川本真琴の歌い方を考えるうえで面白いのは、声を出す時に、何を曲に合わせているかです。
高い方が自分の声に合うと感じても、歌詞の内容には低い方が合うことがある。
自分の歌を録る前に、コーラスによって声量が決まることもある。
録音時の具体的な選択から、あの歌がどう作られるのかを見ていきます。
1/2 MV(1997年)
「夜の生態系」――声に合う高さと、言葉に合う高さ
『音楽の世界へようこそ』の「夜の生態系」では、本人がキーを決める難しさを語っています。
内容を考えれば低くしたいが、自分の声には高い方が合う。
言葉をどう聞かせたいかと、その高さで自分の声をどう使えるかを、同時に考えているのです。
キーを決める段階から、自分の声と曲の内容の両方を見ている。
歌い方を形にするための、最初の選択といえます。
夜の生態系 公式音源(2010年)
同じ曲でも、伴奏の形が変われば、歌いやすい条件は変わります。
2016年に「1/2」をピアノ中心で録り直したときは、最初に決めたキーでは歌いにくく、一度録音をやり直したと話しています。
長く歌ってきた代表曲でも、新しい編成に合わせてそのまま声を出せばよいわけではなかった。
声の高さを決める作業は、曲の世界を保ちながら、実際に歌える形へ組み直すことでもあります。
「バイバイカレーライス」――コーラスが入ると、声量も変わる
2011年の『フェアリーチューンズ♡』では、「バイバイカレーライス」の歌い方が、先に録ったコーラスによって決まったと説明しました。
本人が歌を入れる前に女性二人の声が入り、それを中心に、自分の歌い方や声の大きさが決まったのです。
当初は普通に歌えばよいと思っていたところへ、別の声が入ってきた。
そこで主役の歌を、そのコーラスと一緒に成り立つ声にする。
本人が声の大きさまでコーラスを中心に決めたという点に、他の声を聞いて歌う、具体的な判断が表れています。

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バイバイカレーライス 公式音源(2011年)
「GEDATSU in love」――出来上がった演奏に歌をなじませる
別の音との関係で歌を考えた例が、2023年のアルバム『ひかり』です。
植野隆司とホッホツァイツカペレが演奏を作り、その伴奏を受け取って川本が東京で歌を録る、という順番で制作されました。
同じバンドが全曲を演奏するアルバムは初めてで、まず歌ってみても、何かが違うと感じたそうです。
本人がMikikiの取材で話しているのは、演奏にどう合わせればよいかを考え、歌うたびに方法を試したことです。
特に難しかった曲として挙げたのが「GEDATSU in love」でした。
ゆっくりしたアレンジは、もともと目指していたソウルの感覚に合っていたといいます。
曲にふさわしい伴奏が完成することと、そこに自分の歌がなじむことは、別の段階にある。
自分で作った曲であっても、新しく届いた演奏を聴けば、歌い方を探し直す必要があったのです。
「バイバイカレーライス」では共に歌う声が手がかりになり、『ひかり』ではバンド全体の音が、歌の方向を考える相手になっています。
「タイムマシーン」――高音を柔らかく歌うために
2016年のセルフライナーでは、「タイムマシーン」で高音をより柔らかく歌うよう、繰り返し指示されたと説明しています。
最初は方法が分からず、ラジオで聴いた女性ボーカリストの歌から、感覚をつかんだといいます。
発音も、はきはきさせる歌い方をやめ、主人公の気持ちや情景を伝えることに集中しました。
高い音を柔らかくすることと、発音をくっきりさせすぎないこと。
この曲では、その両方を探しながら歌を録っています。
この再録でも、初めに試したキーやテンポは、ピアノで歌う形に十分合っていなかったといいます。
伴奏を録り直す間に、歌も何度か試す機会ができたことを、本人はよかったと振り返っています。
高い音をどう出すかだけを切り離すのではなく、速さや音の高さ、言葉の発音を一緒に調整して、求める柔らかさへ近づけていきました。
タイムマシーン 公式音源(2016年の再録)
「愛の才能」――枯れた声の質感を生かす
同じ再録では、声がガラガラで録音を見送る話になった日に、「愛の才能」ならロックの感じが出て合うかもしれないと考え、歌ってみたと説明しています。
デビュー時にも枯れた声で録った覚えがあり、本人は当時その感じを好んでいたと振り返りました。
今回も、声の質感によって曲の主人公の奔放さが出たと受け止めています。
声の調子と、曲に欲しい表現を結びつけた選択です。

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愛の才能 公式音源(2016年の再録)
「gradation」――言葉が一つずつ聞こえる速さ
2016年の再録を語ったOTOTOYの取材では、「gradation」の歌詞が原曲より耳に残ったと聞き手から伝えられています。
川本は、ピアノを中心にしたことに加え、テンポを少し遅くしたため、言葉が一つずつ聞こえやすくなったのではないかと答えました。
ダンスミュージックとしての雰囲気が先に届く形から、歌詞の情景にも耳を向けやすい形へ変わったという捉え方です。
「タイムマシーン」では発音をくっきりさせすぎないようにし、「gradation」では伴奏と速さの変化によって言葉が届きやすくなる。
言葉を伝える方法は、いつも大きく、はっきり発音することだけではありません。
その曲の中で歌がどれくらい前に出るか、言葉を受け取る時間があるかも、聞こえ方に関わっています。
「ロードムービー」――隣の人へ話す感覚を探す
『新しい友達』の「ロードムービー」で目指したのは、隣の人に話しかけるような歌でした。
川本は、この曲を以前からライブで歌っていたものの、録音では難しさを感じたと話しています。
目の前に客席があるときと、スタジオで声を録るときでは状況が違い、単に誰かを想定するだけでもしっくりこなかったそうです。
同じアルバムで峯田和伸と歌った「新しい友達 II」では、自分の体験を語るように言葉を届ける相手の歌に強くひかれています。
形から作らずに歌うと、言葉が聞き手の中へ自然に入ってくる。
そのよさを実感したからこそ、自分もどうすれば話しかける感覚を録音に残せるかが、具体的な課題になっていたと読めます。
「公園にて」――朗読する声を、リズムに乗せる
2025年の『Lovely』では、「公園にて」でラップに取り組んでいます。
本人は自分のパートを、リズムに乗せて朗読するようなものと説明しました。
途中でメロディーも入り、話すことに近い声と、歌う声が行き来する曲です。
大野志門が主にラップを担い、川本は自分のパートを手探りで作りました。
旋律のある部分だけでなく、途中には意味を持つ普通の単語とは違う、造語の響きで遊ぶ部分もあります。
情景を言葉で説明する声と、音そのものを楽しむ声が、一曲の中に並んでいるのです。
本人が好きだと話す曲でも、自分のラップには自信がなかったといいます。
リズムに言葉を合わせる歌を多く作ってきた川本にも、手探りで作るパートがある。
一つの声の使い方に慣れたところで、新しい歌い方を試す面白さがあります。
声を曲の中でどう生かすか
キー、声量、その日の声の質感、リズムへの乗せ方。
川本真琴は、曲ごとに違う条件を引き受けながら、声を選んできました。
共に歌う声や曲のリズムとの関係を考えることで、自分の声の使い方も変わっていく。
録音の具体例から見えてくるのは、そうした柔軟な判断です。
代表曲の再録や共演を通じて歌への考え方がどう変わったかは、川本真琴の歌唱変遷でたどっています。







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