松本伊代の歌唱変遷|『センチメンタル・ジャーニー』を歌い直して見えた、昔と今の声

2021年のインタビューで撮影された松本伊代(撮影:高野広美) シンガー
2021年のインタビューで撮影された松本伊代(撮影:高野広美)

松本伊代の『センチメンタル・ジャーニー』には、長く変わらない親しみやすさがあります。
それでも本人は、デビュー当時の声は今より太く低く、同じ声はもう出せないと話しています。
2021年には、昔の伴奏に新しく歌を重ねて、この曲を歌い直しました。
慣れ親しんだ歌に改めて向き合ったとき、何を残し、どんな表現を選んだのか。
昔の声への本人の実感と、再録やカバーでの取り組みからたどります。

今は出せない、デビュー期の太く低い声

1981年10月に発表された『センチメンタル・ジャーニー』は、16歳の松本伊代のために作られた曲です。
2021年の取材で、本人は、筒美京平のピアノに合わせて歌い、声や音域を確かめてもらいながらメロディができていったように思う、と振り返っています。
自分の名前が歌詞に入ることに最初は戸惑っていたものの、歌詞とメロディが合っていく中で、歌う気恥ずかしさも消えたそうです。

「センチメンタル・ジャーニー」――1981年のオリジナル音源

当時の歌声を、今の本人はどう受け止めているのでしょうか。
同じ2021年の別のインタビューでは、最初の二枚のアルバムを振り返り、昔は今より太く低い声で、技術的には未熟でも、まっすぐに一生懸命歌っていたと話しています。
『センチメンタルI・Y・O』と『サムシングI・Y・O』には、現在の自分では出せない、曲に合った声が残っていると感じているのです。

2021年、40周年アルバムを語った松本伊代(撮影:高野広美)
2021年、40周年アルバムを語った松本伊代(撮影:高野広美)。
画像出典:写真掲載元

ただし、最初から自分の声を気に入っていたわけではありません。
2025年の取材でも、デビュー当時は、この声でよいのかと思いながら歌っていたと振り返っています。
その迷いを変えたのが、2004年発売の『松本伊代BOX』に筒美が寄せたメッセージでした。
自分の声を好んでくれていたと知り、これでよいのだと思えるようになったそうです。

作曲家がその声を個性として認めていたことが、本人の聴き方も変えました。
今は出せないという昔の声を、若い頃の自分に合った良さとして受け止め直しているのです。

2021年の再録で、慣れた歌をもう一度丁寧に歌う

2021年12月の『トレジャー・ヴォイス』では、『センチメンタル・ジャーニー』を含む五曲の代表曲を歌い直しています。
演奏にはオリジナル音源を使い、歌を新しく録音する制作でした。
伴奏のキーも当時のままです。
本人がその伴奏を使いたいと考えたのは、当時の演奏家たちが残した音への信頼があったからでした。
選曲でも、広く知られた曲であることに加え、今の自分が歌っても違和感のない曲であることを考えています。

同じキーで歌っているからといって、声まで昔と同じだと本人が考えているわけではありません。
昔の声は今は出せないという実感を持ちながら、親しまれた演奏へ現在の声を重ねる。
再録には、そうした選び直しがありました。

特に『センチメンタル・ジャーニー』では、いちばん多く歌ってきた曲だからこその慣れを見直しました。
本人は、以前はあまり深く考えずにさらりと歌うことが多かったものの、今回はディレクターの指示も受け、丁寧に向き合ったと話しています。
歌詞の意味を考え、デビュー当時の飯田久彦の歌唱指導も思い出しながら取り組んだそうです。

初期には、飯田が歌う仮歌から節回しや鼻にかける歌い方を覚えていました。
40周年の録音で昔の指導を思い出したことは、長く歌ううちに身についた歌い方を、その出発点から確かめ直すことでもあります。
同じ演奏の中で言葉の意味と歌い方に注意を戻すことにも、再録の意味があったのです。

新曲『イエスタデイ・ワンス・モア』では、少女のような気持ちで

同じアルバムの新曲『イエスタデイ・ワンス・モア』は、筒美京平の未発表のメロディに、湯川れい子が歌詞を書いた作品です。
湯川は電話で、夫との出会いや新婚旅行、近況などを本人に尋ね、その人生を歌詞に織り込みました。
16歳の自分を歌ったデビュー曲から40年を経て、今の自分を歌う曲が生まれました。

このメロディは、もともと松本に向けて作られたものではありません。
最初はどう歌えばよいのか難しく感じたものの、船山基紀の編曲によって、自分に近づけられたと話しています。
そしてマイクの前では、自然と昔の歌い方を思い出し、少女のような気持ちで歌えたそうです。
技術を昔に戻したという話ではなく、歌詞とメロディ、船山基紀の編曲から得たイメージとして語ったものです。
今の人生を歌う新曲に、若いころの気持ちが重なったのでした。

カバーでは、原曲をまねずに自分の歌い方を探した

再録と新曲に加え、『トレジャー・ヴォイス』には、ほかの歌手のために筒美が書いた四曲のカバーも入っています。
ここでは、自分の持ち歌とは別の難しさがありました。
原曲の歌手の個性に引っ張られて物まねにならないようにすると、今度は、何か物足りなく感じてしまったのです。

その具体例として本人が挙げたのが、平山みきの『真夏の出来事』でした。
平山の歌い方の印象が強く、自分ならどうすればよいか迷っていたところ、船山がテンポを上げました。
それによって、少しは自分らしく歌えるようになったと感じたそうです。

船山は、編曲の途中段階も本人に聴かせていました。
松本にとって、伴奏が出来上がっていく過程を体験できたのは初めてだったといいます。
昔からある自分の伴奏で歌い直す再録に対して、カバーでは、自分に合う伴奏と歌い方を一緒に探していたのです。
同じ声を使うにしても、作品との合わせ方には、こうした新しい経験が加わっていました。

2024年以降の舞台へ広がった、カバーで聴かせる声

このカバーへの取り組みは、録音の後のステージにもつながっています。
『トレジャー・ヴォイス』で歌った西田佐知子の『くれないホテル』は、その後も歌われる一曲になりました。

「くれないホテル」――2021年『トレジャー・ヴォイス』の録音

2024年10月12日の「Tokyo Lover」を取材した桑原シローは、『くれないホテル』と『ウイスキーが、お好きでしょ』の歌唱で、声に差す独特の陰りにひかれたと記しています。
代表曲で親しまれる可愛らしさに加え、大人の歌謡曲で感じられた声の表情を捉えた記述です。

2024年10月12日の「Tokyo Lover」で歌う松本伊代(撮影:ヨシモリユウナ)
2024年10月12日の「Tokyo Lover」で歌う松本伊代(撮影:ヨシモリユウナ)。
画像出典:写真掲載元

録音で自分の歌い方を探したカバーが、観客の前ではどのような魅力になって届くのか。
この公演評は、アイドル時代の印象だけでは捉えきれない声の表情に目を向けています。

翌2025年3月22日には、カバーを中心にした公演「Adagio」が開かれました。
企画した船山は、秋のコンサートだけでなく、もっと広く歌声を聴いてもらいたいと考えたと話しています。
『くれないホテル』の録音を通じて感じた、アルトの声と、その声を扱う力への評価も背景にありました。

演奏はギターとキーボードなどを担う二人が中心で、秋の大編成とは違う形です。
既に歌ってきたカバーに、本人が歌いたい曲と船山の推薦曲を合わせ、持ち歌を中心とする公演とは別の場を作りました。
慣れた歌の録り直しから、ほかの歌手の曲を自分らしく歌う録音へ。
さらに、その歌声を違った編成で届ける舞台へと、40周年以降の取り組みは広がっています。

松本伊代は、昔の声を大切にしながら、現在の声で歌える表現も広げてきました。
長く歌った曲では言葉や指導に立ち戻り、新曲では少女のような気持ちを見つけ、カバーでは編曲とともに自分の歌を探しています。
親しまれた声を持つ人が、その声に合う歌い方と、歌を届ける場を増やしてきた。
『センチメンタル・ジャーニー』を歌い直した40周年の制作は、そうした歩みを具体的に確かめられる節目でした。

低い声に合う音域や、仮歌から受け継いだ節回しは、松本伊代の歌い方で掘り下げています。

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