2016年、川本真琴は代表曲「1/2」を歌い直すため、何度も歌録りの日を変更しました。
ピアノで歌うためのキーも、その日の声の調子も、改めて考える必要があったからです。
長年知られた曲をもう一度録ることには、初めて歌う時とは違う難しさがありました。
その後の作品では、相手に話すように歌うことや、出来上がった演奏に声をなじませることにも取り組んでいます。
速いメロディーに言葉を乗せた初期の曲から、曲ごとに歌の届け方を探す歩みをたどってみます。
1/2 MV(1997年)
初期の歌を、後年の自分でもう一度引き受ける
1996年の「愛の才能」でデビューし、「DNA」「1/2」「桜」とヒットを重ねました。
この時期の特徴を、2016年の対談で吉田豪は、テンポが速く言葉数の多い曲として振り返っています。
ところが、その勢いを、川本自身が当時の気分をそのまま表したものと考えていたわけではありません。
本人は、むしろ企画がしっかりした制作だったと説明しました。
当時から、もっと自分らしくやりたいという思いがあり、制作側と意見をぶつけたこともあったそうです。
自分の方向を少しは反映できても、企画の力の方が大きかったというのが、後年に振り返った実感でした。
初期の作品を聴いて思い描く川本真琴像と、作っている本人の感覚には、必ずしも重ならない部分があったのです。
作り込まれた初期の曲を、後年の自分の声で歌い直す時、どんな難しさがあったのか。
その違いがよく分かるのが、2016年のセルフカバーです。

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2010年代前半――声に合うキーと、跳ねる歌の感覚
2010年の『音楽の世界へようこそ』を語った際、「夜の生態系」ではキーの設定に迷ったと明かしました。
歌詞の内容には低めの方が合う一方、自分の声には高めの方が合う。
曲の世界と、実際に声を出す自分との間で選択していたのです。
夜の生態系 公式音源(2010年)
このアルバムには、違う時期に録った曲が集まっていました。
「夜の生態系」はずっと前に録った一方、「アイラブユー」は取材の半年前ほどの録音だったと話しています。
新しく発売された一枚の中にも、歌い方を選んだ時期や、曲に向かう気持ちの違いがある。
作品の間隔だけでは見えない試行錯誤が、本人の説明から分かります。
2013年の『願いがかわるまでに』では、mabanuaと制作し、打ち込みを中心とした音楽へ進みました。
その取材で本人は、前の作品から歌が特に変わったとは思わないと話し、跳ねる感じや、十分な間のある歌を好むと説明しています。
周囲の音が変わるなかでも、歌に求める感覚が続いていた時期です。
同時に、mabanuaの曲は自分の曲とは違って歌うのが楽しく、相手の流れるような感覚を真似したいとも話しています。
特にソウルを好きになったことには、この共作の影響があるかもしれないと考えていました。
自分では大きく歌を変えたつもりがなくても、他人の曲を歌う経験が、好みや目指す表現を広げていたのでしょう。
「gradation」MV(2013年の原曲)。
2016年――ピアノで歌い直すと、同じ曲の難しさが変わる
『ふとしたことです』では、過去の曲をピアノ中心の形で歌い直しました。
本人は以前からピアノ弾き語りをしていましたが、今回は、レーベルのクラシック部門からの提案で、その形を作品にしています。
選曲も制作側に任せました。
普段の個人的な作品作りとは少し違い、これまで聴いてくれた人への贈り物として、求められる曲を入れたかったからです。
そうして選ばれた代表曲にも、歌い直す難しさがありました。
「1/2」は、最初の録音でピアノと合わせるには歌いにくいキーになり、いったん録り直しに。
福井で進めた録音を東京でやり直すことになったものの、声の調子が整わず、その日は別の曲へ変更したこともあったそうです。
本人は、結果として歌録りの日を4回変更してもらったと説明しています。
歌い慣れた曲を、新しい伴奏とその日の声で成立させる。
キーを決めることと、実際に歌を録れる日を選ぶことの両方が必要でした。
代表曲を再び作品にするという気負いも、本人が語るこの録音の難しさの一部です。
1/2 公式音源(2016年の再録)
「gradation」では、別の発見がありました。
原曲より歌詞が耳に残ったと取材者から伝えられると、川本は、ピアノ中心になり、テンポも少し遅くなったため、言葉が一つずつ聞こえやすくなったのだろうと答えています。
作者には、最初に作った時のイメージが強く残っている。
それでも歌い直せば、曲の雰囲気とともに、言葉が描く情景にも耳を向けてもらえると分かったのです。
gradation 公式音源(2016年の再録)
2019年――峯田和伸との共演で、話すように歌う意味を知る
『新しい友達』の「新しい友達 II」では、峯田和伸をゲストボーカルに迎えました。
一緒に歌った川本が感じたのは、形を作り込まず、自分の体験を話すように言葉を届ける歌の強さです。
歌詞を素直に、本人の経験のように伝えるから、聴いている人の頭へすっと入ってくる。
川本は、その届き方を一緒に歌って理解し、その後は自分の歌い方も変わったのではないかと振り返っています。
新しい友達 II MV(2019年)
ただ、話すように歌うことは、録音すれば自然に実現するものでもありませんでした。
同作の「ロードムービー」は、隣の人に話しかけるような歌だと説明しています。
以前からライブでは歌っていた曲なのに、目の前に相手がいないスタジオでは、その感じを出すのが難しかった。
誰かがいると想定するだけでも、しっくりこなかったそうです。
歌う言葉は同じでも、相手が見える場と、声だけを録る場では、届け方を探し直す必要がありました。
ロードムービー 公式音源(2019年)
同じアルバムで「あの日に帰りたい」の編曲を担当した山本精一との会話にも、歌入れを考えるヒントがありました。
川本は、数時間で録れなければ、もう一日ほしいと頼む感覚だったそうです。
ところが山本は、自分の歌には一曲で3日ほどかけると話した。
それを知り、自分以上に時間をかける人もいるのだと、川本は安心したといいます。
共演者から受け取ったのは、声の表現だけではありませんでした。
求める歌になるまで、どれくらい試してよいのか。
他の音楽家の制作を知ることも、録音へ向かう気持ちに関わっていました。
2023年――完成した演奏の中に、自分の歌を置く
『ひかり』では、植野隆司とホッホツァイツカペレによる演奏が先に作られ、川本は東京で歌を録音しました。
演奏を録ったミュンヘンでは、植野が川本の代わりに歌い、曲の感じをバンドへ伝えていたそうです。
譜面だけでは分からない歌の流れを、なるべく川本らしく歌って共有する。
そのようなやり取りを経た演奏が、本人のもとへ届きました。
同じバンドがアルバム全曲の伴奏を担う形は、本人にとって初めてでした。
まず歌ってみても合わないと感じ、演奏になじむ歌い方を考え、いろいろ試したと話しています。
最も苦労した曲として挙げたのは「GEDATSU in love」です。
もともと曲も歌詞もソウルを目指しており、ゆっくりしたアレンジがその意図に合ったと説明しました。
バンド側にも、遅いテンポで演奏したいという強い考えがありました。
望んだ曲の形ができても、そこに自分の歌が自然に収まる方法は、録音しながら探す必要がある。
共演した声から学んだ2019年とは違う形で、今度は完成したバンドの音が、歌い方を考える相手になっていたのです。
同年の別の取材でも、「1/2」のような初期の曲には今も歌いにくさがあり、歌う前から声の調子を気にすると話しています。
過去の歌を引き受ける難しさと、新しい演奏に合う歌を探す難しさが、並んでありました。

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GEDATSU in love 公式音源(2023年)
2025年――言葉をリズムに乗せる、もう一つの方法
『Lovely』の「公園にて」では、大野志門と共作し、ラップにも取り組みました。
川本は自分のパートを、リズムに乗せて朗読するようなものと説明しています。
大野が主にラップを担う一方、川本のパートには途中でメロディーも入り、造語の響きで遊ぶ部分もあります。
ただ、好きな曲ができても、自分のラップには自信がなかったと明かしました。
聴いた制作担当者に収録を勧められたという経緯にも、新しい方法を試す時の手探りが表れています。
速いメロディーに言葉を乗せてきた人が、今度は朗読とメロディーを行き来する。
初期の歌の特徴を、同じ形で繰り返しているだけではないところが興味深い曲です。
語りかける歌を探してきた歩みの先にも、まだ試してみたい声の使い方がありました。
代表曲の歌い直しから、新しい声の置き方へ
川本真琴の歌唱をたどると、代表曲の難しさを引き受けながら、言葉を一つずつ聞かせる歌、相手に話すような歌、演奏に合う歌を探してきたことが分かります。
一度つかんだ歌い方が、その後の全曲に当てはまるわけでもありません。
曲が変わり、一緒に作る人が変わるたびに、声の使い方を選び直す。
その試行錯誤が、初期のヒット曲だけでは見えない歌い手としての歩みを作っています。
曲ごとの声量や声の調子との向き合い方は、川本真琴の歌い方で詳しく取り上げています。







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