「恋してる自分すら愛せるんだ」の録音で、こはならむは歌詞の「重ねる」という言葉に合わせ、実際に自分の手を重ねながら歌った。
頭の中だけで場面を想像するより、身体を動かしたほうが気持ちを声に落とし込めるという。
感情を込めるとは、大声で歌うことだけではない。
彼女は人物の年齢や言葉の意味を考え、声色、息、音の切り方まで選んでいる。
この曲のサビは高く、リズムも難しかったと本人は話す。
どう歌ったかを、同じアニメの前作「数センチメンタル」と、本人が語った録音の工夫を手がかりに見ていこう。
まず声の大きさではなく、誰の言葉かを決める
二つのエンディングテーマは、テレビアニメ『僕の心のヤバイやつ』の主人公・市川京太郎と山田杏奈の関係を描く。
第1期の「数センチメンタル」でこはならむが思い浮かべたのは、気持ちをうまく整理できない市川だった。
Aメロは夕暮れに早口で考えをまとめるように、サビは山田との距離が縮まって思いを直接伝えるように歌ったという。
こはならむは二人の年齢から幼さも考えた。
声色を一つに決めて録音に入るのではなく、複数の声で試し、曲に合うものを選んだ。
迷った言葉の箇所には、きれいに響かせるか、まとまらない気持ちを残すかという選択もあった。
プロデュースを担当した蔦谷好位置から後者を勧められ、整えすぎない歌い方にした。
登場人物の迷いを歌で表すための判断だ。
この曲で目指したのは、感情を初めから全面に出すことよりも、思わず表に漏れてしまう感じだった。
本人が説明したAメロとサビの違いには、その考え方がよく表れている。
最初は自分の中で言葉をまとめようとし、やがて相手へ直接伝えようとする。
声の強さだけを上下させるのでなく、言葉の向かう先が内側から相手へ移るように歌ったのである。
身体の動きが「恋してる自分すら愛せるんだ」の声を変える
第2期の曲では、市川が山田を好きな自分を受け入れていく。
こはならむは歌詞に合う映像を頭に描き、ボイストレーナーとも相談して歌い方を組み立てた。
録音でもライブでも、手を重ねる場面では自分の手を実際に重ね、それを見ながら歌うという。
彼女は長年続けたバレエとのつながりも話している。
バレエで手だけをゆっくり動かすように、歌でも柔らかく歌うところと、あえて濁らせるところを選ぶ。
身振りは飾りではなく、言葉の気持ちを身体へ通す方法になっている。
曲作りの段階から、彼女は学校の雰囲気と、二人の関係をみんなで祝福するようなイメージを伝えていた。
その要望が、サビ前のチャイムを思わせる音や、手拍子をしながら一緒に歌うようなサビに結びついた。
一人の胸の内を歌っている曲でも、周りから祝福される明るさがある。
手を重ねる小さな動きと、みんなで歌える大きなサビが、同じ恋の喜びを違う距離から伝えている。

画像出典:BARKSのバースデーライブ写真
切らずに進めるリズム、一音ずつ置く言葉
「恋してる自分すら愛せるんだ」で本人がこだわったのは、サビ前の発音だ。
学校のチャイムを思わせる音のニュアンスを出すため、一音ずつ大切に発音したという。
一方で曲のリズムは難しく、拍を正確に追うと音が途切れがちだった。
彼女は切れない流れとリズムの両方を目指した。
サビはキーが高く、何度も録り直したとも語る。
ただ高い音が出たかどうかで曲を語り終えられないのは、その前に誰の気持ちをどう届けるかが決まっているからだ。
チャイムのような言葉の置き方、続けたい音の流れ、手の動き。
声の周囲の選択が、サビへ進む気持ちを作っている。

画像出典:BARKSの初ワンマン写真
息も感情を伝える材料になる
こはならむは、笑いながら歌えば声が明るくなることに加え、ブレスにも種類があると話す。
わざと震えるように吸う、速く吸う、といった息の使い分けも自身の強みだという。
レコーディングでは一曲に12時間をかけることもあり、その場で何通りも試すという。
悲しみを歌うときも、涙だけで伝えているのではない。
準備では、歌の気持ちに合う映画を見たり、照明を暗くしたりするとも明かしている。
場面に入りやすい環境を用意しながら、実際の声は録りつつ探していく。
あらかじめ一つの感情表現を決めて再現するだけでなく、声にしてみたときの違いを選び取る工程がある。
その時間を本人が楽しいと感じていることも、細かな表情を探る歌い方につながっている。
「ひとりじゃないんだ」についての説明は、さらに具体的だ。
サビの初めに吐息を入れており、録音ではブレスだけを繰り返し録って、その中から曲に合うものを選ぶこともあるという。
息は次の音を出すための準備であると同時に、歌へ入る直前の心持ちを聞かせる音にもなる。
呼吸が録音に残ったというだけでなく、どの息を残すかまで彼女は選んでいる。
2024年の初ワンマンライブでも「リセットボタン」の震えるブレスが取り上げられた。
そこで「心做し」をピアノと歌ったときには、声を小さくして思いを届ける場面があった。
客席に近い歌い方と、アニメの人物を演じる歌い方では、場面が違う。
共通するのは、感情を一つの音量や声色に押し込めず、言葉と息の選択として作っていることだ。
小さく寄り添う声と、一緒に歌う声
同じ2024年3月の公演で、「着信まち」ではピアニカ、ボンゴ、アコースティックギターを使う編成になり、こはならむも椅子に座った。
ライブレポートは、体を揺らして歌うリラックスした姿と、恋の気持ちに合う愛らしい声を伝えている。
「心做し」の消え入りそうな声から、伴奏や身体の構えも変えながら、別の表情を見せた場面だ。
「恋してる自分すら愛せるんだ」のサビでは、観客にも歌うよう呼びかけた。
録音前に思い描いていた、みんなで祝福する曲という姿が、会場での合唱にもつながっている。
一人にそっと語りかける近さも、客席と声を合わせる喜びもある。
どちらも、聴く人の気持ちに自分の歌を重ねたいという表現なのだ。
2025年の取材で「Attitude」を語ったときにも、会場の片隅にいる人まで思い浮かべ、一人ひとりへ届ける気持ちで歌っていると話している。
「いつか見た空の色」では、聴く人の心を包むような歌を意識していた。
大勢がいる会場でも、ただ広く声を投げるのではなく、どんな距離で相手に接したいかを考える。
細かなブレスや声色が生きるのは、その先に具体的な聴き手を思い描いているからだろう。
こはならむの歌を「感情的」という一言で片付けると、録音で何を選んだかが見えなくなる。
「数センチメンタル」では年齢と迷いを声色に、「恋してる自分すら愛せるんだ」では手の動きと発音を歌へ持ち込んだ。
作品や時期をまたいで、その選択肢がどう増えたかはこはならむの歌唱変遷にまとめた。

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