられたコメントには、歌い継ぐ辰巳ゆうとが、途中で雑念が入れば言葉を忘れかねないと感じた経験も紹介されています。
これは三波自身の失敗談ではなく、後の歌手が実演を通じて知った難しさです。
長く歌い切るためには、声の力とともに、次の場面へ意識をつなぎ続ける集中も求められます。

歌える人にも、学び直しが必要になる

継承する側の言葉からも、その難しさが分かります。
市川由紀乃は2018年の三波春夫追善公演を終えた際、自身のブログで、長編歌謡浪曲は初めての経験であり、語り、浪曲、歌をそれぞれ一から学んだと記しました。
三波の歌声を手がかりにしながら、美夕紀の指導を受けて舞台へ臨んでいます。

すでに歌手として活動している人にも、普段の歌を長くするだけでは届かない領域があったということです。
音程を取ること、節を回すこと、会話として言葉を発することを、場面に応じて組み合わせなければならない。
三波の一人の声から生まれる豊かな変化は、こうした複数の表現がそろって初めて形になります。

柔らかな声、高音の朗唱、速い語り。
三波の歌い方は、その違いを一人の声の中に持つところに特徴があります。
その表現を形にした学び直しと、長編歌謡浪曲へ進んだ転機は、三波春夫の歌唱変遷でたどっています。

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