久保田早紀(久米小百合)の歌唱変遷|「異邦人」を歌う意味が変わるまで

久米小百合(2025年掲載、撮影:伊藤和幸/週刊女性PRIME) シンガー
久米小百合(2025年掲載、撮影:伊藤和幸/週刊女性PRIME)

「異邦人」でデビューした久保田早紀は、後に久米小百合として、音楽を通じて聖書を伝える道を歩むようになります。
その出発点をたどると、自分が歌手になることより、作った曲を誰かに聴いてほしいという願いがありました。
自作曲を録音することになった頃から、歌う言葉に責任を持とうと学び直すまで。
本人の証言には、歌との関係が少しずつ変わっていく過程が残されています。

「異邦人」(1979年作品、2023年公開のアニメーションMV)

自作曲を聴いてほしかった学生時代

短大生の頃、母親が見つけた、自作曲で応募できるコンテストへ、曲を録音したテープと譜面を送りました。
2025年のインタビューでは、評価してもらう機会が欲しかったと振り返っています。
応募をきっかけにソニーで曲作りを見てもらうようになり、スタジオで歌う経験も重ねます。
ただし、その時点でデビューが決まっていたわけではありませんでした。

後の「異邦人」も、制作の初めから自分が歌うと決まっていた曲ではありません。
プロの歌手に歌ってもらえたらうれしい、という気持ちでいたところ、本人の歌で録音することになります。
その録音では一晩に100回ほど歌った、と本人は話しています。
何をどう直したのかまでは明らかにされていませんが、作曲者として人に聴いてもらう段階から、自分の声で作品を仕上げる段階へ進んだことがわかります。

身近な風景から、知らない土地を歌うまで

1979年に発売された「異邦人」の原題は「白い朝」でした。
中央線の車窓から見た、空き地で遊ぶ子どもたちの姿が発想のもとになっています。
身近な景色から生まれた曲に、制作の過程で異国のイメージが重なりました。

2019年の『婦人公論』では、テヘランに赴任していた父親からの絵はがきや、書店の本や写真集を見ながら、曲の世界を膨らませたことを語っています。
自分が見た日常の景色だけでなく、まだ訪れたことのない場所まで想像する。
歌に入っていくために、目に浮かべる景色も広がっていったのです。
2023年のFM西東京の番組でも、中東やシルクロードを思い描いて歌っていた当時を振り返っています。

ところが、曲の大ヒットとともに、歌手として求められることも急速に増えていきました。
2018年のインタビューでは、自分の名前がついた暴走列車から降りられないような感覚だったと回想しています。
歌を届ける機会が増えるほど、本人の気持ちが追いつかなくなる。
その重圧の中で、音楽を好きだった頃の感覚を探すようになります。

教会の長椅子を背にインタビューに応じる久米小百合
久米小百合(2021年取材掲載、撮影:鈴木慶子)。
画像出典:家族葬のファミーユ「日々摘花」

子どもの頃の賛美歌を、言葉から聴き直す

音楽の原点を考えたときに浮かんだのは、幼い頃に日曜学校で歌った「主われを愛す」でした。
2021年の取材では、この賛美歌を思い出し、教会へ足を運ぶようになった経緯を語っています。
かつて親しんだ旋律へ戻ることが、新しい音楽との関わり方を探す入口になりました。

教会で婦人聖歌隊の歌を聴いたときには、言葉の受け止め方も変わります。
2019年のインタビューによると、それまでは歌詞に愛という言葉を気軽に使っていたけれど、聖歌隊の歌には愛を祈る思いがあると感じ、心を動かされました。
幼い頃に歌えた曲でも、その言葉の意味を大人になってから知り直すことがある。
この経験は、何を込めて歌うのかを考える転機になっています。

後に音楽伝道へ進む道は、こうした聴き手としての経験からも始まっていました。

引退してから、歌うために学び直す

芸能活動を退いた時点で、すぐに音楽伝道者としての活動が整っていたわけではありません。
2021年のインタビューでは、結婚後は家庭で過ごしながら、教会などから依頼があれば歌いに行っていたと説明しています。
一度は歌手としての看板を下ろしても、歌を求める人とのつながりは残っていました。

転機の一つになったのが、歌いに出かけた先で学生から受けた、キリスト教についての質問です。
自分が歌って伝えようとしていることを、十分に説明できない。
その経験から聖書を学ぶことに踏み出し、やがて音楽を通じて信仰を伝える活動へ進みます。
2025年の取材では、神学校に聴講生として通い始め、後に本科へ入り直したことも明かしています。
聖書や歴史に加え、ギリシャ語やヘブライ語の基礎も学ぶ中で、音楽宣教師として歩むことを考えるようになりました。

依頼に応えて歌い、人と出会い、その場で自分に足りないものに気づく。
引退後には、そうして歌う役割を確かめていく時間がありました。

久米小百合(2019年掲載、撮影:本社写真部/婦人公論)
久米小百合(2019年掲載、撮影:本社写真部/婦人公論)。
画像出典:写真掲載元

賛美歌も「異邦人」も、今の目的で歌う

2009年のアルバム「天使のパン」では、昔から歌われてきた賛美歌と、自作の賛美歌が一つの作品に収められています。
幼い頃から受け取ってきた歌と、自分で作って届ける歌が、ここで並びました。
作曲することと人前で歌うことの両方が、新しい活動にも続いています。

一方、「異邦人」もその後のレパートリーに残りました。
2017年12月の公演について、翌年の取材では、昔ながらの編曲でこの曲を歌ったのは34年ぶりだったと本人が話しました。
久米小百合としての活動の中で、デビュー当時を思わせる形の「異邦人」にも再び取り組んでいたのです。

2021年のインタビューでは、童謡やポップスも歌い、「異邦人」のリクエストにも応えると説明しています。
そのうえで、自分がどう評価されるかより、神のことを伝えるために歌える今を幸せだと語りました。
歌う曲をすべて入れ替えなくても、その曲を届ける目的は変わっていく。
長く歌ってきた一曲にも、今の自分の立場から向き合えるようになっています。

「異邦人」(2023年の番組コラボ演奏、葉月のエレピ伴奏)

2023年のFM西東京では、葉月のエレピ伴奏で「異邦人」をフルコーラス歌いました。
番組では、いろいろな思いを経て、この曲が良い意味で懐かしい歌になったとも話しています。
デビュー時の重圧を伴う曲から、後年の活動の場でも歌い続けられる曲へ。
久保田早紀から久米小百合への歩みは、同じ歌に込める思いを変えながら、音楽を続けてきた歴史でもあります。

声の質感や、「異邦人」の細かなリズムの取り方は、久保田早紀(久米小百合)の歌い方で扱っています。

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