WurtSの歌い方はなぜ脱力して聞こえる?声・加工・高音を分析

WurtSの脱力した歌い方と声、加工、高音を分析する記事のアイキャッチ WurtS

WurtSの歌声は、力んでいないのに曲の真ん中から消えません。
気だるく、少し投げやりで、感情を語り尽くさない。
そのため「声を加工して雰囲気を作っているのでは」と思われやすい歌い方です。

ところが本人の説明をたどると、順番は逆でした。
先にダウナーな人物を演じたのではなく、自分で歌ってみた時に、もともとの声に投げやりな質感があると気づいた。
その発見をWurtSという存在のブランドへ育ててきたのです。

結論からいえば、WurtSらしさの中心は加工の強さではありません。
声が持つ乾いた温度、感情を押しつけない言葉の置き方、ジャンルが変わっても残る低い重心が先にあり、加工は曲ごとに選ばれる一つの表現です。

ダウナーな歌声は、作った仮面ではなく見つけた個性だった

WurtSはUKロック特有の沈んだ格好よさに憧れていました。
ただし、最初からその歌い方ができる確信があったわけではありません。
実際に自分で歌い、声の中に意外なほど投げやりな感触があると知ったことが出発点でした。

この順番は重要です。
誰かの気だるさを外から貼り付けると、声をわざと小さくしたり、語尾を雑に崩したりするだけになりがちです。
WurtSの場合は、自分の声にすでにあった性質を見つけ、どうすれば格好よく聞こえるかを実験してきました。

研究と音楽制作を一つの活動として始めた経歴も、この発見の仕方とつながります。
自分の声を天から与えられた完成品として扱わず、反応を確かめながらWurtSという人物像へ組み込む。
歌唱も、作曲や映像と同じくセルフプロデュースの対象なのです。

感情が薄いのではなく、聴き手へ渡す量を選んでいる

ぶっきらぼうな歌を、感情がない歌と受け取る必要はありません。
WurtSは近年、音楽を「人が言葉にできない感情を歌うもの」と捉え、同じ言葉でも音量、速さ、音の高さ、間の取り方で意味が変わると話しています。

つまり、感情を声量の大きさだけで表していません。
悲しい言葉だから声を震わせる、盛り上がるサビだから全力で張るという一対一の説明を避け、言葉の周囲に余白を残す。
聴き手は、その余白へ自分の記憶や気分を入れられます。

「分かってないよ」が長く聴かれている理由も、失恋の感情を一から十まで代弁する歌ではなく、言い切れなさそのものを残しているからでしょう。
公開された複数の解説でも、WurtSの声は低い重心、気だるさ、肩の力が抜けた質感として捉えられています。
専門用語より先に、話し手が半歩引いた距離感が耳へ残る歌です。

赤い照明の中に立つWurtS

加工がWurtSの声を作った、とは言い切れない

WurtSの音楽には電子的な音が多く、映像も含めてデジタルな印象があります。
そのため、ボーカルも最初から強い補正で形を作ったと思われやすいでしょう。
しかし本人は、初期の歌では整えすぎない声の素材感を大切にしていたと説明しています。

転機が分かりやすいのは、2024年の「エヴォリューション」です。
ここではオートチューンを目立たせる方向へ進み、それまでとの違い自体を新しい表現にしました。
オートチューンは音程を所定の高さへ寄せる技術ですが、設定によっては声の移動が階段状に聞こえ、機械的な色にもなります。

大切なのは、加工前が本物で加工後が偽物という分け方をしないことです。
WurtSは作詞、作曲、編曲、映像まで一つの世界として組み立てています。
生の質感を残す選択も、電子的に変形する選択も、曲の中で声に何を担当させるかという演出です。

もし加工だけが個性なら、処理を変えた瞬間に別人へ聞こえるはずです。
実際には、ダンス、ロック、ヒップホップ、ソウルへ曲調が動いても、言葉を押し出しすぎない温度が残ります。
機材より先にある声の姿勢が、ばらばらな音楽を同じWurtSへまとめています。

軽い高音は、低い声を捨てずに上へ移るから成立する

WurtSの歌を高音だけ切り取ると、細く軽い声に聞こえる場面があります。
一方、個人による音域分析では「分かってないよ」の低い部分が男性にも簡単ではなく、サビでは地声系の中高音と裏声が行き来すると整理されています。

ここから一曲すべてを「ミックスボイス」と決めることはできません。
声区は音の高さ、母音、音量、録音処理によって変わり、外から声帯の動きを診断することもできないからです。
ただ、低音の乾いた質感を保ったまま高い場所で重さを減らすため、曲全体には一本の声で進んだような連続性が生まれます。

高音を太く見せるために急に叫ばず、裏声へ移る時も「きれいな裏声です」と目立たせすぎない。
この目立たない切り替えが、脱力しているのに高い音へ届く印象につながります。
地声と裏声の境目をつなぐ考え方を知ると、声区名より音色の連続性を見る理由が分かります。

ジャンルを横断しても、歌だけが迷子にならない

WurtSの曲には、ギターから始まるロックの骨格と、DTMで組み立てるダンスミュージックの両方があります。
幼い頃は弾き語りに憧れ、後に制作動画からDTMを学び、すべての楽器を自分で形にしようとしました。

普通なら、サウンドの種類を増やすほど歌手の輪郭はぼやけます。
WurtSは反対に、曲の周囲を大胆に変えながら、歌の重心を大きく動かしません。
低い位置から話しかけるように始まり、必要な瞬間だけ高音を軽く抜き、感情を最後まで説明し切らない。

海外の個人レビューでも、低いエネルギー感と自然体のボーカルが、多様なジャンルのアルバムを一つにつなぐ要素として評価されていました。
これは「歌が上手いから何でも歌える」というより、どの曲にも同じ人物の距離感がいるという強さです。
なとりさんの歌い方と比べると、同じく力を抜いた印象でも、リズムと言葉の置き方で別の個性になることが見えてきます。

赤い背景の前に立つWurtS
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ライブでは、投げやりな声が観客の声を引き出した

活動初期のWurtSは、自宅で一人、音楽と映像を組み立てる存在でした。
ところがライブとフェスを経験すると、画面の中で成立する作品と、遠い客席へ届く表現には差があると気づきます。

バンド編成が固まり、制作でも他者との会話が増えるにつれ、声の役割も変わりました。
自分の感情を完成品として渡すだけでなく、観客が歌い返せる余地を作る。
日本武道館では、一人の部屋から始まった「分かってないよ」が、大勢の声で返ってくる曲になりました。

ここにWurtSの歌い方の面白い逆説があります。
強く命令する声ではないから、聴き手が自分の声を重ねられる。
感情を引いて歌うことが、ライブでは距離を作るのではなく、参加する空間を開いたのです。

この変化を2021年から現在まで年代順に追いたい人は、WurtSの歌唱変遷も確認してください。

真似しない方がよいのは、声の傷まで個性にすること

本人はダウナーな声を突き詰める過程で、意図的に喉を荒らすような実験もしたと振り返っています。
しかし、これは成功した発声法として紹介されたものではなく、若い時期の試行錯誤です。
同じ質感が欲しいからと喉をこすったり、かすれた状態で歌い続けたりする理由にはなりません。

参考にできるのは傷の作り方ではなく、自分の声にすでにある性質を観察した姿勢です。
WurtSのような投げやり感がなくても、無理に演じる必要はありません。
自分の声が明るいのか、乾いているのか、言葉を強く置くと魅力が出るのかを知る方が、長く使える個性になります。

痛み、強いかすれ、普段より低い話し声しか出ない状態が続く時は歌を止めてください。
休んでも戻らない場合は、耳鼻咽喉科など声を診られる医療機関への相談が必要です。
喉を痛めた時に練習を止める目安も参考になります。

WurtSらしさは加工ではなく、声との距離の取り方にある

WurtSの歌い方が脱力して聞こえるのは、単に小声で歌い、機械で整えているからではありません。
自分の声にあった投げやりな質感を見つけ、感情を説明しすぎず、低い重心を保ったまま曲ごとに加工の量を選んでいます。

初期の素材感と「エヴォリューション」の明確なオートチューンは、どちらかが本当の声なのではありません。
声を生で見せるか、電子的な登場人物にするかを選べること自体が、セルフプロデュースの一部です。

そしてライブでは、半歩引いた声が観客の歌う場所を作りました。
WurtSらしさの正体は、力の弱さではなく、どこまで自分が語り、どこから聴き手に渡すかを設計する距離感にあります。

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