池田聡の歌唱変遷|相手の歌に反応して、歌う喜びを見つけ直す

池田聡(公式プロフィール掲載、撮影時期不明) シンガー
池田聡(公式プロフィール掲載、撮影時期不明)

1986年に「モノクローム・ヴィーナス」でデビューした池田聡。
初期の録音には、曲を気に入りながらも、自分の歌の仕上がりを悔やんだ作品があります。
一方、2001年の共演ライブでは、歌う気持ちよさを思い出したと記しました。
その後には、過去の曲を演奏と同時に歌い直す録音や、昔の仲間との再共演もあります。
何をよい歌と考え、どんな場で歌を残そうとしたのか。
本人の言葉と、実際の作品のつながりから、その歩みを見ていきます。

「モノクローム・ヴィーナス」(1986年作品)

好きな曲がそろっているのに、歌には心残りがある

1987年のセカンドアルバム『JOY AND PAIN』は、本人にとって、収録曲のよさと歌への心残りが同居する作品でした。
公式サイトの回想では、当時は半年ごとにアルバムを制作し、歌の録音中に映像作品の撮影も重なっていたと説明しています。

映像の一場面で、冬の深夜の海へ、代役を使わず自分で飛び込んだ後、風邪をひいてしまった。
本人によれば、喉の状態が悪くても発売日は変えられず、荒れた声のテイクがそのまま作品に残りました。
この経験を、健康管理の難しさと、プロとして歌う厳しさに結びつけて振り返っています。

本人は、このアルバムを、自分の音楽的なルーツが濃く表れた、お気に入りの一枚とも説明しています。
ライブでもよく収録曲を取り上げていました。
「雨のフォーチュン」も、最初のアルバムを録音していた時から存在し、二枚目のために残しておいた曲でした。
曲への愛着があるからこそ、その曲をどんな声で残せたかが心に引っかかっていたのです。

上手に歌うことと、何かを伝えることの間で

2000年1月28日の日記では、ある時から、上手い歌を歌うことに疑問を抱くようになったと記しています。
本人が問い直したのは、歌で何を伝えられるか、ということでした。

ただ、考えすぎても、考えなくてもよい歌は歌えないといいます。
歌唱を整える技術を身につけることと、自分が納得できる歌を歌うことの間には、簡単には埋まらない隔たりがあったのでしょう。

歌と朗読の舞台で、相手の表現に反応する

2001年1月の「Live Cafe Music」第1回では、沢田知可子と共演しました。
この企画について沢田は、歌い手の立場から新しいことをしたいという会話が出発点だったと振り返っています。
沢田によると、青山円形劇場の空間を生かし、「ハズミとナリユキ」という朗読を交えたライブを展開したシリーズでした。

沢田の別の回想では、不器用な男女の恋物語を歌と朗読で展開し、客席に囲まれた空間での公演は刺激的で、緊張もしたと説明されています。
歌に加えて、相手と場面や流れを作ることも大切な舞台でした。

池田は、公演後の1月21日の日記で、沢田の歌やパフォーマンスに反応して自分の緊張感が高まり、沢田は自分のゆったりしたペースに乗ってくれたと記しました。
互いの歌が相手に働きかけ、本人たちも驚くほど息が合った。
そこで池田は、忘れていた歌う気持ちよさを思い出したと振り返っています。

相手の表現を受け取ることで、自分の歌にも変化が生まれる。
一人で歌を完成させようとするときとは違う手応えを、共演の中で得ていました。

池田聡(右)と加藤裕介(左)、2026年8月26日のラジオ出演時
池田聡(右)と加藤裕介(左)、2026年8月26日のラジオ出演時。
画像出典:写真掲載元

2012年、演奏と同じ瞬間の歌を残す

2012年のアルバム『いまさらの恋』では、六曲のセルフカバーと二曲の新曲を録音しました。
全曲を有賀啓雄が編曲し、演奏と歌を同時に録り、編集を加えない方法を選んでいます。
レーベルも、ほぼ一発録りによるライブ感を、この作品の特徴として紹介しています。

「マリッジ」は、以前の音源をそのまま再収録したものではなく、このアルバムのために新たに歌ったセルフカバーです。
過去の歌唱を完成形として残すだけでなく、その時点の自分と奏者で、もう一度作品に向き合いました。
演奏と歌が一緒に進む時間を、そのまま残した録音です。

「マリッジ」(2012年『いまさらの恋』収録のセルフカバー)

ここで、初期のアルバムとのつながりが見えるのが「雨のフォーチュン」です。
『JOY AND PAIN』に収めたこの曲も、『いまさらの恋』ではセルフカバーされています。
曲のよさを認めながら、歌に心残りがあったアルバムのレパートリーを、演奏と同時に歌う方法で改めて録音したのです。

同じ曲が、1987年のアルバムにも、2012年の同時録音にも残っている。
初期に気に入っていた曲を、一つの録音で終わらせず、後年の声と演奏でも記録し直した例です。

「雨のフォーチュン」(2012年『いまさらの恋』収録のセルフカバー)

新曲の「いまさらの恋」と「Room share」も、セルフカバーと同じ録音方針の中に置かれました。
昔の曲だけを振り返る作品にせず、新しく歌う曲と、今もう一度歌う曲を並べているところにも、このアルバムの意味があります。
2001年の共演が録音方法を直接生んだとは言えませんが、その場の演奏とともに歌うことを、後には録音でも形にしていました。

同じ譜面に、年月を経た歌を重ねる

過去の曲へ戻る経験は、ユニットでもありました。
1994年に吉岡忍、伊秩弘将、中西圭三と結成したICE BOXは、2019年に再集結し、「冷たいキス」を録音し直しています。
この再録でも、有賀啓雄がプロデュースと編曲を担当しました。

ギターを抱えてマイクの前で歌う池田聡
池田聡(2020年掲載、撮影時期不明、外部提供写真)。
画像出典:日刊スポーツ

2020年の日刊スポーツの取材で、池田は、昔の譜面を残していたため、再結成時にも同じ譜面で演奏したと話しました。
同じ編曲なのに、少し大人びた、優雅な雰囲気になったと感じたそうです。
新しい編曲にすべてを変えなくても、年月を経たメンバーで演奏し歌うことから、曲の印象は変わり得る。
本人が、仲間と再び音を合わせたことで感じた違いでした。

「冷たいキス~令和元年Ver.~」(2019年再録版、レコーディングのメイキング映像)

初期には、納得できる声の状態で録音できなかった心残りがありました。
その後は、共演者に反応する舞台や、演奏と歌を同時に残す録音、同じ譜面へ戻る再共演を経験していきます。
池田聡の歌唱の歩みには、自分の歌を厳しく見る目と、人と一緒に歌うからこそ得られる発見が、どちらも続いています。

柔らかな声の質感や、低音とファルセットの使い分けについては、池田聡の歌い方で扱っています。

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