丸山圭子の「どうぞこのまま」は、本人が苦労して録音した末に、力が抜けた一度の歌が採用された曲です。
もの憂い大人の女性を思い描いた歌でありながら、声には甘さや若々しさを感じるという聴き手の見方もあります。
大人びた曲と、その中に残る声の甘さを、録音での本人の体験と聴き手の評から考えます。
どうぞこのまま 正規配信音源(1976年『黄昏めもりい』)
柔らかく歌うためにも、声の基礎があった
丸山はデビュー当初の自分を、歌は好きでも十分な訓練ができておらず、声が出ないと感じていた歌手として振り返っています。
曲を書いてレコードを作ることと、舞台で歌えることの間に隔たりがありました。
その後、ボイストレーニングに通い、自分の歌の実力をつけようと取り組んだそうです。
ある程度歌えるという手応えを持って臨んだ次のアルバムでも、「どうぞこのまま」の録音には苦労しました。
声が出るようになることと、特定のリズムや曲の雰囲気に合う歌になることは、同じ課題ではなかったのです。
柔らかな歌声を、初めから何もせず自然に出せた声として見ると、この曲の大切な部分を見落としてしまいます。
ボサノバの曲を作れても、歌うのは難しかった
「どうぞこのまま」は、1976年のアルバム『黄昏めもりい』に収録され、その後シングルになりました。
2025年の取材で丸山は、フランス映画の女性を思わせる、もの憂いイメージを曲に求めたと話しています。
この曲は、アルバムの録音が進む途中で生まれ、最初に選んであった曲には含まれていませんでした。
丸山は、歌いやすさよりも曲を作る楽しさを優先して、さまざまな種類の曲を書いていたと振り返っています。
ボサノバまで加えると作品全体がばらばらになるのではないかと、制作側には戸惑いもあったそうです。
それでも本人は、どうしても入れたいと希望しました。
自分で選び取った曲でしたが、いざ歌を録ると、ボサノバの難しさに苦戦したのです。
力が抜けた一度に、スタッフが反応した
本人の記憶では、録音は30テイクほどに及びました。
あと一度でその日は諦めようと思ったときに力が抜け、スタッフが顔を上げるような歌が出たといいます。
それが世に出る録音になりました。

画像出典:写真掲載元
作り手として思い描いた曲と、実際に歌う声が、すぐには重ならなかった。
何度も試した末に、諦めかけて歌った声が曲にはまったというのが、本人の記憶です。
気負わずに歌えた一度を選んだことが、この録音の大切な背景になっています。
この体験は、ただ声を小さくすればよいという話とは違います。
曲を形にしようと何度も取り組んだ本人が、最後の一度で歌の感触の変化を経験し、周囲もそれを感じ取ったということです。
聴き手に届くもの憂さは、歌い手がもの憂そうな声を意識して作り続けた末にだけ生まれるとは限らない。
狙いすぎていたものがほどけたとき、曲の求める表情に近づくこともあるのでしょう。
大人びた曲に、甘さの残る声が重なる
青沼詩郎は2023年の楽曲評で、丸山の声に甘さとあどけなさを感じ、曲の大人びた印象との組み合わせを魅力として挙げています。
これは聴き手の捉え方ですが、歌の人物像と、歌声から受ける年齢感を分けて考える手がかりになります。
もの憂い女性を描くからといって、声まで暗く、重く作ることだけが、その世界を表す方法ではありません。
この評で注目されているのは、大人っぽい曲の中に声の甘さが残ることです。
2025年に取材した笹森文彦も、この曲を、抑揚を控えた柔らかな声で聴かせる歌として紹介しています。
大きく盛り上げることで感情を示す歌とは、聴きどころが違います。
声の強弱を大きく動かさない中で、旋律や言葉がどのように続くかを追うと、曲の親密さを考えやすくなります。
歌の余白を、伴奏の動きが支えている
青沼の評は、声だけでなく、ベースとドラムがつくる安定した流れ、エレクトリックピアノが加える動きにも注目しています。
とくにサビの前では、ピアノが細かく上がっていくフレーズで耳を引き、そのあとに題名の言葉へつながるという捉え方です。
歌い手が一人で勢いを増さなくても、伴奏が次の歌の入りを印象づけています。
「どうぞこのまま」を聴くとき、声が入る前の楽器の動きや、歌い終わったあとの余韻も追ってみたいところです。
柔らかい声が前に出る場所と、楽器の響きが残る場所とが、一曲の流れをつくります。
ボーカルだけを大きく聴こうとするより、声の周りに何が鳴っているかまで含めると、力の抜けた歌が頼りなくならない理由を考えられます。
生の伴奏と、呼吸を合わせる
丸山が歌を教える場でも、伴奏との関係が大切にされています。
2026年に公式に案内された特別レッスンでは、穴水佑輔のグランドピアノと呼吸を合わせて歌う体験を掲げ、推奨曲には「どうぞこのまま」も含めていました。
決まった伴奏に慣れた人へ、生演奏と一緒に歌う機会を用意していたのです。
これは1976年の録音方法を説明するものではありませんが、歌と伴奏を別々に完成させるものとして扱っていない点は興味深いところです。
歌う人が言葉を置き、楽器を弾く人がその歌に応じる。
声の力加減だけでなく、相手の演奏とどのような時間を共有するかも、柔らかな歌を生かす要素になります。
同じ曲を、その日の自分で歌う
丸山は言葉を届けることにも意識を向けてきました。
2005年の対談では、日本語の美しさを聴いてほしいという気持ちで、ステージの曲を選んでいると話しています。
同じ場で紹介した「雨上がり」も、一人を一途に思う気持ちを歌い続けてきた流れの中にある曲でした。
歌声の優しさは、言葉を曖昧にすることと同じではありません。
どんな気持ちを持つ人が歌の中にいるのかを、言葉と一緒に届けようとしているのです。
「どうぞこのまま」を長く歌ってきた本人は、生活や環境によって、そのときの自分が歌い方に出るとも話しています。
ライブでの一回を、その日だけの歌として紹介していたそうです。
録音に残った力の抜け方を出発点にしながら、舞台ではその日の声で曲に向き合う。
完成したレコードの印象と、生の歌が一度ごとに違うことの両方を、大切にしている歌手なのだと分かります。
舞台の緊張を抱えた初期から、歌う自分と普段の自分が近づくまでの歩みは、丸山圭子の歌唱変遷でたどっています。
もの憂い女性のイメージを持つ曲に、青沼が感じた甘さの残る声が重なる。
丸山圭子の歌い方は、歌で表したい人物と、その人自身の声が作る組み合わせからも考えられます。







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